14、あやしペディア

 都市伝説といえば昔は口伝えだったものが、最近ではネットが主戦場になっている。初めは何気ない感想だったり、悪意を持った書き込みだったり、全くの創作だったりするが、やはり伝わっていくうちに「本当のこと」となってしまうものだ。

「『あやしペディア』か」

 オフィスのパソコンの画面を覗き込んでフォクはつぶやいた。いくつもの分類された項目が並んでおり、そこをクリックするとその詳しい説明が出るようだ。まるでフリーのインターネット百科事典のようだが、こちらから編集はできないらしい。

 人名の欄からフォクの本名を選ぶ。名前、生年月日、性別、出身、所属とフォクを構成している情報が連なって出てくる。間違いがないことはフォクが一番よく知っている。ただひとつ、フォクには知り得ない情報があった。数日後の日付に「死没」、享年二十九。

 この「あやしペディア」には未来も書かれている。そして書かれていることは本当になる。最近、学生の間で広まったウワサだ。それが成績でも、結婚でも、不祥事でも、死であっても。

「ふーん……」

 カタカタとフォクはキーボードを打ち込む。検索欄に「あやしペディア」と。なるほど、「あやしペディア」のページが出てきた。開始された日付を見ると、このサイトは比較的最近にできたらしい。この世界の全ての事柄を網羅しているとの自負がある。自己言及のページか。

「わかった。じゃあ書き換えてくれ、cikoudia6093」

 そう言ったとたん、パチンと画面がチラついた。「はーい」と検索欄に文字が現れる。それから「あやしペディア」の記事が一瞬消えた。それからまた現れたかと思えば、書き換わっていく。まるで誰かが文字を消して、また打ち込んでいるように。

「え? なんで?」

 書き換わっていく文字の中に、呆然としたような文字が出てくる。そしてそれはすぐに消された。検索欄に「ざんねんでした。オレのほうがすごいみたいだね」。書き換わっていく文章にあらがうように、また文字が現れる。「やめて、消さないで」「ううん、どうしようかなあ?」「お願いします、見逃して」「やっぱ、やーだ。だってこのウソ、面白くないんだもん」「ごめん、やめて、ダメ……やめてよ……」。

 ……「あやしペディアは不確実な百科事典です。つまらない記事ばかりでウソが八百以上あります。あんまり面白くないのですぐ終了されちゃいました。終了したのは――」。そして本日の日付、今の時刻。

 それが入力されたとき、エラーが出てサイトが表示されなくなった。どうやら処分できたようだ。



「うまくいったな、cikoudia6093」

 パソコン上のメモ帳を開き文字を入力すると、すぐに返事が返ってくる。

「当然。役に立てたならいいよー」

 彼は電脳妖怪cikoudia6093。ハッカーやサイバー犯罪への不安と驚き、恐怖から生まれた都市伝説妖怪だった。個人情報を抜いていくとか、勝手に資産を取っていくとか……。ネットというのはよく知らない人からすれば見えないところが大きい。その空間に「いる」とされたものだ。

「オレだって処分されるより存在感が欲しいんでね」

「それはよかった」

 cikoudia6093はネットの使い方を人間に教えている。どこに注意すべきか、何を避けるべきかを。人間は少し怖い目を見ないと覚えない。この電脳妖怪が実際の「怖いこと」の前に一瞬の怖さを見せてやるのだ。

「ガキからジジババまでオレが教えてやるよ。ちょっと怖いところまでさ」

「ああ。ネット社会はこれからも広がり続けるだろうし」

「……このままネットが広がったらオレ、神にでもなれちゃうかなあ? はは、冗談冗談」

「そうかもな。やらかさないなら」

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