第22話 異世界アイドル
★★★
「はぁはぁ……」
震える脚を心中で叱咤し、何とか立ち上がる。
ちくしょう、まずった。もろに食らっちまった。神化状態とはいえ、死ぬほど痛いな。何度も食らったら、持たないぞ。
俺の前に、ドラゴニクスがゆっくりと降りてきた。
ドラゴニクスが太刀を構えず、静かに聞いてくる。
「どうして本気で来ない? その気になれば、私の腕一本くらい斬れただろうに」
「本気だよ。お前こそ、もっと手加減してくれないか? じゃないと、すぐに死んでしまう」
俺は苦笑いを浮かべた。
本気で戦っているが、全力じゃない。
全力でぶつかり、ドラゴニクスを完封したうえでカノンの歌を聴かせても、力でねじ伏せているので意味がない。
ドラゴニクスと拮抗した状態で、歌の力が勝たなければ作戦は失敗だ。
だから全力は出さない。
「……なるほど。あくまでシラを切るつもりか」
ドラゴニクスは持っていた太刀を鞘に収める。すると、どこからともなく現れた二足歩行のリザードが片膝をついてドラゴニクスから太刀を受け取り、下がっていく。
俺は素手で構える。武器を手放すなんて、何の真似だ?
ドラゴニクスは、ゆっくりと右腕を挙げた。
「全軍……突撃だ」
ドラゴニクスが静かに言い放つと、1㎞後方にいたドラゴニクスの部下たちが一斉に進軍してくる。
「なんだとっ!?」
いま進軍されるのは非常に困る!
「私を愚弄した罪、償ってもらうぞ」
ドラゴニクスから凄まじいオーラが放出され始める。
「この姿は、フェルディナンド様に危機が訪れた時に解放しようと思ったのだが。ここで使ってしまう私を、どうかお許しください」
ドス黒いオーラは、どんどん密度を濃くしていく。大気が揺れる。地肌がピリついている。
マジかよ。こいつ、こんだけ力を隠していたのか?
つか、このオーラで幹部最弱なのかよ?
魔帝軍…………どんだけ強いんだ。
身構えていると、後ろから足音が聞こえる。後ろを向くと、レピアの町の冒険者たちも武器を掲げてドラゴニクスとその部下に近づいていく。
「ついに攻めて来たぞ! 突撃だーーっ! 魔物どもを駆逐しろーっ!!」「親友の仇、取らせてもらう!」
「や、やめろっ!」
俺の叫びも、もはや届かない。
間に合わなかったか……。
胸に悔しさがじわりと広がる。
ここまでか……。
作戦は失敗した。
全ては、俺がカノンのフォローを行ってこなかったからだ。
挫ける気持ちを再び鼓舞する。
諦めたら俺もろとも人間は魔帝に滅ぼされる。いま出来ることは、全力で魔物を迎えつつしかない。
仕方ない。やるしかない。失敗したが、諦めていい局面ではない。
俺は銃を手に取り、ドラゴニクスに向ける。
悪いが、ここで倒す。
「覚悟しろ、ドラゴニクス。俺が仕留めてやる―――」
セブンス・ウェポン、最大解放――――っ!?
――――音楽が……聞こえる。
空耳か?
いや、違う。空耳なんかじゃない。本当に音楽が流れている。その証拠に、ドラゴニクスも動きを止めて音楽が発生している場所を見る。
その瞬間、後方から音楽が爆音でかかってきた。
力強く、そして可憐な歌声。
カノンか!
上空にモニターが現れる。そこに映るのは堂々と歌う少女の姿。
「フェルディナンド様と同じ魔法だと……」
驚愕しつつ、ドラゴニクスはモニターを見る。
「あはっ」
思わず笑いがこみ上げた。
カノンのやつ、良い表情してるじゃないか。あんな表情、練習で見せたことないのに。
不思議と心が躍ってしまう。ふと周りを見渡せば、魔帝軍も町の冒険者部隊も、全員食い入るように見ている。
Aメロの時点で、すでに戦場を支配している……。
★★★
「これがカノンの歌なのか?」
ダグラスが唖然として言葉が出ない。驚くのも無理はないわね。
だって、私もびっくりしてるもの。
まったく、人間も凄いものね。この神に鳥肌を立たせる歌を披露できるんだから。
何はともあれ、無事ステージが始まった。
「ふっ……」
反射的に私は口元を抑える。いま私、もしかして笑った?
