第九話 「弔いは誰がために」

 大通り一帯が喧騒に包まれる中、青年とイズミ、店主は無事に店へ戻ることができた。

 朝はまだまだ遠かったが、青年は眠気をまったく感じなかった。普段の彼なら眠気を感じなくても寝床に入るのだが、イズミのことが気がかりだったので、店の座敷に腰を下ろした。

 イズミは霊獣の骸を弔うため、店の庭へ向かった。

 彼女の姿が見えなくなったところで、店主は青年に言った。


「しかし驚きました。お客さんが天士様だったとは」


「様をつけられるような大層なもんでもねえよ」


「ご謙遜を。しかしどうして、この都へおいでになったんです」


「さっき言った通りだ。お前さんの店の甘味は皇都でも評判だったからな」


「そうですか」


「そういうことさ」


「では、そういうことにしておきましょう」


「あんた、くえないやつだね」


「甘味は食えたものでしょう」


「もちろんだ」


「何かお好きな甘味でもご用意しましょうか」


「いや、今日はもういい。味わって食えるような気分じゃないからな」


「ではまたの機会に」


 二人の会話が終わってしばらくした頃に、イズミが戻ってきた。

 彼女の手は土で汚れ、店内の明かりに照らされた顔には生気がほとんど感じられなかった。


「ちゃんと、弔ってやれたのか」


 青年が聞くと、イズミは「はい」と小さくうなずいた。


「しかしお前さんも物好きだな。なぜそんなことをしようと思ったんだ」


「ただ、気の毒に思っただけです。あの霊獣は利用されていただけで、何も罪はないのでしょう? だったらせめて、ちゃんと弔ってあげたいと思ったんです」


「そうか。優しいんだな」


 いえ、とイズミは目を伏せる。

 そんなイズミを気遣うように、店主は言った。


「今日はもう休みなさい。話があるなら明日にでも……」


 いいえ、とイズミは首を振る。そして、意を決するように青年に目を向けた。


「理由はどうあれ、私はあの霊獣を殺しました。罪のない命を殺しました。私がしたことは正しかったんでしょうか。それとも、まちがっていたんでしょうか」


「あの怪物を野放しにしていたら、被害は大きくなる一方だった。核に使われていた霊獣も、死んでいたも同然の状態だった。お前さんが罪悪感や自責の念にかられることはない」


 青年は事実を伝える。しかし、イズミの表情は暗いままだった。

 彼女が求めているのは、客観的な事実ではない。そのことは青年にもわかっている。ただ、どんな言葉をかければいいか、青年には判断できなかった。


「あの霊獣は、お前さんのおかげで術式から解放されたんだ。だからお前さんは殺したわけじゃない。救ったのさ」


「それが本当に、救いだと言えるのでしょうか」


「術式に囚われ、怪物のまま生きていたほうが良かったと思うかい」


 青年の目を見つめるイズミの瞳に、涙がにじむ。


「……部屋に、もどります」


 イズミが去った後、店主が青年に言う。


「お客さん。どうかイズミのことを悪く思わないでください。あの子にもいろいろとあるのでしょう」


「だろうな。俺ももっと別の言い方ができればよかったんだが」


 青年はため息をつく。


「どうも年頃の娘ってのは、面倒だ」


「働き者ですが、そういうところは見た目通りなんですよ」


「なるほどねえ」


 青年は大きくあくびをする。



「俺も部屋にもどるよ。ジイさんも寝たほうがいい。明日も騒がしくなるだろうからな」


「ええ。わかっています」


 店主は静かに微笑む。その微笑みの意味を、青年は判断しかねた。

 ただ、それ以上は深く考えなかった。

 明日のことは明日になってから考えればいい。

 それが安らかな眠りをむかえるための、青年の信条だった。


 眠る前、青年は庭へ立ち寄った。

 イズミが弔った霊獣の墓だろうか、庭の隅のあたりに土が盛り上がっているところが見えた。その上には形の良い石が乗せられている。

 青年はその前に立ち、目を閉じて手を合わせた。


「……ちゃんと、眠ってくれたようだな」



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