純血種が最強の世界で劣等種の僕が英雄になる

吉村航太郎

第1話 盗まれた武器は猫耳の…?

 なんにだって才能はある、それは世界の理。僕だって最初から分かってた。龍族のように敵を刈る爪はないし、巨人族のように身体が大きいわけでもない。おまけに『混血種』、最悪だ。純血こそが至上、もっとも強く美しいとされるこの世界において、混血種は劣等の証。だから『劣等種』として忌み嫌われている。

 

 ある冒険者に笑われた。お前には獣族の誇りである牙がない、でも尻尾は生えている劣等種だ。


 ある冒険者に笑われた。お前は人間族のような見た目をしているが、尻尾が生え、人間族の誇りである武すら身に着けていない劣等種だ。


 ある冒険者に笑われた。お前は本当にエルフなのか。魔力も薄く、おまけに最も穢れた種族、魔族のにおいがするじゃないか。お前のようなやつが我らが高潔なエルフを語るなよ、劣等種が。


 劣等種。劣等種。劣等種。どこに行っても笑われる。どこに行っても馬鹿にされる。でも仕方ないじゃないか。僕だって冒険者になりたいんだ。僕だって英雄になりたいんだ。憧れてしまったものは、どうしようもないじゃないか。

 だからこれは、劣等種の物語。物語のページはまだ埋まっていない。だって旅は始まったばかりなんだから。

 だからこれは、僕の物語。旅の軌跡を少しづつ、少しづつ埋めていけばいい。書き始めは、そう。こんなのがいい―――




 僕は人間族の見た目に獣族の尾が生え、おまけにエルフと魔族の血をこの身に宿す、劣等種のなかでも最も劣等。四血の冒険者だ。でもいいさ、覚悟はできてる。誰に笑われても、誰に馬鹿にされようとも、一歩づつ進んでいけばいい。そうやって旅は、続いていくんだから……。





「……続いていくんだか…らああああああああああ! ない、ない、ないないない! 武器、ローブ、ポーション、何ひとつ無くなってる!」

 

少年は絶叫した。まだ寝ぼけているのか、絶叫しながらゴソゴソとベッドの上でのたうち回っている。しばらく絶叫していると、


「おい、うるせえぞ!」

 

と隣の部屋から壁をドンドンと叩く音が聞こえた。けれど、少年はなおものたうち回った。


「それどころじゃない! けど、ごめんなさいぃぃ! でもないんですよ、荷物とか…武器とか…とにかく! 全部なくなってるんですよ…」

 

 隣の部屋の主は何かを察したのか、先ほどとは打ってかわった静かな口調で少年に語りかけた。


「…なにかトラブルか?」


「え…は、はい。荷物が全部なくなってるんです。昨日の夜までは確かにあったのに…」


「…待ってろ、いまそっちに行く」


 と部屋の主はそれだけ言い残すと黙ってしまった。けど、なんだ…? ガサゴソとけたたましい音がしている。少年は不思議に思って壁に耳を近づけてみた。


(なんだ? さっきまで凄い音がしてたのに、今度は急に静かに…って、ひいぃ!)


 少年はまた絶叫して、こんどは気絶までしかけた。部屋の扉が『ドン!』と開いて、扉の倍はありそうな巨大な大男がズカズカと入り込んできたからだ。


「大丈夫か、坊主。…っておいおい。何をそんなに驚いてるんだ。巨人族なんてここらじゃ珍しくもなんともねえだろうが」


「い、いや…。驚いたのはそっちじゃなくて、鍵…かけてましたよね……?」


「んん、鍵だあ…?」

 

 大男は不思議そうな顔で扉のほうを振り返った。それからゆっくりと右手に握りしめているドアノブを見つめて、部屋中に響き渡る声で大笑いした。


「ぐっ、はっはっは! こいつはいけねえ。つい、いつもの癖で強く握りすぎちまった。すまねえな、坊主。宿主には後で俺から謝っておくからよ」


「い、いえ…。大丈夫です…」

 

 しばらく笑い転げたあと、まだ引き笑いをしながらもなんとか喋れるようになった大男は、ドスのきいたハスキーな声で、しかしその巨体に似合わない優しい口調で少年に語りかけた。


「で、いったいどうしたってんだ。さっきは何かなくなったとか言ってたけどよ」


 少年は大男の口調に安心したのか、落ち着きを取り戻してゆっくりと答えた。


「はい。それなんですけど、冒険に使う武器やポーションがすべて無くなってるんです。昨日の夜までは確かにあったから、寝てるあいだに誰かに盗まれたんじゃ…」


「ふうむ。盗まれた、ね…」

 