うそでしょ………。神であろう私が、人間の歌で心を動かされるなんて。
「はぁー……やれやれ、しょうがない」
温存していた魔力を、ライブにつぎ込む。
音が大きくなり、深みを増す。
本当はいつでも逃げられるための魔力を残すために手を抜こうと思ったけど、出血大サービスで魔力出力を神レベルにしたわ。戦場には間近で聞いているかのような音が届くでしょうね。
私はステージの裏に身を潜める。誰にも
これで私の役目はおしまい。あとはケースケと町長が話をまとめるだけ。頼むわよ。
★★★
サビに入った時には、俺はもうカノンの虜になっていた。
カノンは文字通り魂を削るように歌っている。歌詞に込められた心を丁寧に、全力で歌っている。
それにカノンのあの歌い方。
口を大きく開けて腹から声を出しているのに、顔が崩れていない。むしろ、その全力さが魅力になってしまっている。
振り付けなどあったもんじゃない、感情に任せて動いてるだけなのに、絵になっている。体力がないんだからあんまり動かなくていいって言ったのにカノンめ。完全にハイになってる。
やばい。鳥肌が立ちっぱなしだ。身体が勝手にリズムを取ってしまう。
あんなに緊張していたカノンが、まさかここまで歌えるとは。
圧巻のサビが終わり、今日は2番目に突入する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
途端、凄まじい声が魔帝軍から聞こえ、俺はふと我に返る。まずい、セキュリティの役目でもある俺が、ここが戦場であることを忘れてライブに夢中になってしまうなんて。
「―――っ」
リザードが、兜や剣を投げ捨てて手を振っている……。
―――ライブを……楽しんでやがるっ!!
それどころか、レピア軍たちも職務を忘れて、武器を地面に置いてライブに夢中になってやがる。
「ははっ……」
カノン、お前はこの世界の救世主となるかもな。
★★★
歌が終わる。
しんと静けさが野原に流れる。
そして―――
ワアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!
大地が揺れるほどの歓声と拍手が沸き上がる。
予想以上に良い反応に、俺は嬉しすぎて言葉を失った。
カノンの歌は、種族をこえる。主義をこえる。
だって、強さだけを追い求めるドラゴニクスですら聞き惚れてしまったのだから。
「―――はっ」
ドラゴニクスが神化状態の俺の視線に気付き、ハッとこちらを向く。
「戦いを忘れていたようだな。お互い」
「……悔しいがな。そんな強大なオーラを放っている奴が隣りにいたのに、そちらに意識が向かなかった」
「殺気が無かったからかもな。俺もライブに釘付けだったし」
ドラゴニクスは完全に戦う姿勢を解き、俺に友好的な目を向ける。
「質問だ……あの娘は、何者なんだ?」
「あれはな、世界で―――いや、世界を超えたトップアイドル、カノンだよ」
「トップ……アイドル?」
「ああ。みんなに笑顔と感動を届ける人たちのことをアイドルというんだ」
「この戦争が起こっている世にか?」
「ああ」
「命の危険を犯して?」
「そうだ」
「奇怪な人間だ」
ドラゴニクスが笑う。
場はすっかり戦うムードではなくなった。
「町長と話をさせてくれないか?」
「ああ、呼んでくる。話し合いの場は、今ここでいいよな? 調印するための紙と印を持ってくる」
「立会人は貴様と、あのトップアイドルだ。それが守られれば、調印しよう。その間、私は部下たちに調印を結ぶ理由を伝える」
「頼んだ」
俺はセブンス・ウェポンの力を最大解放して、町へ飛んで向かう。
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