第16話 馴れ初め
私たちは相談の結果、終業式の日と同じハンバーガーショップに行くことにした。学校からも私の家からも美月の家からもちょうどいい距離にあるので美月と学校帰りに行くのはだいたいここだ。
土曜のお昼時ということで店内は子供連れの家族から小中高の学生で大変な混み合いを見せていた。
私はチキン系のバーガーとチョコシェイク、美月はチーズバーガーとバニラシェイク、そして二人でシェアするために大きめのサイズのポテトを購入しなんとか確保できた席についた。早速ポテトをつまみながら美月が切り出す。
「まずは初詣のことだよね。どうだった?」
「うん、美月が考えてくれた作戦は全部実行できたよ」
堂々とする、だけは暗雲が立ち込めたけれど佐々木さんたちがいなくなってからは割とちゃんとできたはずだ。美月は驚きながら喜びを浮かべた顔をしてくれている。
「服と靴は見たけど、他も全部?」
「うん。お参りの行列待ちのときは真人君のコートの端っこを掴ませてもらってたし、お参りが終わった後はて、手も繋いでもらって名前で呼んでみたりして、このときだけは私が真人君の彼女なんだって思って堂々としてたし、少しだけ離れたときに同じクラスの子たちに真人君が見つかって話しかけられていたときは、私がその人たちのこと苦手そうなのを察して真人君が誤魔化して守ってくれたし、出店は交互に奢ったよ。次の約束も具体的なのは部活が忙しいから決められてないけど、二月くらいから少し時間あるから誘うって言ってくれたし」
私はそれに加えて真人君のお父さんとの昔話を聞いたこととか、必勝祈願のお守りをプレゼントしたこととか、真人君の家に行ってバスケを見せてもらったことを話した。
「い、家に? まさか詩織、すでに大人の階段をのぼ……」
「昇ってないよ。むしろ階段は降りたよ。地下に行ったんだから」
ニコニコして話を聞いていた美月が急に神妙な面持ちになった。いつかと同じように手に持ったポテトをポトリと落とす。伊織と同じようなことを考える辺りお似合いかもしれない。
私とも同じことを考えているから私ともお似合いだ。私が否定すると「ほっ」と言いながら安心して笑顔になった。コロコロ表情が変わる可愛いところを伊織に見せてやりたい。
「百五十点」
「え?」
「私の想像以上だよ。自分も恋愛経験がほとんどないくせに偉そうに作戦とか考えてたのが恥ずかしいくらい」
「そ、そんなことないよ。私、美月の作戦のおかげで頑張れたんだから、恥ずかしがらないでよ。ほんとにありがとね」
美月の作戦がなかったら私はお母さんプロデュースの服でおしゃれなんか考えることもなく、下手にロングブーツなんかを履いて歩けなくなって迷惑をかけたり、手を繋ぐどころかはぐれてしまったり、真人君に佐々木さんたちが話しかけるところを見た時点で逃げ出してしまったりしていたかもしれない。
美月が行動の指針を立ててくれたおかげで楽しく過ごすことができたし、この先の学校生活ももっと楽しみになった。
だから今度は私が美月にお返しする番だ。
「これ、お礼にもらって欲しい。伊織とのこと私もできる限り協力するからね」
私は初詣のときに買っておいた恋愛成就のお守りを美月に手渡した。
「わーありがと。早速鞄につけちゃお」
嬉しそうに受け取ってくれた美月は通学鞄の外側につけようとする。私も通った道だが、そのお守りの意味を考えて美月はその手を止めた。
「いやいや、さすがに皆に見えるところにつける勇気はない。好きな人いますってアピールしてるみたいなものだもんね。中にしまっておくね」
「それがいいよ。私も同じの買ったけど鞄の中だから」
佐々木さんみたいな強い人だったらきっと皆に見えるところにつけられるんだろうなと思う。私と比べると美月は華やかでキラキラしているけれど学校の中では私と同じ地味なグループで、自己主張があまりできない。私たちが恋愛成就のお守りなんかつけているのが周りに知れたら何を言われるか分からない。私たちのような日陰者は恋も控えめにしかすることができない。