 と大男は巨大な顔に生えた顎髭をなでながら、考え込むような顔をした。


「坊主。さっき冒険に使う武器が盗まれたと言ったな、おまえ冒険者か?」


「え? あ、はい…一応……」


「はっはっは。なんだその反応は。たしかに、武器やポーションを全部盗まれたんじゃとても冒険者とは言えねえな」

 

 そういって大男は豪快に笑い飛ばした。


「いえそういう意味では…」

 

 と少年は俯いてボソボソと返事した。


「うん? まあいい。おそらくだが、その情報から犯人の見当はつく」


「え、本当ですか!」


「ああ本当だ。いいか坊主。この街ではな、冒険者の武器を盗むやつなんていないんだ。なぜだか分かるか?」


「うーん、なぜですか…?」


「それはな、冒険者の武器には必ず本人の銘が打ってあるんだ。冒険者が死んだ後に、武器だけ持ち帰っても誰だか判別できるようにな」


「…それがどうだって言うんですか……?」


「なんだお前察しが悪いなあ! いいか、この街の質屋では冒険者本人の証明なしに武器を売ることはできない。つまり、お前の武器やポーションは裏の質屋に売り飛ばされたってわけだ」


「そ、そうなんですか。それってかなりマズいんじゃ…?」


「ああマズいな。かなりマズい。なんてったってここは六大陸の中でも最大の城下都市『アルルレリオン』だからな。表の質屋だけでも数百、裏も合わせればその数倍はある。坊主の武器はまず見つからないだろうな」


「そ、そんなあ…」


 少年はガクンと膝から崩れ落ち、絶望的な顔をして泣きそうになった。


(そ、そんな。僕の冒険がこんなところで終わってしまうなんて…。故郷のお父さん、ごめんなさい。故郷のお母さん、ごめんなさい。僕は役立たずの冒険者です。旅にでて一年も経たず、ろくにクエストもこなさないまま、あろうことか武器まで盗まれてしまった半端ものです……)


「ああ、僕は半端ものだ! しょせん英雄にはなれないんだあぁぁぁ」


「なんだあ、お前。心の声が漏れてるぞ!」


「へ?」


「チャック、チャック。そういうことは思っても内に秘めとくもんだ。特に冒険者はな、だろ?」


「え、あ、はい…」

 

 少年は武器が盗まれた絶望感と、心の声を聞かれた恥ずかしさで顔を赤らめ、泣きそうになった。


「はっはっは! お前面白いやつだな。まあとにかく。全部を悪い方向に考えるもんじゃないぜ。坊主の武器はもう見つからねえだろうが、犯人の目星はついてるって言ったろ」


「そう、それです! 誰なんですか、僕の武器を盗んだ犯人っていうのは!」


「うむ。その犯人ってのはおそらく…」


「おそらく…誰なんですか……?」


「俺の従妹だ。すまねえな(ニッコリ)」


「うん。え? 従妹? って、ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 部屋を埋め尽くすほどの巨体を揺らしながら大男は両手を頬に合わせ、赤ん坊のような顔でニッコリと微笑んでいた。


「いやいやいや(ニッコリ)。じゃないですよ! なんですか従妹って、あなたの親戚じゃないですか! 今すぐ紹介してください、僕が! 直接! 取り返しにいきますから


「だああ、うるせえなあ! 俺だって申し訳ねえと思ってるよ。けどな、あいつが何してるかなんて知らねえんだよ。どこにいるかもな。この王都をアジトにしてるってことは確かなんだが、むかし一度顔を合わせたっきりなんだよ。それ以外はなにも知らねえ」


「そ、そんなあ……」

 

 少年はまたも膝から崩れ落ちた。これできょう何度めの絶叫だろうか。


(僕の武器を盗んだのがこの人の従妹だって? いったいどうなってるんだ。なんでこんな災難ばっかり。もしかしてこの人もグル? …いやいやいや。まてまて。待つんだ僕。この人は僕を助けてくれたいい人じゃないか。それに、もしグルならわざわざ従妹だなんて言う必要はない。ああぁ、故郷のお母さん。いったい僕はどうすればいいんですか!? は…いや待て。おかしい。やっぱりおかしい。この王都で、こんな偶然があるわけがない。だから…)


「やっぱりこの人はグルなんだ!」


「…おい坊主。心の声漏れてるぞ」


「しまった!」


「しまったってなんだ! それに俺はグルじゃねえ! …しかし、まあなんだ。俺も申し訳ねえとは思ってるからよ。武器なら好きなの選んでもらっていいぜ」


「へ?」


「ふっ。まだ名乗ってなかったな。俺の名は『ゴルホフ』。しがない王都の武器屋だ」



 

