第3話 頂上決戦 ――神を継ぎし者VS神を殺す者――

「ほう……」


 俺の宣戦布告に魔帝は一切動じることなく、ゆったりと俺を見る。


 俺も魔帝を観察する。


 座っていてもわかるほどの長身。多分、2m以上ある。


 氷のように冷たそうな灰褐色の肌。


 火山灰を想像させるような灰色の長い髪。


 頭部に生えている禍々まがまがしい双角。


 姿は間違いなく魔物の王だ。


 しかし、オーラは不思議と感じない。なんなら、会社の上司の方が恐い。


 続いて城全体の気配を探る。


 魔物はいるが、数は少ない。しかもさっき倒した岩の魔物よりも弱い魔物ばかり。


 それに今は魔帝との一騎打ちの状態。


 無計画に突入してしまったが、これは逆にチャンスだ。


「見たことのない服装だな。どこの国の者だ?」

 

 異世界から来たって言うわけにもいかないし、適当にはぐらかしておくか……。


「田舎の村出身だよ」


「―――いや、お前は違う世界から来たな」


 ……マジか。


 まさか当てるとは……。


「世界でも3人しか習得していないワープを使える人間が、田舎の村にずっと留まるわけがない。そのような魔法を持っている人間が田舎にいれば、村長が安全な首都へ送る。間違ってもこのような無謀な真似はさせない」


 魔帝の鋭い指摘に、冷や汗が流れる。


「もう一度訊く。お前は、違う世界から来たな」


 無言を貫いていると、魔帝は上空を見た。


「なるほど。神がいるという、人間の戯言を聞いた時は馬鹿な話だと思っていたが、まさか私の力が及ばない存在がいたとは。人間の想像力は目を見張るものがある」


 どうやら女神の存在も、察知されたようだ。


 だが問題ない。ここで死ぬのだから。


 魔帝が再び俺の方に目を向ける。


「私の名はフェルディナンド・ジ・アース。貴様の名は?」

 

「三波啓介だ。お前の趣味とか人類を襲う理由とか色々聞きたいが、時間がもったいないんでね」


 俺は大剣以外の6つの武器を召喚する。6つの武器がゆっくりと俺の周りを回る。


 大剣を宙に放り投げると、回っている武器に混ざった。


 目を瞑り、セブンス・レガリアを強く念じる。


 周囲を回るセブンス・レガリアが次第に速く回転していく。


 ―――力がみなぎってくる!


「はぁっ!!」


 次の瞬間、俺の身体から白色金の光が弾けた。


「なるほど……大層な口を利くだけはあるな」


 白色金の服装とオーラにつつまれ、髪や肌の色も白色金に変わる。


 身体の中心から力が際限なく湧き出る。今なら星だって壊せそうだ。


 鏡を見なくてもわかる。俺の姿は神に似た姿となっているだろう。


 回るセブンス・レガリアから大剣を手に取り、構える。


「さぁ、とっとと始めようぜ」


「ふっ」


 魔帝が立ち上がり、右手を横に出す。


 ヒュン、とどこからともなくラスボスには似合わないシンプルな白銀の大剣が飛んできて、魔帝の右手に収まる。


「どれ、力を見てやろう」


 魔帝は大剣を雑に構えた。


 油断している。この隙を狙って一気に潰す。


 俺は地面を蹴り、一気に魔帝へと斬りかかった。


 ガキンッッ!!


 大剣同士がぶつかり、火花が散る。


「太刀筋は素人同然だが、パワーは凄まじい。武器の選択は、正しいな」


「ありがとよっ!」


 俺は連撃を放つ。


 圧倒的なパワーでゴリ押ししてやる!


 全ての連撃を魔帝は大剣でいなし、時にかわした。素人から見ても動きに無駄がない。


 ちっ、神を悩ませる力はあるな。


 俺がいくらチートパワーを持っていても、攻撃が当たらなければ勝てない。


「単調な攻撃だ」


「ならこれはっ!」


 俺に追従してくる6つのレガリアに、魔帝を攻撃しろと念じる。


 すると、レガリアは自動で魔帝を攻撃し始めた。


「こんな芸当も出来るのか」


 剣が斬りかかり、その横から斧が支援する。そして頭上からは槍が降る。避けそうな場所に弓が支援射撃を行い、魔帝の行動範囲を絞る。魔帝が武器を破壊しようとすると、盾が武器を守る。


 大ダメージは与えられないまでも、確実に少しずつダメージを与えられている。


 よしっ!


