第21話 存在
「あなたなんか、お父さんじゃないっ!」
「カノン……」
カノンの父は驚愕して固まってしまった。
「うっ……!!!」
激しい頭痛が起きたのか、カノンは再び頭を押さえて苦悶する。
「あなたは……お父さんじゃない……っ! でも、本当のお父さんやお母さんは――――」
途端、過呼吸になる。そして数秒すると過呼吸が治まる。
でも頭痛は治らないらしく、頭を押さえ続けている。
「思い出そうとすると、こんなふうになっちゃう……。思い出せない……。最低だ、私……空っぽ」
「カノン……何言ってるのよ?」
私の言葉には反応せず、頭痛と戦っている。
「そんな……ここで記憶が……戻るなんて」カノンの父が尻餅をついた。「ごめんよ、カノン。ワシのせいだ。ワシが……カノンに甘えて……嘘をついて……ワシの……」
嘘でしょ。父も錯乱するなんて。
頼みの綱である父親の存在が、逆効果になっちゃっている。
まったく、冗談じゃなわいよ。
ここまで来たらもう、カノン含めこの状況を打破できる人は誰一人いない。神である私でも打破できないわ。
これを打ち砕いてくれるのは―――
「ケースケ!」私は手に持っているサマルカイトに向かって叫んだ。「聞こえているわねっ! この状況をどうにか出来るのはケースケだけよッ!」
★★★
頭が痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い。
誰か……誰か……助けて……っ!
―――耳をつんざくノイズが走る。
不意に頭によぎる。
落ちてくる火の玉。
崩れ落ちるレンガ。
建物も人々もゴミのように傷つけていく魔物たち。
次々と倒れて動かなくなる人々。
呼吸するのが辛い町。
―――なにこれ、私が体験したこと?
だめ! 思い出しちゃだめッ!
見ないようにをぎゅっと瞼を閉じる。目がつぶれるんじゃないかと思うほど、強く強く瞼を閉じる。
それでも光景が出てくる。
どこからともなく聞こえてくる声。
―――やめて! パパをころさないで!
―――どうしてこんなひどいことをするの……?
―――■■■はただ、パパとママといっしょに暮らしたいだけなのに……っ!
でも何も思い出せない。
本物のお父さんとお母さんの顔、なに一つ思い出せない。
思い出そうとすると、辛くて拒んじゃう。
多分、辛いことがあったんだ。
光景を思い出すと、きっと私のココロが耐えられないから。
魔物を見ると過呼吸になるのも、きっと思い出しちゃうからなんだ。
私は弱虫だ。そして空っぽだ。自分の本当の名前すら思い出そうとしない、ちっぽけで空虚な人間だ。
こんな私が歌ったところで、争いを止めることなんてできない。
私は駄目な子だ。薄情な子だ。
私は――――
「みんなのために歌いやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ミナミくん………っ!?
パリン、と私の中の何かが割れる音がした。
★★★
サマルカイトをはめ込んだイヤリングからエルのやかましい声が聞こえる。
「ケースケも聞いていたでしょ? ケースケからも言ってやりなさい。白馬の王子様」
なにが白馬の王子様だ。こんな緊急事態によくもまぁ、ジョークが言えるもんだ。こっちは死力を尽くして戦っているってのに。
だが、この状況をどうにかできるのは俺ではなくカノンだ。
カノンには絶対に、何が何でも歌ってもらわなきゃならない。
「カノン! おい、カノン!」
俺はドラゴニクスから距離を取りつつ、カノンの名を叫ぶ。
「おいカノン! 聞こえるか!? 聞こえたら返事をしてくれ!」
何の返ってこない。
「だめね。聞こえていなわ」
「くそっ、おい! カノン! カノン・チャタレーッ! チャタレーの看板店員カノン―――うわっ、危ねっ!」
物凄いスピードで飛んできた火球を、身体を捻って回避運動を取る。
「―――
完全には避けきれず、肩や脚に火球が掠る。熱ぃんだよっ!
痛みを痩せ我慢しながら、怒鳴る。
「
それでも無反応。さらにドラゴニクスにはどんどん距離を詰められ、太刀の攻撃範囲に入ってしまった。
――――プツン!
