Episode11-B 花束男

 村娘・ローズは、町へのお使いから帰る途中の人気のない道で薔薇の花束を持った見知らぬ男に声をかけられた。

 僕はずっとあなたを見ていました。どうか、この花束を……僕の思いを受け取ってください、と。

 ローズは器量良しと評判の娘であった。

 きっとこの花束男――ちなみにこの男自身も都会的で洗練されたなかなかの美男子である――も、ローズの美貌を見染めたのだろう。


「……あ、あの、ごめんなさい。私、”そういうの”ダメなんで」


 そう答えたローズは、足早に立ち去るというか逃げようとした。

 しかし、花束男はローズの腕をガッと掴んだ。


「ローズ、僕はずっとあなたを見ていたんだ。あなたを好きになってしまったんだ。せめて、僕の名前くらい聞いてくれたっていいでしょう?」


 いや、完全に人との距離の詰め方を間違っているから。

 相手にも心があるということと、人と人が仲良くなっていくには時間と段階を踏んでいくことが必要だということを知らないのか?

 こんな厄介な男に目をつけられて、名前までも知られていたとは……今後はもう町へのお使いは絶対に断ろう、とローズは決意した。


「やめてください!」


 ローズが発した拒絶の声に、男は意外にも彼女の腕を掴んでいた手をすんなりと放した。


「……分かりました。急だったから驚いただけですよね? 僕のことは、これからじっくり知ってもらえばいいですから。とりあえず今日はこの薔薇の花束を受け取ってください。あなたをイメージして作らせたんです」


 男がローズの眼前に薔薇の花束を突きつけた途端、彼女はくしゃみを連発し出した。


「え? ど、どうしたんですか?」


「わ、私……昔から体質的に薔薇を受け付けないんです……っ……くしゃみや目の痒みが酷くなって……っ……」


「え? 女性なのに薔薇というか、花がダメなんですか? それに、あなたの名前はローズじゃないですか?!」


 いやいや、女性だからとか関係ないし。

 さらには名前なんて親が勝手につけたものだし。


「む、無理なものは無理なんです……っ! もう私に声をかけないでください!!」


 叫ぶように拒絶の意を示したローズが、逃げようとした時だった。

 花束男がローズの華奢な肩を掴み、地面へと叩き込んだ。

 悲鳴をあげるローズに馬乗りとなった男は近くに落ちていた石でローズの頭部を殴りつけた。

 幾度も幾度も、泣きながら殴り続けた。


「よくも僕を騙したな、このメギツネ! 女なのに薔薇の花が嫌いなばかりか、女なのに汚ったない鼻水まで出しやがって……僕を何重の意味でも裏切りやがって!!」


 薄れゆく意識の中でローズは悟った。

 ああ……こんな男に目をつけられていた時点で私はもう終わっていたんだ、と。



(完)

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