 動きが硬直したところで杖を手に取り、究極の光魔法を唱え、放つ。


「これでも、食いやがれ! セイクリッドインフェルノ!!!」


 目にも止まらぬスピードで魔帝の右肩を穿った。赤紫色の血しぶきが出る。


 魔帝は顔色を変えず、まとわりつくレガリアを蹴って距離を取った。


 俺はニヤリとせずにはいられなかった。


「読めてんだよぉっ!」


 魔帝が避けた場所に先回りし、ありったけの力を込めて大剣を振るう。


「くそっ!」


 大剣で俺の渾身の一撃を受け止めたか。


 だが、押し切らせてもらうっ!


「オオオォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!」


 大剣を振り切り、魔帝を吹っ飛ばす。


「ぐっ……」


 先程魔帝が座っていた椅子の背もたれを破壊し、魔帝はそのまま壁に激突した。


 俺は杖を手に取る。逃しはしない。


「こいつも……持っていけえぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 無数の光・火・水・風・雷の魔法弾を魔帝めがけて放った。


「はぁ……はぁ……」


 魔法を撃ち尽くす。いくらチート能力をもらったからって、無闇に魔法を使うと疲れるんだな。


 気をつけて使わないと。


 埃が舞い上がって魔帝の姿が見えない。


 魔帝が動く音が一切しない。


 やったか?

 

 いやしかし、この程度で倒れるとは思えない。


 俺の息が整うと同時に、煙が晴れていく。


「………………やるな」


 底冷えするような声が聞こえた。


 背筋につーっと汗が流れた。


 なんだ……心臓が鷲掴みされる感覚は……?


 声のする方を見る。


 ビュンッッ!


「うっ―――」


 反射的に目を閉じるほど凄まじい風が吹いた。


 目を開けた時には埃は完全に晴れていて、魔帝が白銀の大剣を肩に乗せ、俺の方を見ていた。


「ここまでとは思っていなかった。正直、驚いた」


 魔帝の衣服は汚れており、ところどころ破れていた。灰褐色の肌も傷ついていて、赤紫色の血も流していた。


 確実にダメージは与えている。それなのに、なぜこんなにも余裕なんだ?


「確かに強い。貴様は、これまで戦ったどんな生物よりも強い。あのアストゥリオよりも」


「アストゥリオ?」


「私にやる気を出させた、ただ一人の人間だ。気高い魂を持ち、何度吹っ飛ばしても向かってきた、大した奴だったよ。だが、私の相手ではなかった。この剣は、アストゥリオから奪った、いわば戦利品だ」


「戦利品……だと?」


 どうりで似合わなかったわけだ。


「奴が振るっていた時は剣が輝き、凄まじい力を発揮していたが、私が持っていても発動しなかったな。ピンチになっても剣が輝かない所を見ると、やはりこの剣はアストゥリオにしか扱えないみたいだ」


 魔帝はアストゥリオの大剣を地面に突き刺す。


 そしてアストゥリオの大剣と同じ大きさの大剣を召喚した。


 トゲトゲしい造型にドス紫色のオーラを放つその大剣は、まさにラスボスだ。


 ……くそっ、マジかよ。


「感謝する。心置きなく、この剣を振るえそうだ」


 魔帝が構える。


 あの剣はヤバイ。


 多分、レガリアであの大剣を受け止めたらヒビは入る。


 確証はないが、直感がそう言うのだ。


 そもそも、受け止めきれるものではない。


 確実に壁際まで吹っ飛ばされる。


 魔法で攻めるか? 


 いや、無闇に放ってもダメージは与えられない。魔力を無駄に消費するだけ。


 だったら、超硬度の矢を奴の急所にぶち込むしか勝つ方法はない。


 ……やってやる。


 奴の心臓に一発ドデカいのをぶち込む!


 杖を俺の背に隠し、矢をつくらせる。生み出すのに5秒かかった。


 それを俺が実際に引いて撃ち込む。


 自動で撃たせることもできるが、自分で撃った方が強くなる。レガリアがそう語りかけている。


「来ないのか? ならこちらから」


 シュンッ!!!


 気付いたら魔帝が目の前まで迫り、大剣を薙ぎ払おうとしていた。


「くっ………」


 寸でのどころでしゃがんで避けた。速すぎるだろっ!?


 だが、接近してくれれば、外しはしない。


 弓をワープで手元に引き寄せ、瞬時に弓を引く。


 終わりだっ……!


 弓が放たれる。


「なっ!?」


 魔帝は無理な大勢で矢を避けた。そんなこともできるのかよっ!?


 驚いている間に蹴りが飛んでくる。


 やられる!?


