魔王ファミリーのてんしさま~どうやら魔界の最強はカワイイのようです~

物草コウ

第1話 拾い物は赤ん坊!?

 魔王家の家事を仕切っている主婦のカミラは頭を悩ませていました。今晩のおかずの事ではありません。主婦にとってそれもとても悩ましい事ではあるのですが、それよりも愛娘であるシアが台所にやってきて、キラキラとした目でカミラの事を見上げている事の方が問題でした。


 「………その手に持っている籠はなんだい?」


 構って欲しそうに来ているだけなら可愛い奴め、と頭をぐりぐりと撫でるだけだったのですが、シアは両手一杯に木の籠を抱えていました。


 「ママ!わたし、飼いたいの!」


 以前もこれと似たような事があったな、とカミラは額に手をやります。


 (普通の小動物や小さな魔物ぐらいならいいんだけどねぇ………シアが前に持って帰ってきたのはケルベロスの子供だったからねぇ………)


 持ってきたというよりも乗ってきた、というのが正しいぐらいケルベロスはビッグサイズでした。ニコニコとケルベロスの背中に乗りながら、飼いたいの!と言われたのはつい先日の事です。

 すくすくと成長した今となっては家にも入りきらず、外で立派な番犬をしています。今回はまだ小さいようですが………カミラは覚悟を決めて籠の中を覗き込む事にしました。


 「ウソだろう………?」


 肝っ玉が据わっていると評判のカミラでも思わずびっくりしてしまった籠の中身。それは魔界では絶対にいるはずがない人間の赤ん坊でした。




 「わたしが見つけたのよ!」


 何処で見つけてきたのかと聞けば、元気に返事をしてくれるシア(五歳)。ふんす、と鼻息を荒くして母親譲りの赤髪を揺らします。子供らしく元気で大変によろしいのですが、カミラが聞きたかったのはそういう事ではありません。


 「なあに?ママたち、何してるの?」


 二階から降りてきたのは両手に人形を抱えたシアより一つ下の女の子、ミールです。引っ込み思案でいつも部屋の中で人形遊びをしているような子で、黒い前髪を長くして顔を隠している恥ずかしがり屋さんです。どうやら二人の声が気になって降りてきたようです。


 「皆で集まってどうしたのです?」


 ちょうどその時、学校から長男のフィリオも帰ってきました。テーブルを囲んでいる家族たちを不思議そうに見ています。

 彼は眼鏡をかけたクールな少年で、見た目と同じように中身も大人びた早熟な少年です。学校ではその落ち着いた雰囲気が同級生の女の子たちに大層人気があるようです。

 わいわいと集まってきた子供たちをテーブルに置かれた木の籠の中から、赤ん坊が目をぱちくりとさせて見上げています。


 「………金色でふわふわ。お人形さんみたいに可愛い」

 「この赤ん坊は人間ですよね?僕、人間って初めて見ました」


 物欲しそうにミールが金髪の赤ん坊を覗いて、フィリオは純粋な興味を抱いているようです。


 「人間の赤ん坊って大人しいですね。妹たちの時とは大違いだ」


 魔族の赤ん坊は力が強く、魔力を最初から使えるので生まれたてが実は一番危険です。何せ加減も制御の仕方もろくに知りませんから。


 (あの頃は本当に大変だった………)


 あの時の事を振り返るとフィリオは思わず目頭が熱くなってしまいました。

 シアとミールは魔力量がとても多く、一度泣き出してしまうと感情に引っ張られて魔力が暴走し、大変な事になっていました。

 一般的な魔族の赤ん坊が魔力を暴走させても、せいぜいが小物をちょっと壊す程度です。しかし彼女たちは有り余る魔力で家を丸ごと破壊してしまっていました。比べ物になりませんね。

 そんな風にいつも悲惨な目にあっていたので、人間の赤ん坊の大人しさにフィリオは感動していました。


 「レディに対して失礼しちゃうわ。ね、ミール」


 心外とでも言っているように二人は頷き合っています。家を一瞬にして瓦礫の山にしていたんだぞ!?と、フィリオは突っ込みたかったのですが、そこは兄として我慢しました。

 フィリオを労わる様にカミラはぽんぽんと彼の頭を撫でます。


 「あう」


 そんなフィリオを慰めようとしたのかはわかりませんが、赤ん坊が彼の指をきゅっと握りました。籠の縁に手を置いていたフィリオは突然の感触にとても驚きました。


 「………小さくて、暖かい」


 妹たちの時はそんな余裕すらなかったのでわからなかったのですが、フィリオはその時初めて、赤ん坊がとても華奢で暖かな生き物だと知ったのです。


 「兄さま、珍しく笑ってる」

 「ほんとね。いつもむすっとしているのに、変なの!」


 妹たちに言われて初めて自分が笑っている事に気づいたフィリオは、かーっと顔を赤くして恥ずかしがっていました。


 「ほらほら。お前たち、いつまで騒いでいるんだい。あんまりうるさくしていると赤ん坊が泣いてしまうよ」


 カミラの言葉を聞いて一斉に口を手で塞ぐ子供たち。良い子たちですね。

 素直な我が子たちに思わずカミラもにっこりしてしまいますが、さて、この赤ん坊をカミラは一体どうするのでしょうか。

 心情的にカミラはこの赤ん坊を迎え入れる事に賛成ではあります。とても可愛い子ですし、子供たちにも好かれている様子です。


 (どうしたもんかね………)


 先程、シアから渡された紙を広げます。それは赤ん坊と一緒に置かれていた物で、この子の事をよろしくお願いします、という一言だけが書かれた置手紙でした。

 こんな子を置き去りにした者に対する怒りと、どうにもできないやるせなさをカミラは感じていました。

 魔界でたった一人の人間。この子を未来を思うと、今は唸る事ぐらいしかカミラには出来ませんでした。

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