 少年とゴルホフは大通りを歩いた。ゴルホフの武器屋で、新しい武器を選ぶためだ。今日は何かの祭りをやっているらしく、大通りは人でにぎわっている。しかし、二人の前には自然と道ができた。ゴルホフは舌打ちをした。少年はすぐにその理由に気づき、顔を赤らめた。


「なんでえ、こいつらは。人の顔ばっかジロジロみやがって」


「ゴルホフさんを見てるんじゃないですよ。たぶん、僕を……」


「ん? ああそうか、それで。…チッ」

 

 ゴルホフもすぐに気づいた様子だった。少年はなおも顔を赤らめた。そう。みんなが避けているのはゴルホフさんじゃない、僕だ。劣等種、それも四血の僕が祝いの場にいることを忌み事だと思って、みんな避けているんだ。


(くそ…ローブを盗まれたから尻尾が隠せない。それにエルフの耳も。最悪だ。何かの祭りだと思っていたけど、これは結婚式だ。みんな僕のことを睨んでいる。嫌だ、消えたい。この場からいなくなってしまいたい)


 誰かが小さな声で、しかし少年とゴルホフにだけは聞こえる声で呟いた。


「消えろよ、忌み血が。祝いの場にお前のようなやつが来るんじゃない」


 その言葉だけが、蜃気楼のように少年を包んだ。その時の少年の顔は、どんなものだったろう。おそらく、絶望的な顔をしていたはずだ。彼にはその言葉に反論する理由があった。大義があった。気性の荒いものならば、その場で殴りかかっていたはずだ。しかし少年は違った。彼はその言葉に反論するでもなく、殴りかかるでもなく、ただ静かに受け止めていた。そのような罵りに反撃するには、彼はあまりに優しすぎたのだ。


…しかし、ゴルホフは違った。彼は気性が荒く、また少年に劣らない正義の心を宿していた。ゴルホフはその巨体を揺らしながら男に詰め寄り、憤怒の表情で叫んだ。


「おいそこのお前。いま何ていったのか、もう一度答えてみろ。俺の目を見て、正直に答えろ。いま! この場で! この坊主を罵った薄汚ねえ言葉をもう一度答えてみろ!」

 

 広場は静まり返った。ゴルホフに詰め寄られた男は恐怖と驚きで何も喋れないようだ。


「も、もういいですよゴルホフさん…僕は気にしてませんから……」


「うるせえ! 何が気にしてないからだ。いっぺん自分の顔を鏡で見てみろ、泣きそうな顔をしてるじゃねえか。俺はこいつが許せねえ、気のいいお前を侮辱したこいつを、俺は絶対に許せねえ!」

 

 ゴルホフはなおも憤った。その表情をみていると少年は泣きそうになった。ここが人前でなかったなら、きっと泣き出してしまっていただろう。故郷をでて、死ぬような思いで王都にたどり着いた彼を待ち受けていたのは、『劣等種』という差別。しかしいま、ゴルホフという男は、自分のために怒っているのだ。人目も気にせず、見ず知らずの出会ったばかりの自分のために怒ってくれているのだ。


「ひ、ひいい!」

 

 ゴルホフに詰め寄られた男は一目散に逃げだした。観衆は静かなままだ。鳴り響いていた音楽も、この騒ぎのせいで止まってしまった。ゴルホフの肩をふるわす鼻息だけが広場に響いた。


「チッ。何見てるんだ観衆ども。ほら、どっかいけ! しっしっ。…ったく、腹が立つ野郎だぜ。おい、こんな胸糞悪いとこはさっさとトンズラしようぜ。……っておい、坊主?」

 

 少年は泣いていた。地に伏せて泣いていた。なんとかこらえようとした涙も、もう止めようがなかった。


「うっ、うっ。うああああああぁぁぁ!」


「お、おい坊主…? なに泣いてるんだよ。俺の顔、泣くほど怖かったか?」


「違います、違いますよ! だってゴルホフさんは僕のために、僕のために怒ってくれて……うあぁぁぁぁ!」


「っおいおい困ったな。そんなに泣くようなことか? 俺は坊主だから助けたんだぜ。俺だってそんな、へへっ。誰でもかれでも助けるような聖人じゃあねぇよ」


「うっ、うっ、でも……」


「ほら、いいから。いい加減泣き止めよ坊主。冒険者がそんな簡単に泣くもんじゃねえ」


「…うっ、はい……」

 

