第4話 作戦会議
入学当初の四月、隣の隣のクラスの伊織と休み時間に話をしていたのをクラスの女子に見られた。
なかなか顔が良いらしくすでに桜君の二回り下くらいの人気があった伊織と、地味で気弱そうで基本一人で行動することが多かった私が親し気に話しているところを見られ、クラスの中で調子乗ってるとか、色目使ってるとか根も葉もない噂を立てられたことがあった。
後に私と伊織が双子の兄妹であることが浸透していくと噂はパッと消え失せたが、私がこの学校の中では勉強が飛びぬけてできることも鼻についたのか、なんとなくクラスの一部の女子からの視線が厳しいものになっている。
クラスの係や掃除などで私が男子と事務的に話したり、勉強が苦手な男子がたまに私に教えを乞うようなことがあると、じっと私を見つめる視線を感じる。
双子の兄でありそこそこの人気者の伊織でさえこうなるのだから、桜高校内人気ナンバーワンの桜君と一緒にいたなんてことが知れると、どんな噂が立つか想像もしたくない。そうなったらきっと私は学校に通いたくなくなってしまうだろう。
でも美月の言うことも一理あって、桜君なら変な噂が立ってもちゃんと守ってくれそうだし、私の抱えているよく分からない感情をはっきりさせるには桜君と一緒に過ごしてみるのが一番だ。
色々話し合った結果初詣における作戦が決まった。もう使わなくなったプリントの裏に書き出していく。ほとんどは美月が考えたものだ。
一、 ゆるふわコーデで攻める
二、 靴は歩きやすいスニーカーで
三、 はぐれないようにどこかを掴んでおく
四、 堂々とする
五、 いざというときは守ってもらう
六、 奢ったり奢られたりする
七、 名前で呼ぶ
八、 次の約束を取り付ける
「一はまあいいよね。ゆるふわが嫌いな男はあんまりいないって何かで見た。二はやっぱり初詣って人が多いしよく歩くから、下手におしゃれな靴より歩きやすい靴の方が良い。三はこれも人が多いからだけど、もしかしたら手を握ってくれるかもしれないからね。四は周りからは詩織は桜君の彼女に見えるはずだから自信持って顔を上げていこうね。五は詩織が心配してる通り、知り合いに見つかったときとかは逃げたりせずに桜君を頼ろうね。六は出店とか割り勘じゃなくてどっちかが全額出すようにすること。そうすればさっき奢ってもらったから次は自分はって繋がっていくでしょ。七はまあ基本だよね。名前で呼ばれるって特別感あるしグッとくるよね。八はここで終わらず次の機会はどうするか約束すること。部活で忙しい桜君だけど詩織から誘えばどうにか時間を作ってくれるはず。という感じでやればきっと詩織も桜君のことが好きなんだなって心の底から言えるようになってると思うよ」
「そ、そうだね」
ちょっと恋愛脳過ぎないかなとも思うけれど、他に案もないしせっかく美月が一生懸命考えてくれたのでこの通りやってみようと思う。ただ一つだけ問題がある。
「どう? 何か質問は?」
「……ゆるふわコーデって何?」
十六年間恋に無頓着の私はおしゃれにも無頓着で、中学生の頃は学校のジャージだったり、お母さんが買ってきた服を着て出かけていた。
高校生になってからはさすがにジャージやめたが、自分で服なんて買ったことがない。お母さんは百貨店の婦人服売り場で販売員をしているのでセンスは悪くないはずだ。年齢層はちょっと高いかもしれないが。
「まじ?」
美月が食べようとしていたポテトをポトリと落としながら言った。その可哀そうなものを見るような目が私を悲しみへと誘う。美月は目を潤ませる私に懇切丁寧に説明してくれた。
美月からゆるふわコーデの解説を受けてなんとなくとりあえず分かった気にはなり、クリスマスが終わったらお母さんが勤める百貨店の若者向けの服売り場に行くことが決まった。