いけない。ついネガティブに減点法で考えてしまう。加点法で自分や他人を評価すると良いと真人君に教えてもらったが、そう簡単には切り替えられない。
「よし、じゃあそろそろ伊織君のこと教えてもらおうかな」
真面目で可愛い美月が明るく私に尋ねた。
「教えられることは教えてあげたいんだけど、そもそも美月は伊織のどんなところが好きなの? いつ頃から好きになったの? 気づいたときには伊織のこと好きって言ってたから聞いたことなかったよね?」
「そういえば話してなかったような気がするね。私と伊織君の馴れ初め」
馴れ初めは恋人になった人たちの経緯のことを言う言葉だったと思うが、私と同等以上に勉強ができる美月がそんな誤用をするわけがないので、美月としてはすでに伊織と恋人気分のようだ。こういうところは私の主観では加点できる。
美月には四歳年上の姉と四歳年下の弟がいる。現在姉は地元の公立医科大学の医学部二年生、弟は小六にして卓球で大学生にも引けを取らない実力を持ち、来年からは中高一貫の学校に進学して寮暮らしと卓球漬けの毎日が待っている。
勉強と運動に優れた姉と弟に挟まれた美月は、勉強はそこそこで運動は苦手、一応吹奏楽を中学三年間続けたくらいの悪くはないがパッとしない能力だったと言う。
吹奏楽は今後の目標になるほどのめりこんでいなかったし実力もたいしたことはなかったため、勉強だけでも頑張ろうと姉の出身である進学校を受験したが失敗し桜高校に入学する。
人見知りするが一度仲良くなってしまえば積極的に友達付き合いはできる方で、小学校からの友人が同じ吹奏楽部でありクラスの中心にいるようなタイプの子でもあったため中学では美月もクラスの中心グループにいた。
ただ、高校はその子と別になってしまった上に受験に失敗して気落ちし、自信を失っていたため高校での人間関係構築のスタートダッシュには失敗してしまった。
嫌われているわけではないし、授業などで必要なときには話せる人はいる。ただそれ以外で休み時間などに雑談をするような友達と言える人はおらず、なんとなくクラスで浮いた存在となっていた。この辺は私と同じだ。
昼休みに私が離れ桜の下でお昼を食べていたのに対し、美月は生徒食堂の端っこで一人でお昼を食べていた。食堂は大勢の人がいて同じように一人で食べている人もいたため目立たなかったらしい。
部活は料理部と言う名のお菓子作り部に入っているが一年生は美月だけ。二、三年生の先輩も大人しめで優しい人ばかりで可愛がってもらっているそうだが、お昼を一緒になんて間柄ではない。
ある日の昼休みにいつものように食堂で一人でお昼ご飯を食べていると周りから女子のひそひそ話が聞こえた。一瞬孤独に食事をしている自分に向けられたものかとヒヤッとしたがそれは食堂に入ってきた人物たちに向けられたものだった。
「あれが噂の桜君」
「一年でバスケ部のスタメン候補らしいよ」
「イケメンだけど笑うと可愛いんだって」
「同中の子から聞いたけど中学では彼女いなかったって」
「告白されても全部断ってるんだって」
「てかそばにいる人も結構カッコいいよね」
「うちのバスケ部レベル高くない?」
「皆身長も高いし、あ、一人だけ小さい人いた」
「いや、周りがでかすぎるだけであの人が普通なんだよ」
その話声に導かれるように美月の視線もバスケ部の一年生たちへと向けられた。
運動は苦手、音楽も中途半端、唯一そこそこできた勉強も受験という大事な場面で失敗した美月は優秀な姉と弟に対して劣等感を抱いていた。
そんな中、美月の目に留まったのは一番人気の真人君ではなく、高身長のバスケ部男子の集団の中で一人だけ普通の身長の伊織だった。
あの人も自分と同じように身長が周りと比べて低いことに劣等感を抱いているのかなと勝手に同類扱いして興味を持った。
私の一組と美月の二組は数学や体育の合同授業で一緒になることが多いが伊織の三組は二組からすると隣のクラスというだけで特に関わりはない。
それでも教室移動のときは三組の脇の廊下を通らないといけない構造になっているから、そのたびになんとなく教室の中に伊織の姿を探していた。
