Episode3-B 踊り続ける赤い靴

 ジェーンの暮らす町にも、噂に名高い”踊り続ける赤い靴”がやってきました。

 

 昔、美しいけれども罰当たりなカーレンなる娘が死ぬまで踊り続けるという呪いをかけられ、最終的には首斬り役人に懇願して両足首を切断せざるを得なかったと。

 切断は荒療治ではありましたが呪いから解放されたその後のカーレンは改心し、懺悔の祈りを捧げていたところに天使が現れ、赦された彼女は天へと召されていったと。


 ですが、カーレンの死後も赤い靴はいまだに踊り続けているのです。

 赤い靴は底が擦り減り朽ち果てるどころかピカピカのまま……そこに生えているかのごときカーレンの両足首も皮と肉が腐って骨ものぞいて蛆が湧くなんて人体の腐敗現象は一切見せず、切断当時の姿で今もなお、生き生きと踊り続けているのです。


 赤い靴はダンスでの全国行脚でも目指しているのでしょうか?

 軽やかなステップを踏みながら、全国各地で数々の歓声ではなく、数々の悲鳴をあげさせていました。

 震えながら十字を切る人、箒で追い払おうとする人、中には火をつけて焼き殺そうとする人もいましたが、赤い靴はひらりひらりと遊ぶようにそういった人々の間を余裕ですり抜けていきました。


 自分の部屋の窓辺より、”踊り続ける赤い靴”を見たジェーンの反応は、そういった人々とは全く違っていました。


 ……羨ましい。私だって、あんな風に踊ってみたい。


 そう思ったジェーンの瞳から涙がこぼれ落ちます。

 嫌悪や恐怖ではなく、渇望でジェーンの瞳は濡れていたのです。


 ジェーンは幸運にも経済的に裕福な家に生まれていました。

 優しい両親や大勢の使用人たち、そしてジェーンが望んだなら綺麗な赤い靴など何足だって手に入れることができたでしょう。

 ですが、ジェーンは体が弱くて病気がちのうえ、生まれつき歩くことができない体だったのです。

 あの”踊り続ける赤い靴”の存在は、ジェーンが魂の底からの願いであり、手に入ることのない夢そのものでありました。


 それからほどなくしてジェーンは亡くなってしまいました。

 手に入ることのなかった夢をその魂に宿したまま、ジェーンの肉体は若くして永遠の眠りにつきました。

 しかし、ジェーンの魂は新たな肉体へと宿って、生者たちの世界へと戻ってきました。

 

 輪廻転生。

 新たな人生の始まりです。

 幸運なことに、容姿ガチャは大当たりしていました。

 なんとそのうえ、健康ガチャも運動神経ガチャも当たりです。

 とても美人で健康な体でリズム感もバッチリ……ということは、この人生にてジェーンは自分の足で踊ることができるでしょう。

 しかし、生まれた家といいますか生育環境と経済状況は、その生まれ持った資質を最大限に生かすのにはちと厳しいものでした。

 前の人生では好きなだけ買えたはずの綺麗な赤い靴なんて、今や夢のまた夢です。


 さらにもう一つ、大切なことをお伝えします。

 常識的に考えて、時間というものは過去から未来への一方向にしか進まないと思うでしょう。

 ですが、ジェーンのこの新たな人生の始まりは、”以前のジェーンが誕生する数十年前へと”時計の針が巻き戻されていたのです。


 人知を超えた世界のことは良く分かりませんが、過去から未来への一方向ではなく、輪廻転生の”輪”という言葉通り、輪っかがクルクルと回転するかのように、過去も未来もすべて一つの輪となり循環しているものなのかもしれません。


 それはさておき、ジェーンは……あ、もう、ジェーンと呼び続けるのは止めた方が良いかもしれませんね。

 彼女は以前の人生のことなどすっかり忘れて、何も覚えていないのです。

 何より、今の彼女の名はカーレンというのですから。



(完)

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