いきなり全身買い揃えてお金は大丈夫かと美月に心配されたが心配はない。年明けにお年玉が入る予定だしそもそも私はこれといった趣味もない。遊びに行くこともほとんどなく今日のように美月と放課後に安めのお店に寄るくらいだ。
漫画とか小説とかはそこそこ読むが、私が買ったものを伊織も読み、伊織が買ったものを私も読んでいるので実質半額程度で済んでいる。また、勉強関連のものはお父さんがいくらでも買ってくれる。したがってお小遣いは結構貯まっている。
漫画に関してはお小遣いをもらい始めたときからの習慣で、そういうシステム故に伊織が思春期男子が好きそうな、ちょっとエッチなシーンがあるような少年向け漫画を買えないのは少しだけ申し訳ないと思っている。
そういうことを気にするくらいには気遣いができる男であることはきちんと美月に伝えておいた。
ちなみに伊織は私が気まぐれで買った全十巻のボーイズラブ系の漫画もせっかくだからと言ってしっかりと読破している。ストーリーが良いと評判の漫画なので、ストーリーが気になっただけでそちらに目覚めたわけではないと思うが、念のためこれは美月には言わないでおいた。
美月と別れて自宅に着き、自室に入るとスマホにメッセージが届いていることに気づいた。
もしや桜君かと思ったが、本当に桜君からだった。
【今サービスエリアで休憩中 俺の活躍楽しみにしててくれよな!】
というメッセージの次にバスケのユニフォームを着た謎のキャラクターが親指を立てているスタンプ、その次に大会のトーナメント表兼日程表、その次にどこかのサイトへのリンクが貼られた。最後にサービスエリアの建物の前で撮った桜君と伊織のツーショット自撮りが送られてきた。
桜君ってこういうキャラだったかと小学校時代を振り返ったが違かったと思う。
少なくとも楽しみにしててくれよな!とか言う児童向け漫画の主人公みたいなキャラではなく、楽しみにしててねとか、楽しみにしててくださいとか言う少女漫画に出てくる憧れの先輩系みたいなキャラだったはずだ。
不審に思いしばらく画面を開いたまま何もしないでいると追加でメッセージが届いた。
【ごめんなさい。伊織に勝手にやられました。】
そうそう、桜君はこういう丁寧系のキャラだ。句点までしっかりつけてそれらしい。
【でも俺が試合に出るところ見て欲しいのは本当です。上のリンクから試合の配信サイトに飛べるのでもし時間があったら見てください。】
今日が十二月の二十二日、明日の二十三日が開会式と開幕戦の他数試合。桜高校の初戦は二十四日だ。クリスマスイブだけれど美月は「彼氏がいないうちは家族で過ごすんだ」と言っていたし私も特に予定はない。
【試合の日は画面の向こうから応援します。頑張ってください。】
私まで桜君につられて句点を付けてしまった。
【ありがとう。頑張ります】
最後に句点をつけ忘れてしまうところとかなんだか可愛く感じる。そして続けて貼られる伊織が勝手に貼ったスタンプと同じキャラクターがお辞儀をしているスタンプ。バスケ部で流行っているのだろう。
伊織には何か怒っている風のスタンプを一個だけを送りつけてやり取りを終えた。
喜んでいる自分がいた。伊織がきっかけではあるけれど桜君とメッセージのやり取りをするだけで胸の奥の方が熱くなって、鏡を見ると顔や耳も赤くなっているのが分かる。
服を買いに行くことでさえ楽しみにしている自分もいて、でもやっぱり色々と不安に思っている自分もいて、本当に桜君のことを好きなのだろうかと疑問視している自分もいて、何が本当の自分の気持ちなのかを早く確かめたくて一月一日が待ち遠しい。
とりあえず私は伊織の部屋に置いてあるバスケ漫画を読み直し、ルールの確認をすることにした。面白かったがストーリーに集中してしまってルールはよく分からないままだった。
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