第14話 田舎町滅亡まで、あと何日? ②

 荒くれ者のアジトを占拠した後、俺はエルとカノンを練習場所であるロビーに集める。


「今日から特訓を開始していくわけだが、まずカノンがどこまで歌って踊れるか。実力を知りたい」


「では以前、チャタレー20周年記念パーティでやったものでよければ」


「そんなパーティしたの? あの酒場で?」


「はい、常連さんが『やろう、やろう』って。その時に覚えたものがあります。それでよければ」


「頼む」


「わかりました」


 カノンは俺達から少し距離をとり、早速歌い始める。


「やっぱりこの子、歌は上手いわね。踊りは素人レベルだけど」


「そうだな」


 カノンが見せてくれたものは、分類的にはレゲエダンスに近いものだろう。


 デキはまぁ、素人レベル。学芸会でやる踊りだ。


 とにかくキレがない。


 踊り終わり、カノンが息を整える。


「……ど、どうでしたか?」


 どう答えてあげるのがカノンにとって良いかな。


 やる気を上げつつ、改善点を言う方法を―――


「歌は上手いわね。踊りは下手だけど。体力も筋力も足りないんじゃないかなぁー」


「お、おいっ」


 エルの奴、ストレートに伝えやがって。これでやる気無くしたらどうするんだ? 


 年頃の女の子って、メンタルが一番大事なんだぞ。


 ほれみろ、カノンのやつ俯いちゃったじゃないかっ!


 どうしてくれるんだよ、まったく。ここはとりあえずフォローしよう。


「いや、俺はいいと―――」


「やっぱりそうですよね」


 明るい顔で言ったあと、俺の方を向く。


「ミナミくん。無理にフォローしなくていいです。むしろ、ちゃんと言ってくれた方が嬉しいです」


「カノン、その……傷ついたりしないのか?」


「もちろん、ちょっとは悲しいですけど、それでも変に気を使われるよりかは良いです。だって、私を良くしようとして言うんですよね?」

「ああ」


「だったら、言ってくれた方が嬉しいじゃないですか。そっちの方が成長に繋がります!」


 なんて健気な子なんだ。


 こんな子が俺の勤めている会社に部下として入ってきたら、すぐに転職を進めてしまう。


「わかった。これからはちゃんと言う」


「はいっ! お願いします!」


 眩しすぎる笑顔。ちょっと、気負っている部分も見えなくはないけど。


「正直、俺もエルに同意見だ。歌は抜群に上手いが、ダンスにキレがない。はっきり言って子どもレベル。すべて同じ力でやっているから動きにメリハリがない。単調なダンスになってしまっている。おまけに体力がないから、歌っている時に体力が切れて歌に影響が出てしまっている。これでは、カノンの一番の売りである歌が劣化してしまう。これでは子どもすら飽きてしまう」