 思った瞬間、盾が自動で守ってくれた。


 その隙に杖を使ってワープし、距離をとった。大剣の間合いに入ったら終わる。


「やはり厄介だな。その魔法は」


 魔帝が一息つく。余裕ぶりやがって。


 だがおかげで俺も息を整える時間がとれた。あのまま猛攻撃を受けたら、ダメージを負っていた。


「その杖だけは、絶対に壊す」


 もしかして、ワープ位置は魔帝にも予測しかできないのか?


 そうだとしたらかなり有効な戦術だが、あいにくとワープはあと2回程度しか出来ないみたいだ。かなりの魔力を使う。もう一度光の矢をつくったら、ワープは1回しか出来なくなる。


 さて、そろそろ覚悟を決める時だな。


 もう一度、同じ攻撃をする。


 杖を手放す前に光の矢をつくっておく。それを隠し持って置き、使いどころで奴の急所にぶち込む。


 俺は大剣を持ち、魔帝に飛び込む。


 悟られないよう、今度はうまくやるんだ。


「さて、今度は攻め手を変えてみるか」


 魔帝が左手を俺に向ける。その手からドス紫色の光弾が俺に飛んでくる。


「くっ!」


 俺はローリングして初段をかわし、そのまま走って避ける。


 光弾はドンドンと鼓膜を揺らすほどの音を出して壁に穴をあけていく。どうやら追尾性能はないらしい。だったらやりようはある。


「いけっ」


 俺は槍と剣と斧に魔帝を攻撃するよう命じる。


「芸の無い奴だ」


 魔帝は右手の大剣で防ぎつつ、光弾を俺に放ってくる。


「しまっ――――!」


 俺は光弾を受けた。盾で(傍線部)。


 何かが近づいてくる音がする。


 狙い通り!


 俺はギリギリまで魔帝を引き付け――――いまだっ!


 光の矢を発射した。


「っ!?」


 矢は魔帝の左胸を貫けなかった。


「―――――――残念だったな」


 魔帝は怯む様子なく、俺に大剣を振り下ろしてきた。まずいっ、盾でガードしないとっ!


「砕く」


 ガキンッッッ!!


「ばかな……」


 盾を破壊し、盾の下にあった弓を両断した。なんという……力だ……!?


「くそっ!」


 すぐさま大剣を呼び戻し、応戦するが。


 ガキンッッ!!!


 白色金の大剣が折れた。驚く間もなく、魔帝の鋭い蹴りが俺の左脇腹を薙ぐ。


 いってぇぇ……っ!?


 ドゴォン、と背中に衝撃がきた。


 壁まで吹っ飛ばされたようだ。そして今は地べたに頬をつけている。


 まるでハンマーで殴られたかのような蹴りだった。これで骨が折れていないのが不思議なほど。


「勝負、あったな」


 魔帝がつまらなそうに言う。


 おい俺! 立ちやがれ! 異世界チートライフは始まったばかりだろ! ここで寝たら、一生立てなくなるぞ!


 失いそうな意識に頭の中で喝を入れて目を覚まし、よろめきながら立つ。


「私の本気の蹴りを受けて、まだ胴体がくっついていることを誇れ」


 大概の生物は蹴りで殺せるのか? 


 ば、バケモノめ……。


 もはや笑えてきた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 か、勝てない。……ここまで強いとは、想定外だった。


「さて、三波啓介。ここで全てのレガリアを差し出し、地下牢獄に向かうと言うのであれば、命だけは助けてやろう。断るなら、お前にはアストゥリオと同じく、死を与えてやる」


 命だけは助けてやる……だと? 


 ふざけやがって。


 どうせ死ぬまで奴隷として使われるか、人体実験されて魔物とされるかの二択だろう。


 そう、相場が決まっている。


 そこに未来はない。


 だったら、俺の全てをぶつけた方が良い。


 杖と剣を握り、魔帝を睨みつける。


「戦うことを選択したか。まぁ、それもいいだろう」


 魔帝も構える。


 魔帝に勝てるとしたら、斬られる間際にワープし、魔帝の首を斬る。


 成功する確率は少ない。


 練習無しの一発本番。しかし、俺には女神から授かった神の力がある。成功する可能性だってある。


 信じろ。神の力を。チートパワーを。


「いい目をしている。三波啓介、お前のことは忘れない」


 ジリ……。


 互いの足が地面をこする音がした瞬間、俺と魔帝は地面を蹴った。


「はあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」


 魔帝の思い切り振った剣は―――――空を斬った。


「――――っ!?」


 三波啓介は、この部屋から姿を消した。


「奴め……………逃げたか」


 魔帝はぐっと歯を噛み締めた。


 頂上決戦は、転生者の敗走で幕を閉じた。

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