第十二話 「彼らの剣と彼女の剣」
住宅街を抜けると、鎮守の森が見えてきた。その奥には、鮮やかな朱色で塗られた社の門の姿が見える。門は森の木々が苗木に見えてしまうほど巨大で、その大きさはこの社に祀られている守り神の力を誇示していた。
一般的な石材ではこの規模の門を建てることはできない。ほとんどの社の門は、霊力によって強度を強化できる霊石でつくられている。その霊力の源となるものは、守り神を崇める信仰心である場合が多い。これほど巨大な門を維持できるということは、相当な人々の信仰心を得ているという証でもあるのだ。
二人は鎮守の森を進み、門の手前まで来る。そこには憲兵隊が待機していた。
彼らはすでに抜刀していて、警戒態勢ではなく臨戦態勢をとっていた。
「なんだ。人を呼んどいて、ずいぶんな出迎えじゃねえか」
「呼んだのはその娘だけだ。貴様に用はない。早々に立ち去るがいい」
「俺はイズミの保護者代理だ。こんなところに一人で置いてったら、あんたらに何されるかわからねえからな」
憲兵隊は一斉に剣先を青年へ向ける。
イズミは一歩前へ進み、憲兵たちに言った。
「この方は都の人たちを守るため、怪物と戦ってくださいました。あなた方に剣を向けられるいわれはありません」
すると、先頭に立つ憲兵がイズミに剣先を向けた。
「娘。あまりいい気になるな。我らにたてつくなら、貴様もただではすまんぞ」
「どうぞご自由に。殺したければ殺してくださって結構。けれど、私を殺したところであなた方には何も得るものはないでしょう。今ここで助けを必要としている人たちの恨みを買うだけですよ」
貴様、と憲兵は凄みのある声を出す。しかしイズミはひるまない。
「ご存知の通り、私は神官の命令に応じてここへ来ました。もし、あなた方が独断で私を殺したとあったら、神官団はどう思うでしょう。そうなったら、あなた方にとっても都合の悪いことになるのではありませんか?」
憲兵は剣を向けるだけで、反論はしなかった。
「俺が神官と直接話をする。さっさと呼んで来い」
「貴様、我々に命令するというのか。この……」
「待て」
剣を向ける憲兵に、そばにいた憲兵が言う。
「今、この社には、神官は一人もいない」
思いつめたような口調で憲兵は話を続ける。
「お前たちは美奈木大橋の外側にいたから知らないだろうが、昨夜の怪物が出現する少し前に市街地で水路の汚染が発生したのだ。何者かが用いた術式によって毒に侵されたらしい。そのために多くの被害者が出てしまった。だから神官たちは、昨夜から総出で水路の解毒と術式の解除にあたっているのだ」
「そういうことか。だから昨日、神官は現れなかったんだな」
手の込んだまねを、と青年はつぶやく。
「被害者の治療には医師や薬師があたっている。その娘は登録こそしておらんものの、腕は確かだと聞く。だから、力をかしてほしい」
「私にできることがあれば、よろこんで協力します。ですが、また怪物が現れないとも限りません。もしもの時のために、この方にはそばにいてほしいのです」
しばらくの沈黙の後、憲兵は剣をおさめた。
「貴様、どういうつもりだ」
咎めるように別の憲兵が言う。
「我々の使命は、都を守ることだ。そのために、今はこの娘の協力が必要なのだ。なら、我々のなすべきことは、彼らに剣をむけることではないだろう」
同意するように、他の憲兵たちも次々と剣をおさめていく。
剣を構える憲兵が一人だけになった時、イズミはその憲兵に言った。
「案内していただけますか」
憲兵は構えを崩さず、切先をイズミの喉元に向ける。
イズミは臆することなく、一歩、また一歩と近づき、切先が喉に触れる寸前の所で立ち止まって、憲兵をまっすぐに見つめた。
「きっと私も、あなたたちと同じです」
イズミは落ち着いた口調で言う。
「苦しんでいる人がいるのなら、力になってあげたいんです」
「……ついてこい」
憲兵は剣をおさめ、イズミに背を向けて歩き出す。
イズミは小さく息を吐き、青年のほうを見て微笑んだ。
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