「アンタ、結構ボロクソ言うわね」


 エルからツッコミされた。


 確かに、言いたいことをばーっと言ってしまった。


 反省だな。


「いえ、大丈夫です。はい、本当に。気にします。大丈夫です」


 やばい。カノンも普通に傷付いている。


「ごめん。一気に言い過ぎた」


 気を取り直して、カノンの現在のレベルを見たうえで3日後に披露するパフォーマンスの方針を伝える。


「3日後に歌も踊りも完璧なスーパースターにはなれない。そこで、カノンには歌全振りでいこう」


「歌……全振り」


「そう。カノンは最低限の振り付け――――いや、振り付けなんかいらない。ステージで華やかな衣装を着て、全力で歌う」


「全力……?」


「こんな感じだ」


 俺はポケットからスマホを取り出し、あるソロアイドルのライブ映像を見せる。


「すごい……楽しそう……」


「だろ?」


 スマホの画面にはシックな衣装を着たソロアイドルが、歌詞に合わせて自由に身体を動かして歌っている。


「ここまで派手に動かなくていい。自分の感情の思うまま身体で表現しつつ歌うスタンスだ。歌声に関しては十分上手いから、あとは歌詞を間違えないのと曲理解を深める」


「曲理解?」


「ああ、このフレーズは優しい感情で歌うとか、称える歌詞だから魔帝を倒した英雄を称えるように歌うとか、そんな感じ」


「なるほど~」


 カノンが感心するなか、エルが横からマイナス発言をしてくる。


「必要ないと思うけどなぁー」


「エルのような『音楽興味ないです。感性死んでまーす』という人の心を動かしてこそ、トップアイドルだ。わかるな」


「はい」


「なんでわかるのよ。カノンも返事してるし。それに私は人じゃないわ。神よ。神なんだから、もっと敬いなさい」


 偉そうに。


 神なら良い練習方法とか、音楽を司る神を呼んでくるとか、もっと協力してくれよ。


「あの……1つ気になってたんですけど、エルさんって神様……なんですか?」


 難しい質問がだな。安直に答えると災いが訪れそうだが……。


「そうよ。この世界を創りし神。エルロストゥーパよ」


「じゃあ、魔帝が探していた神のことって、エルさんのことだったんですか?」


「――――」


 途端、エルが固まった。


 そりゃそうなるわ。


 神に会ったことが無いこの世界の住人からしたら、俺と同様、魔帝に名指しで批判されている人間は気になってしょうがないはずだ。


 あーあ、自分からバラしちゃって。どうすんのかね、この駄女神は。


 しょうがない。ここは俺が助け舟だすか。


「というように、自分を神様だと思い込んでいる痛い奴なんだよ」


「ちょ、ちょっと、私は本当に―――」


 俺はエルの口を塞いだ。


「でもな、そこは触れちゃだめだ。黙って受け流してやるのが人情ってもんだ。それでも止まらない時は、こうやって口を閉じてやるんだ。魔帝に狙われないためにも」


「は、はぁー……でも、扱ってる魔法が尋常じゃないんですが……」


 アジトの前にある草の家を見たとき、カノンは度肝を抜いていた。


「天才ってやつだよ。ほら、カノンの周りにもいるだろ? めちゃくちゃ能力高いけど何言ってるか分からない奴」


「いないです」


「方針は話した。歌に特化すると言ったが、身体を動かさないわけじゃない。1分1秒でも早く練習して基礎体力をあげるぞ」


「話、逸らしてませんか?」


「さ、メニューはこれだ。軽めに設定してあるから、酷い筋肉痛にならないと思う。さ、練習練習」


 こうして、半ば強引に練習を行った。


 歌う曲はこの世界で生まれた曲を、地球風に編曲したもの。


 あらかじめ町長から人と魔物の懸け橋となれるような歌をいくつかもらい、その中から1つ選んでスマホで編曲した。


 幸い、選んだ曲をカノンは知っていた。歌詞を覚える手間を省けた。


 練習を開始すると、カノンは文句を言わず、すぐに取り組んだ。


 どの練習も手を抜かず、真剣にやっている。


 練習を見ていると、エルが俺の方に近づいてくる。


「ねーねー」


 小声で耳打ちしてきた。


「あんだけアイドルやるの嫌がっていたあの子が、まさかアイドルをやりたいだなんてね。いったいどんな口説き方したのよ?」


「口説きって……そのままだよ。俺が思っていることを伝えただけ。飾らずね」


「ふーん。ダー、ダ~……カノンのお父さんは、許してくれたわけ?」


「ダグラスさんな。名前くらい覚えろよ」


 ほんと人間に興味ないのな。


「……許してくれたよ」


 俺はエルに、ダグラスさんと会話したことをかいつまんで話す。


 ♢♢♢


 カノンがアイドルをやることを決意した直後、父のダグラスさんに挨拶するためにダグラスさんが家に戻るのを待った。


 猛反発を受けるかもしれないが、礼儀は通しておきたい。


 それに、父が応援してくれたら何よりも力になるだろう。


 若い頃はとにかくメンタルが大事。


 気分次第で、大人を越えるパフォーマンスを見せることもあれば、小学生以下のパフォーマンスになってしまうこともある。


 走ってくる音が聞こえると思ったら、チャタレーの扉が大きく開かれた。


「カノンっ! ―――って、あれ?」


 カノンが椅子に座っているのを見て、拍子抜けする。


「そうか。ミナミくんと一緒だったからか」


「はい?」


「いや、なんでもない」


 ダグラスさんは首にかけていたタオルで汗を拭った。


「それより2人ともどうした?」


「あのですね」


 話そうとしたところで、「ミナミくん」と肩に手を置かれる。


「私から話します」


 カノンはダグラスさんに向き合う。ダグラスさんは何かを察したようで、表情を引き締めた。


「私、今日からアイドルになります」


 神妙な面持ちで、息を吐くダグラスさん。


 背中に冷汗が流れる。


 なんかだこの緊張感。


 親に結婚のお願いをするような……。


「アイドルってのは、具体的に何をやるんだ?」


「歌を歌ったり、踊ったりしてみんなを元気づけるの。あとは、戦争を止めることもできる……らしい」


「歌で戦争を止められるのか?」


「止められるかは……わからない」


 カノンの力ない声が、部屋に溶ける。


 今にも代わって話をしたい。


 だけど、ここはぐっと堪えるところ。


 カノンが説明するって言ったんだから、それを信じる。


「でも、戦争を止められる可能性があるなら、やってみたい。もう、誰かが悲しむのは……見たくないから」


 今度は力強く言い切った。


 ダグラスさんは真剣な表情のままゆっくりと口を開き、「2つだけ」と優しい声音で言う。


「本当にやりたいこと、なんだな?」


「……うん」


「どんなことがあっても、挫けずやり切ることができるか?」


「うんっ」


 それを聞き、ダグラスさんの表情は温かい父の顔になる。


「なら、いい。頑張れよ。お父さんは、応援している」


「お父さん……」


 ダグラスさんが、俺の方に向く。


「娘を、よろしく頼むよ」


 比較的に軽めに言ってきた。


 だが、ここで俺が軽く返していいはずがない。


 娘を預ける気持ちはわからないけど、


「任せてください。必ずや、カノンさんをトップ全世界一位のアイドルにします」


 ダグラスは穏やかな笑顔で俺の言葉を受け取った。


「では、今日からアイドルになるための練習を開始します。最初の目的はドラゴニクスとの戦争回避です。カノン、行けるか?」


「あ、ちょっと待ってください。泊まり込みで練習するんですよね。だったら、荷物まとめてきます」


 そう言って、チャタレーを出て行った。


 チャタレーの外には2階へ繋がる階段があり、そこは2人の家らしい。


 2人きりとなる。


 気まずいな。


 何か話した方がいいだろうか。


「なぁ、ミナミくん。今日の深夜……チャタレー閉店後だけど、時間取れるかい?」


「はい、取れます」


「カノンには内緒で来てほしい」


 何だろう? 


 カノンに話してほしくないところを見ると、大事なことかもしれないな。絶対にバレないようにしよう。


「わかりました。では、閉店時間から少し経った頃に1人で伺います」


「悪いね」


 そこから俺達は黙ってチャタレーから見える雨を見ながら、カノンが戻るのを待った。


 ♢♢♢


「ふーん、そうなんだ」


 もちろん、今日の深夜にダグラスさんと会うことは伝えていない。


 さて、バレずにダグラスさんの家に向かうにはどのタイミングで出るのが一番かな?

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