 ゴルホフの言葉に励まされ、少年は立ち上がって歩き出した。獣族の尻尾を揺らしながら、エルフの耳をとがらせながら。

 ローブを身にまとっていないことを、少年はもう気にしていなかった。






 二人はまた大通りを歩いた。もうすぐでゴルホフの店に到着する予定だ。その間にたくさんのことをゴルホフと話した。


「そういえばゴルホフさんの名前の由来って、もしかするとアレですか…?」


「お、物知りだな坊主。そうよ、『背天のファラゴルホフ』。我らが豪傑なる巨人族の祖にして、かつて六大陸に君臨した原初の六王、その一人よ。俺の親父が全部を拝命するのは憚られるってんで一部を拝借したんだが。ま、俺は二血だからな。ちょうどよかったさ」


「ゴルホフさんは二血だったんですか!?」


「おうよ。巨人族と人間族の二血だ。純血の巨人族はもっとでけえぞ? 俺の倍はあるようなやつがうじゃうじゃいる」


「ゴルホフさんの…倍……?」


「はっはっは! 何をそんなに驚いてるんだよ。まあなんだ、俺は二血でよかったと思ってるよ」


「え?」


「二血だからこそ人間族や獣族とこうやって暮らすことができてる。だから坊主とも出会えたってわけだ。純血はデカすぎてこうはいかねえからな。ま、何事も考え方次第ってやつだ」


「何事も考え方次第…」


 ゴルホフの言葉のすべてが、少年には衝撃だった。『忌み血』、本来忌むべきはずのそれをゴルホフは肯定している。巨人と人間、己のルーツであるその両方にゴルホフは誇りを持っている。いま、少年のなかで何かが変わろうとしていた。それがなんであるのかは分からないが、きっと大きく成長していくだろう。そんな予感がした。


「そういえば坊主、まだ名前を聞いてなかったな」


「へ? いいませんでしたっけ…?」


「おいおい忘れっぽいなあ。まだ何にも聞いてねえよ」


(ってことは、ゴルホフさんは名前も知らない僕のために怒ってくれたんだ…)


「何ぶつぶつ言ってんだ?」


「い、いいや! 何でもないです!」


「ふっ、はっはっは! ほんと面白いやつだなお前は。さあ、教えてくれよ。坊主の名前を」


 本来なら語るはずなどなかったであろう己のルーツ。しかし少年は、はっきりとそれを叫んだ。ゴルホフの言葉に、感化されるように。


「はい! 僕の名はネリウス。『アーネスト・ネリウス』。魔族とエルフの二血を母に、人間族と獣族の二血を父に持つ、四血の冒険者です!」


 エルフの特徴である純碧の瞳を輝かせながら、ネリウスはぴょこぴょこと尻尾をゆらした。


しばらくして…


「さあ着いたぞ、ここが俺の自慢の武器屋だ!…って、うん………?」

 

 武器屋の扉をひらいた瞬間。ゴルホフが直立のまま固まった。何かとんでもなく驚いているみたいだ。あまりの衝撃に顎が外れてしまったみたいで、あがあがと何かを呻いている。


「あ…あが…あがが……」


「どうしたんですかゴルホフさん。あがあが言ってないで早く僕の武器を選んでくださいよ」

 

 まったくもう、とぶつくさ言いながらネリウスはゴルホフの顎を『バキッ』とはめてやった。


「ほら。これで治りましたよゴルホフさん。いったい何をそんなに驚いているんですか?」


「ル、ル…」


「る? なんですかゴルホフさん。『る』って」


「ルーニア!」


「ん? 誰ですかルーニ…アあああああああ! 僕の盗まれた武器!」

 

 ネリウスはまたも絶叫した。店の奥にあるカウンターの一席に、あろうことかネリウスの武器が積まれているのが見えたからだ。それに、その横に座っているのは…猫耳の、美少女?


「ルーニア、ルーニアか!」


「にゃ?」

 

 とその猫耳の美少女は首を傾げた。あどけない仕草だが、どこか色っぽい。


「お前誰にゃ。わたしは武器を売りにきただけにゃんだが、面倒事はごめんだにゃ。それに…お前の武器……?」

 

 と、ルーニアという猫耳の美小女はネリウスのことを撫でるように見つめた。


「はい、はいそうです! 僕の武器です返してください…っていやいや。返せ泥棒! 僕の大切な武器なんだぞ!」


「大切な武器ならちゃんとしまっとくにゃ。お前それでも冒険者かにゃ?」


「くっ…って違う! 変な理屈で僕を言いくるめないでください!」


「はあ…お前めんどくさいにゃん。もういい。そこの巨人族のお前、なんでわたしの名前を知ってるにゃ。もしかして憲兵に売り渡す気かにゃ?」

 

