第十五話 「帰りはこわい」

 夕陽が沈み、夜の帳が下りて、星が瞬き、月が明るく輝きだす。

 空が夜の顔を見せた頃、青年は戸をたたく音を聞いた。


「もう大丈夫なのか」


「はい。おかげさまで。あの……、外には他に、誰かいますか?」


「いや。俺だけだ」


 青年が答えると、戸がゆっくりと開いてイズミが姿を見せた。

 月明りの下に見える彼女の姿はひどくやつれていた。髪は乱れ、表情には生気がなく、衣服には乱れを直したあとがあり、ほのかに汗のにおいがした。まるで恐ろしい怪物から、命からがら逃げだしてきたかのようである。


「霊力を極端に消耗すると、肉体と魂の均衡が崩れて、体が悲鳴をあげるのさ」


 青年は立ち上がり、腕を組んでため息をつく。


「人を助けようって意思は立派だが、そのせいで自分が倒れちまったら意味がないぞ」


「そうですね。これからは気をつけます」


「薬師のおっさんには適当に言っておいたが、ああいうことが起こった時の対処法はわかっているのか?」


「はい。人には絶対に見せられないものですけどね」


「そうかい。とりあえず今日はもうここで休ませてもらえ。これ以上無理をすると本当にくたばっちまうぞ」


 いいえ、とイズミは首を振る。


「早く帰って、ご主人の帰りを待たないと……」


 イズミはおぼつかない足取りで歩き出す。


「仕方ねえな」


 青年はイズミの前へ行き、背を向けて身をかがめた。


「店まで連れてってやるよ」


「そんな。そこまでしていただくわけには」


「ジイさんとの約束だからな。約束を破ったとあっちゃ、気分が悪くて眠れやしねえ」


「そう、ですか。じゃあ、お言葉に甘えますね」


 イズミは遠慮がちに青年の肩にふれ、その背に身をあずけた。

 青年はイズミの両足を腕でしっかりとはさみ込み、ゆっくりと立ち上がった。


「重くありませんか?」


「どうかな。なにしろ女を背負うなんて、今までしたことがなくてねえ」


「いけませんよ、天士様。こういう時はですね、重くないって言わなくちゃ。相手が若い女の子なら、そう答えるのが常識ですよ」


 イズミは笑う。もちろん青年にはイズミの顔が見えないが、彼女が無理をして笑っていることは雰囲気でわかった。


「若い女なら、ねえ。覚えておこう」


 さて、と青年は社の外を目指して歩き出した。



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