第10話 エレベーター

彦徳はエレベーターのボタンを押した。


智にギターを教える為に来たのだった。


アコースティックギターを背負い、

エレベーターが来るのを待っていた。


エレベーターは2基あって、右側のエレベーターが

降りてくる。


扉が開くとそこには、こちらに背を向けてうずくまっている、

髪の長い女が乗っていた。


「!」一瞬心臓が止まるかと思ったが、

ふと智がイタズラをしているのだと思った。


数秒待っても動かない「智らしき」女は、微かに揺れていたので、

彦徳はあえて何も反応せずに乗り込み、智が住んでいる4階の

ボタンを押した。


ゆっくりと上昇していくエレベーターの中で、

彦徳も「智らしき」女も一切物音を出さなかった。

何度か彦徳は目の端で確認していたが、微かに揺れるだけ。


少しこの状況が面白くなっていた彦徳だったが、

4階に到着し、ドアが開いても動かない「智らしき」女を

横目で見つつ、エレベーターから降りた。


閉まるまで数秒じっと見ていたが、乗った時と同じく

微かに揺れているだけで、変化もなく扉が閉まった。


その瞬間、ポンっと肩に触れられた感触がして、

驚いて振り向くとそこには智がいた。


「エレベーター見てなにしてんの?」


智は不思議そうに彦徳の顔を見た。


「いや、、え?智じゃない?」


エレベーターを見ると、先ほど乗っていた右側の扉は

閉まっていたが、ランプは4階のままだった。


彦徳は恐る恐るエレベーターの降りるボタンを押すと、

先ほど乗っていた右側のエレベーターが開いた。


そこには先ほどの女が同じ姿勢で、同じ様に微かに揺れて

乗っていた。


彦徳は固まっていたが、智がエレベーターの中に入り、


「またこんな所にいるのか、帰りなよ」

と、少しあきれたような口調で話した。


エレベーターが閉まり、今度はランプが動き、1階まで降りて

行ったのを確認すると、智は「さ、ギター教えてくれ」と

部屋へと歩きだした。


「…さっきの女、智、知り合いなん?」


「さっきの女って?」


「…え?」


「え?」


智は怪訝な顔をして、


「怖いこと言うなよ」


と言った。


彦徳はどこまでが事実なのだろうか、と思った。

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