見れば見るほど自分好みの顔であるような気がして、名前も知らない伊織のことをもっと知りたいと思うようになっていった。
最初はなんとなく顔が好きだっただけ。でもある日の放課後、それは人間性を含めた好きへと変わった。
放課後、美月が下校しようと校門を出て学校の敷地の周りを歩いていると後ろからランニングをしている部活の生徒の集団が迫ってきた。美月自身は十分歩道の端を歩いていたし気にせずそのまま歩いていて、何の部活かは分からないランニング集団は美月を避けてどんどん追い抜いていく。
しかし集団が大きすぎたため後ろの方の人間には美月の存在を認識できなかったのか美月を避けきれず少しだけぶつかってしまった。
「私、運動苦手でどんくさいから転んじゃったんだよね。膝と手をついて、膝すりむいちゃって手も傷はなかったけどすごく痛くて、ぶつかった人はちょっとだけ謝ってすぐ行っちゃって。一人取り残されてすごく心細くて情けなくて、泣きそうだった。そんなときに伊織君が来てくれたの」
転んでしまい、膝の痛みですぐには立ち上がれず孤独に途方に暮れていた美月のもとへ先ほどの集団とは違うジャージを着た伊織が走ってきた。
伊織も部活でランニング途中だったというのに美月に手を貸して立ち上がらせて保健室まで連れて行ってくれたとのことだ。
「私が怪我した方の足を痛そうにしてると肩を貸してくれて、頑張れば自力で歩けたんだけど甘えさせてもらって、顔が近くて足の痛みなんか忘れるくらいドキドキした。大丈夫か? 痛くないか? もうすぐだからなってずっと優しい声をかけてくれて、怪我をしたはずなのに幸せな気持ちになった」
幸せそうに思い出を語る美月はいつもよりも可愛く見える。伊織に対してそんなに恋心を向けられると何だか私までこそばゆくなった。
「そのとき自己紹介し合って名前を知ってね。でも伊織君って結構人気あったから私みたいなのに好きとか言われても困るだろうなって思ってしばらくは見てるだけだった」
その後、美月は伊織と遠慮なさげに話す私を見て、彼女だと思って失恋したと思い込んだそうだ。
「詩織のことは数学とか体育の授業で見たことがあって、きゃぴきゃぴしてなくてどちらかと言うと目立たなくて人見知り気味の子なのかなって思ってたから、伊織君がそういう子を選んだんだと思うと私とタイプが似てて嬉しかったし、だからこそ悲しかった。詩織が伊織君の双子の妹だって分かったときはすごく安心したんだよ。だから中間テストの後、詩織に声をかけられたときはすごく嬉しかったんだ。似てるタイプの詩織となら仲良くなれるかもって思ったし、勉強で競い合えそうな人ができたって思ったし、伊織君のこといっぱい聞けるかもって思った」
結果として私と美月は今のように仲良くなった。美月には伊織のことを色々教えたが私以外の接点が伊織とないことや割と人気者の伊織に手を出したらどうなるかという不安から停滞を続けている。
伊織の連絡先は勝手に教えたが勇気を出せずこれまで一度も連絡をしたことがないらしい。
「最近詩織が桜君との仲を頑張ろうとしてるのを見たら私もやっぱり頑張ろうって思ってさ。詩織を応援しつつ私も具体的に行動していこうって思ったの」
「具体的? ああ、真人君に協力をお願いしたりとか?」
「うん。それもあるけど一番は詩織ともっと仲良くしようかなぁって思って」
そう言って美月はポテトを数本持って私の口元に持ってくる。今までこういうあからさまな仲良し行為をしなかったのでちょっと新鮮だった。
私は可愛いくて優しい美月のことが大好きなので、是非この恋が成就してくれたらと思う。
約二週間の冬休みはとても充実していた。
バスケの試合を見て、勉強をして、真人君と初詣に行って、勉強を頑張って、模試を受けて、四月からのクラスに希望を持って、あの後の美月との話で予定は流動的だけれどとりあえず二月十四日のバレンタインデーに向けて頑張ろうということになった。
それまでに伊織の好きな女の子のタイプくらいは聞き出しておかなければ。
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