怖くない幽霊

ボウガ

第1話

 Aさんがキャバクラ嬢としてキャバクラで働いていたころのこと、妙な客を接役したことがあった。目が細く、たらこ唇、太っていて、傍目にも美形とはいえない感じのおじさんが来客したことがあった。よくくるらしく、Aさんは指名されなかったが、新人だったのでヘルプで入ることになった。

「がははは」

 金色の歯を輝かせ笑うその男は、豪快というか下品という感じさえしたが、Aさんが気になったのはそこじゃなかった。

「俺なあ、幽霊みえんねん」

 こういう客はよくいた。珍しくない。問題はそこじゃない。

「怖くない幽霊ってのもいるんだよ、俺なあ、若いお嬢ちゃんの幽霊につかれてんのや、顔はぼんやりしてよくみえないけどな、にこっとわらってな」

「……そうなんですかー」

「人ごみにはあまりいかないが、そういう所にいるときなんて便利やで、その女の子がにこってわらうと、人込みがさけて道ができる、最初は何でかわからなかったが、しだいにわかってきた、その女の子なあ、不思議な力があんねん、俺を不快にする人間を遠ざけてくれんねん」

 そう笑って、始終満面の笑みで、男は笑って酔っぱらって帰っていった。


 先輩キャバ嬢のBさんが

「いやな客でしょ、人はわるくないんだろうけど、自分の話ばっかり、それにがさつで、あれで社長だっていうんだから不思議よね」

「ええ、まあ」

「それに、私……霊感あるからわかるんだけど、あれについてるのは“霊”じゃなくて生霊だと思うな」

「どうしてですか?」

「彼は忘れちゃっただろうけど、あんな男でも好きになる女がいるのね、ストーカーみたいな子があいつがここの常連だって聞きつけて、キャバ嬢になったのよ、もちろんそのことがあったのは、ある事件があってからなんだけどね」

「事件って?」

「あいつの前にでてきて、なぜ自分を指名してくれないんだ、私はこんなに好きなのにって」

「そのあとどうなったんですか?」

「すぐに裏にひっこめられて説教されたんだけど、逆切れして消息不明に、店長が色々調べた結果、ストーカーしてた事実も見つかって、履歴書の経歴をよくみたら、あいつが社長だった会社の社員だったこともあって……」

「なるほど……」

「仕事をやめてから、私の友達が彼女と友達だったらしくて、その後の事をきいたんだけど、それからも、彼に何度か街であったり、声をかけることがあったらしいんだけど、向こうはまるで自分に気がない感じでどうにもならなかったの、はっきりと手紙をおくったり、食事に誘っても無視をされたんだって、それで彼女は今、たしか遠くに引っ越して別の仕事してるみたいねえ、まあ、あんな奴に執着する事ないと思うけどねえ」

 Aさんは、ふと考えた。この話にも穴があると。Aさんは、実はだまっていたがかなりの霊感もちの家系で、その客の接客中に気づいていた。その客の背後に、とてもつよく、邪悪な霊がついていることに、そして、店の入口から、客のいう”若い女性の霊”がこちらを見ていることに。

「もしかしたら……その人死んでるかも……」

「え?」

「いや、私は詳しくないんだけど、私も少しみえるときがあって」

「ふぅん」

 Bさんは不思議そうな顔でAさんを見下ろした。


 Aさんはそれから時折、その客を街で見かけることがあった。そのたびに、若い女性の霊はニッコリと笑う。そこには“こちらに早く来い”という悪意のようなものをひしひしと感じる。しかし、彼の守護霊のようなものがそれをはじき、ひきよせず、はじかれた悪意は、彼の傍の人間にあたる。


 Aさんはそれから、彼に何度か指名された事があり、その時彼の悲惨な体験を聞いた。小学生のころ、バスが事故を起こし、彼以外の全ての人間が死んだ。大人になり結婚してからも、車の事故、向こう側の完全な過失により、奥さんと小学生の子供が死亡。それでも彼はニコニコとわらっていた、彼はそうやって正気をたもっていたのだ。


 Aさんは仮説をたてた。もしかしたら、あの客についているものは、彼を守るかわりに、彼の周囲のものを犠牲にしているのではと、Bさんにこの話をすると

「そう、たしかに“彼女”は音信不通になっているらしいわ、でも、彼があの“若い女性”をさけていたのはもしかしたらなんとなくわかっているのかもね、自分が不幸の元になってるって、だったら幽霊も、生きている人間もどちらも報われないわね」







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怖くない幽霊 ボウガ @yumieimaru

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