俺の中で何かが弾けた。
「カノンッ!!! お前はッ! さっさと……っ!!!」
俺はありったけの息を吸いこみ、思いっきり叫ぶ。
「みんなのために歌いやがれぇぇぇぇぇぇぇぇxぇぇぇ!!!!」
「――――っ!」
「届いた……?」
ポツリと呟くエルの声など聞こえず、ただ心中を爆発させる。
「カノン! よく聞け! お前は、例え記憶を失ってもお前なんだっ!」
「誰と話してるっ!? 戦いに集中しろっ!!」
「してるよっ!!」
ドラゴニクスの怒涛の剣技を、大剣でいなす。
集中してなきゃ、いくら神化状態だとしても腕の一本や二本持ってかれてるよっ!!
ドラゴニクスに怒鳴ったあと、すぐにカノンに語りかける。
戦いも大事だが、まずはカノンのメンタル調整だ。カノンが立ち上がらなければ、俺達は負ける。多少の傷くらい、腕の一本くらいなら笑ってくれてやる。
「カノン! お前は自分の名前すら知らないって言ったな。親の顔も思い出せないって! 偽りの父に、偽りのお前! 空っぽだって!」
肺にあるありったけの空気を声に変える。
「見失ってんじゃねぇっっっ!!!」
「――――っ!」
「お前の目は親がいた証拠だろっ!! その体は!? 綺麗な髪は!? 美しい声は!? 全て、親から受け継いだものだろっ!! お前の存在自体が、親が残した大切なもんじゃねぇか!!!!」
ドラゴニクスの切先が頬をかする。ぷっと血が出てきた。それを拭うこともせず、叫び続ける。
「証明してみせろっ!! 親が残した声は、宇宙一番だとっ!!!!」
「戦いに集中しろと言っている!」
ドラゴニクスの突きが顔面に迫る。
「くっ――――!」
紙一重で避けたと思う刹那、パリンっという音が耳元で聞こえた。
しまった、イヤリングがっ!
これじゃあカノンに声を届けられない!
「隙を見せたなっ!」
ガキンッ!
ドラゴニクスの鋭い一振りにより、手に持っていた大剣が吹き飛ばされる。
しまっ―――
ズシッ!!
盾のオートガードが間に合わないほど早い蹴りが、俺の腹に捻じり込む。
「ぐあっ……!!!」
吹っ飛ばされた俺は地面へ落下した。
★★★
1つだけ……思い出した。
ある日、ママがよく歌っていた歌を、パパとママの前で歌ったことがあった。
その時、両親はびっくりした顔だった。その後、にこやかに笑ってくれた。
歌い終わると、ママが頭に手を置いて、撫でてくれた。
『■■■は上手いわねー』
すると、パパも頭に手を置いて撫でてくれる。
『ああ、母さんの言う通り、本当に上手いよ。それにいい声だ。■■■の声は、本当に宝物だよ』
――――――――と。
喉を触る。
なんで、忘れていたんだろ。
涙が流れる。
なんだ。私、思い出せるじゃん。ほんの、少しだけだけど。
目に溜まった涙を力強く拭り、地面に転がったマイクを手に取る。
ママ、パパ、見ていて。
私、やるよ。やってみせる。
呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる。
「カノン!」
名前の呼ぶ方を見ると、エルさんがいた。その近くには、目を見開いたお父さんも。
それだけじゃない。
副市長やステージの裏方さんも。
色んな人がそばにいてくれたんだ。
みんなの方を向く。
「迷惑かけました。カノン・チャタレー、いけます」
「待たせすぎ……。もう、お客さん、暴動寸前よ」
エルさんがめんどくそうな顔をしていた。でも、どこか優しさを感じる。きっと、心配してくれたんだ。
「すみません」
頭を下げる。
「あとでみっちり反省会だから。……………音楽、かけるわよ?」
「はい、いつでもどうぞ!」
私はマイクを強く握って、前を向いた。
「カノン……大丈夫なのか……?」
不安そうに言うもう一人のお父さんに、私は精一杯微笑んでみせる。
聴いていて。
お父さんが赤の他人だった私を一生懸命育ててくれたおかげで、こんなに歌えるようになったんだと。
最後に、彼の顔がよぎる。私のことを信じてくれた人。大切な思い出を思い出させてくれた人。
その人に届かせるために歌う。多分、その人は『一個人のためだけに歌うな』って怒りそうだけど。
音楽が流れる。歌い出しまであと5、4、3……。
私は大きく息を吸った。
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