 ゴルホフは興奮した様子でルーニアに近寄った。


「ルーニア。俺だよ、俺! 従妹のゴルホフだよ! お前が小さいころに会ったきりだから覚えてないかもしれないけどよ!」


「にゃ? 従妹?」


「え? 従妹? って」


「えええええええええええええええええええ!?」

「にゃあああああああああああああああああ!?」

 

ネリウスとルーニアは同時に絶叫した。その叫び声は武器屋中に響いた。



「ゴルホフさんの従妹ってこの人なんですか、どういうことですか!」


「お前があたしの従妹ってどういうことにゃ! 説明するにゃ!」


「ああああ! うるせえうるせえ、お前ら静かにしろ! 言葉の通りだよ。俺はお前の従妹で、お前が俺の従妹なの。以上、説明終わり!」


「そんなので納得しないにゃ!」


「そうですよ納得しませんよ! だいたい彼女は獣族じゃないですか、ゴルホフさんの従妹なら、巨人族の血を引いてるはずでしょ!」


「うるせえなあ、こいつは母方の従妹なんだよ。ま、この世界じゃ珍しくもねえ話だ。親戚同士でも見た目が違うなんてことはな」


「あ、たしかに」


 ネリウスは瞬殺で論破された。


「ハア…なるほど分かったにゃ。ゴルホフ…だったかにゃ? お前が私の従妹であることはいったん置いとくとして、どういう了見にゃ? わたしがこいつの武器を盗んだって?」


「ああ、そうだ」とゴルホフはいった。


「宿屋に泊ってたらこいつの絶叫で目が覚めたんだ。何事かと思って話を聞いたら荷物がぜんぶ盗まれたっていうじゃねえか。おまけに武器も盗まれたってんでピンときたんだ。こいつはルーニアの仕業だってな。ここいらじゃお前の手癖の悪さは有名だからな。だから代わりの武器をこさえてやろうと、ここに連れてきたってわけよ」


「ふうむ、にゃるほど…」

 

 ルーニアは考え込むような表情をして、ゆっくりとネリウスに近づいた。お互いの顔が10センチくらいのところでルーニアは動きを止め、ジッっとネリウスを見つめた。ネリウスはとんでもなく緊張し、こんなことを考えた。


(さっきまで気づかなかったけど、この人よく見るとかわいい…それに、胸元も…お、おおきい…)

 

 ネリウスは童貞だった。


 ルーニアは毛並みのそろった綺麗な尻尾をふりふりしながらしばらくネリウスの顔を見つめた後、ふっと笑ってネリウスの顔をペロリと舐めた。


「ひ、ひいい!」


「お前…獣族のにおいがするにゃ。それに尻尾も…えい!」

 

 瞬間。ルーニアがネリウスの尻尾を急に引っ張った。あまりに強くひっぱったので、ネリウスは今まで発したことのないような、変な声でうめいた。


「う、うにゃああ!」

 

 獣族の特徴1、獣族にとって尻尾は性感帯の一つであり、愛撫の対象なのである。尻尾をなでられるとすべての獣族は雄雌関係なく『発情』してしまうのである。ゆえに人前では隠しておくのが普通なのだが…今日のネリウスにはローブがなかった。


「な、くっ…なにするんですか…そこは……僕の急所……」


 バタン! とネリウスは床に倒れ込んだ。


「にゃああ…うるさいやつだにゃあ。尻尾の一つや二つくらいでわめくな…にゃ、あれ?」


 バタン! と今度はルーニアが床に倒れ込んだ。


「おいおいどうしちまったんだよ二人とも。ふざけてる場合じゃねえぞ」


 ゴルホフがルーニアを揺さぶったが、ルーニアは返事をすることもなく、すでに意識を失っていた。


獣族の特徴2、獣族は発情すると異性を誘惑する『フェロモン』を出す。本来は微弱なそれも、異種族交配強化の突然変異によって、ネリウスのフェロモンは『何倍』にも強化されていた。つまりルーニアは普通ではありえないほど発情し、興奮しすぎてイキ倒れたのだ。


ルーニアは、腰をビクビクふるわせながら痙攣していた。




問題は何一つ解決していない。ネリウスの武器は返してもらっていないし、盗んだ本人と盗まれた本人は倒れている。そしてまだ状況を飲み込めていないゴルホフ。その日、わけの分からない珍妙な喜劇だけが、王都の武器屋で繰り広げられていた。

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