第8話 きっかけ
買い物に行って勉強をして、少しだけ連絡を取ったりしてあっという間に年は明け、約束の日となった。
上はケーブル編みのニットに下は同じくニット素材のロングスカートを着てさらに首には長めのマフラー。ゆるふわとはもこもこのことなのだろうか。
売り場の店員さんにも写真で見てもらった美月にも可愛いと言われたので信じるしかない。
お父さんはまるで戦場にでも送り出すかのような表情で私を見送った。伊織もバスケ部の一年生と一緒に私たちと同じ神社に行く予定だが皆で桜君に気を遣って時間をずらしているらしい。
神社のどこで待ち合わせるか決めるのを忘れていたが全く問題はなかった。境内の入り口にあたる鳥居の下に一際身長の高い桜君がいて、数人の女性が取り囲んでいた。
着物を着て、化粧や髪のセットもばっちり決まっていて大人っぽい女性で二十歳前後の大学生か社会人のように見える。多分逆ナンというやつだ。
申し訳なさそうな表情の桜君とぐいぐい話しかける綺麗なお姉さん方。遠目から見ている私と比べると雑草と花束くらいの差がある。
いや、少し卑屈すぎるので綿毛を飛ばし切ったタンポポと花束くらいの差としておこう。容姿に自信はないけれど一応最大限のおしゃれをしてきたし、お母さんに教わりながら薄くばれない程度に化粧もした。
適当に下ろして前髪で目を隠していた髪型も、ちゃんと目を出して少し編み込みを作ったりして頑張ってみた。少しくらいは自信を持っても許されるはずだ。
丁重にお断りする桜君についに諦めてくれたお姉さんたちがいなくなった。私はお腹の辺りにぐっと力を込めて気合を入れて、近づいて声をかけた。タートルネックのニットの上にコートを羽織り、パンツ姿は何故か制服のときよりも足が長く見える。
白や黒と言ったシンプルな色が多い桜君は、私が声をかけると目をクシャっとさせて微笑んでくれた。
「お、お待たせしました」
「全然待ってないよ。行こうか。まず参拝でいいかな?」
私は頷いて二人で参拝者の列に並んだ。この神社はこの辺では一番大きな神社で毎年大勢の参拝客であふれかえる。出店も出ていてある意味お祭りみたいだが並ぶのが嫌で私は中学生になってからは一度も来ていなかった。
でも桜君と並んでいると不思議と嫌じゃなかった。私は美月と相談した通りに桜君のコートの端っこを掴んだ。目を丸くした桜君に「はぐれないように」と言うとにっこりと笑ってそのままにしてくれた。
まず服を褒めてくれた。可愛いって言われた。髪型を変えたことやなんと化粧にも気づいてくれて、私はもう嬉しいやら恥ずかしいやらで大変だった。
そして一通り容姿を褒められ終えた後、私は試合のことを話題にした。メッセージでは難しくて直接話したいことが色々あった。
「あの、大会お疲れ様。私詳しくないから間違ってるかもしれないけど、惜しかった、よね?」
メッセージはしっかりと考えてから文字を打てるが、面と向かっての会話だとどうしてもしっかりと考える時間はない。その難しさから予防線を張ってしまった。
「ありがとう。まあ絶対勝てない相手ってわけではなかったと思うけど、前半が良くなかった。俺もチームの皆も高さに圧倒されてミスしまくったし、まだまだだなぁって思ったよ。ごめんね、詩織さんにも悔しい思いをさせちゃったみたいで」
「謝らなくていいよ。私も久しぶりに何かに本気になれた気がして、悔しかったけど本気になることの大切さを知れて良かった。試合の後泣いてる桜君を見て来年も再来年もあるのに何でそんなに泣いているんだろうって思ったけど、間違ってたら申し訳ないんだけど、桜君が泣いたのってものすごく本気だったからなのかなって思った」
「……うん、本気だった。あの大会は本気で優勝するつもりでいたんだ」
試合のことを思い出したのか少しだけ寂しそうに言う桜君。私は自分の考えが間違っていなかったことに安心した。
「本気でバスケを頑張る桜君を見て、私は本気で勉強を頑張ろうって思ったんだ。勉強以外やることがないっていうのもあるけど、桜君のおかげで決心できた。ありがとう」
桜君が私の顔を驚いているような顔でまじまじと見た。ついつい私も桜君の顔を見つめてしまう。桜君の瞳はほんの少しだけど青みがかっていることに気がつくほど、私たちは顔を見合わせていた。
胸がバクバクいっていて心臓に悪いのでできれば見つめないで欲しい。
「やっぱり父さんの言っていることは正しかったんだ」
「お父さん? 確かプロチームの監督をやってるんだよね? 試合の解説もしてたよね」
「うん。俺が中学二年生の頃に監督になってそれから一緒に住んでないんだけど……俺と父さんの話、ちょっと長くなりそうだけど聞いてもらえるかな?詩織さんに知っていて欲しいんだ」
参拝者の列は長く、私たちの順番はまだまだ先だ。私は頷いた。
「私も桜君のこと、もっと知りたい」
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