第34話 ~斎藤さんが消えた~ 愁一郎の語り
今朝、浅葱と大喧嘩した。斎藤さんが消えたからだ。
浅葱が朝食を運んだ時に彼女はもういなくて、部屋は掃除の必要がないくらいキレイに整えられていた。当然、駐車場には車も無い。夜中のうちに、こっそり村を出た事が伺えた。
部屋のテーブルには書き置きがあった。そこには、上司である部長から、国会議員であるお父さんの浮気現場の写真をネタに脅迫され、村の情報を渡していたと綴られていた。部長の目的は分らないけれど、何かよからぬ事を企んでいるから気をつけるように、という注意喚起も。そして最後に、僕たちへの感謝と、謝罪。治療費は後日必ず振り込むから少し待ってくれという丁寧な一文まで。
スマホは繋がらなかった。
族長と父さん。浅葱と真知さんに撲。その時、大屋敷にいた全員が食堂に集まって、斎藤さんの手紙を朗読する真知さんの声を黙って聞いた。
僕は、やっぱりだったか、という残念な気持ちと、それから少なからずの責任を感じていた。
絶対、土曜日にした僕との会話が斎藤さんをたきつけたんだ。彼女の罪悪感を、必要以上に煽ってしまったらしい、と。
『お前、斎藤さんに何か言ったのか』
真知さんが手紙を読み終えるなり、浅葱は僕を睨みつけてきた。
僕の表情を読んだのかもしれないし、土曜日に僕と斎藤さんが二人になった時間があった事を思い出して、そう判断したのかもしれない。
僕が、斎藤さんに言った内容をそのまま伝えると、浅葱は僕の胸倉を掴んで引き上げた。
『このアホンダラ! あの人絶対、部長とやらに接触する気だぞ! ハンターだったらどうすんだ!』
『じゃあ何て言えばよかった? 聞かれたとおり、この村にある猟銃の数と、銃を使える奴の数教えてやればよかったのか!?』
ついカッとなって、言わなくていい事まで言ってしまった。浅葱が振り上げた拳を、父さんが素早く止める。
『浅葱。斎藤さんの実家に電話しろ。もしかしたら帰ってるかもしれない。俺は一度、町田会長に連絡を取って、部長について探りを入れる』
『はい』と答えた浅葱は拳をおさめ、僕のシャツを解放した。
『真知。村のもんに一斉連絡しろ。外出は必要最小限に留め、ハンターに気をつけよと』
族長からの指示に、真知さんがスマホを操作しながら『今やってます』と返した。間もなく、チャットアプリに登録した真識のグループトークルームに、真知さんからのメッセージが届く。メッセージには、族長が伝えた内容の他にも、ハンターらしき人物を見かけたらすぐにこのトークルームに連絡を入れて情報を共有するように、という指示と、安否確認の為に毎日七時と一八時に全員このトークルームにメッセージを入れよという約束事項が付け加えられていた。
それぞれがせわしなく、食堂から出てゆく。
僕はスマホで町田会長の番号を探している父さんに訊ねた。
『それで、僕は何をすればいい?』
すると父さんは、何言ってんだ、みたいな顔でこう言った。
『お前は学校だろ。早く行け』
★
こんな非常時に普通に学校に行けとか、信じられない。
半日分の授業を終えて、購買でパンを買い屋上にのぼった僕は、何の連絡も来ていないスマホの画面を見てため息をついた。授業の合間、浅葱に『どうなってる?』とメッセージを送ったけど、既読がついただけで返事はない。
斎藤さんは見つかったのかな? 部長の正体は分った? 他のみんなはどうしてる?
色々気にはなるけれど、バタバタしてるなら下手に連絡をして、邪魔しちゃいけないんだろう。本当、気になり過ぎて今すぐ早退したい気分だけど。
「どうした? 愁一郎。お前今日めちゃくちゃ暗いぞ」
右隣から木村先輩が覗きこんできた。
「最近パンが多いねえ。浅葱さんと喧嘩したの?」
今度は左隣から、名取が覗きこんできた。大屋敷に来たその日に、弁当の作り手は下宿先のおばさんではなく浅葱だと、名取は知ってしまっていた。
僕は二人に「大丈夫です」とまとめて返事をしてから、左隣の人に質問する。
「それより、名取はあれからどうだった? 体は辛くない?」
土曜の施術とジャム作りの後、名取はよろよろしながら帰ったんだ。名取はジャム作りの他にもパン作りも手伝わされていたし、村での労働は堪えたように見えた。
「も~、しんどかったよ~。(整体後の副反応で)眠くて仕方がなかったのに、谷原クン(ジャム作りで)寝かせてくんないしさぁ。せっかく(施術で)気持ちよくなってたのに。ひどいよ~」
「どうもすみませんでした。でも(ジャム作りの仕事が)結構溜まってたから、助かったよ」
「どういたしまして。(整体は)結局あの一回で上手くいったんでしょ? 次はいつ?」
「次(施術後のチェック)は名取の体調次第かな。月経周囲はどれくらい?」
「え? 分んない。あたし生理不順だもん。来たらその時に教えるから」
「りょーかい」
会話を終えて右隣を見ると、両目をまん丸に開いた先輩が、パンを足元に落っことした格好のまま固まっていた。
地面に落ちたわけじゃないし、まあ食べられるかな。
先輩の足元に転がったままのカレーパンを拾い上げて差し出すと、先輩はパンを受け取る代わりに僕と名取を交互に指さし、「おまっ、お前ら――」と声を震わせる。
「――お前ら、そういう関係だったわけ!?」
……なんか盛大に誤解してる人がいる。
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