Episode11-A 緊縛女

 猟師のジョージは、森の中で奇妙な声を聞いた。

 よくよく耳を澄ましてみると、それは明らかに助けを求める女性の声であった。

 ジョージは声のする方向へと急ぐ。

 声の主がどんな目に遭っているのかは分からない。

 この人気のない森の中で女性に不埒な行為に及ぼうとする輩に襲われ、今まさに貞操の危機に瀕している可能性だってある。


 ジョージが駆け付けた先にいたのは、薔薇のツルで体を縛られた若く美しい女性であった。

 地面に転がされた女性の肉感的にも程がある身体に、薔薇のツルは食い込んでいる。

 もがく女性の白く豊かな胸の谷間は丸見えで、その髪も男女の営みの最中を思わせるがごとく色っぽく乱れていた。


「そこのお方、助けてください。どうか、この薔薇のツルを……」


 彼女の美しい瞳は涙に濡れていた。

 だが、ジョージは彼女を助けようとはしなかった。

 そのまま踵を返し、元の道へと戻ろうとした。


「え? どうして? 私を助けてくれないんですか?! あなたには私の姿も、私がどんな状態にあるのかも見えているのでしょう?!」


「……ああ、見ている。しっかりと見えているさ。でも、お前が俺に仕掛けてきた罠は雑にも程があるぞ。そんな棘だらけの薔薇のツルが身体に食い込んでいるってのに、なんで血の一滴も出ていないんだ? その容姿を餌に俺を騙すつもりだったのなら、もっと細部にもこだわれよ。馬鹿キツネの悪戯だか何だか知らないけど」


 ジョージに罠の雑さを指摘された緊縛女は、唇を噛みしめて俯いた。

 かと思いきや、低い声で笑いだした。

 フハハ、ハハハハハと両肩を震わせながら、笑い出した。


 そして、目にも止まらぬ速さで自身を緊縛していたはずの薔薇のツルをビュン、ビュンと飛ばし、ジョージの全身に絡みつかせ、その動きを封じた。

 薔薇のツルが、その棘が、衣服をも突き破り、ジョージの肌へと食い込む。

 痛みとともに、みるみるうちに血が滲み出す。

 女はなおも笑い続けていた。低い低い男の声で。


「こちとら別にキツネじゃねーし。それに、お前に一つだけ教えといてやるよ。暗い森ン中で”こういうの”に出会っちまった時は、何も気づかないふり、見えていないふりをするのが正解なんだよ。見えていることを知られたばかりか、返事までしちまった時点でお前の負けなんだよ。バーカ」



(完)

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