春、桜咲く
高鍋渡
第一部 第一章 桜の下で再会した
第1話 手紙
君は美しく咲いていた。それを見つけられたことが嬉しかった。
数年後の君も変わっていなかった。でも自分には気持ちを伝える資格がないと思っていた。
友が背中を押してくれた。
高校一年の二学期終業式を終えて友達と一緒に帰宅しようと昇降口に向かった。午前中で終わったのでどこかに寄って行こうかなんて話しながら下駄箱についている小さな扉を開けると見慣れない紙が入っているのが目についた。
高校生のスマホ所持率が100パーセントに限りなく近い現代でこんなことをする人がいるのかと思うほど、それはあまりにも現実味がなく、いたずらなのではないかと勘繰ってしまう。
「
私が目の前の状況に困惑してフリーズしていると一緒に昇降口に来ていた
私が自分の下駄箱を見ながら「あ、いやなんでもない」と明らかに動揺した口調で答えると、美月は訝しがって私の下駄箱の中を覗き込んだ。
「え? 手紙、だよねこれ」
美月もA4のルーズリーフを半分に折りたたんだだけのそれを怪しいものとして認識したようだ。とはいえ危険物ではないだろうし確認しないわけにもいかないと美月と顔を見合わせ、頷きあい、意を決してその紙を手に取って広げた。
【春咲詩織さんへ 話があるので今日の帰り離れ桜の下で待っています。】
私は口を開けたまま再び固まってしまった。隣で美月が「おぉ」と小さく声を上げた。
離れ桜というのはこの学校の校舎裏の目立たないところにポツンと一本だけ植えてある桜の木のことだ。
この学校は桜高校という名前なだけあって学校の敷地のいたるところに桜の木が植えてあって近所では有名な桜の名所となっている。休日にはお花見用に一般開放しているスペースもあるほどだ。
ただしそれは道路沿いなどの周囲から見える範囲の話であって、校舎裏みたいに用がなければわざわざ人が来ないようなところには植えられていない。桜の木を植えた当時、何かの間違いで一本だけ遠くに植えられてしまったのが離れ桜というわけだ。
私は離れ桜が好きだ。たくさんの他の桜が皆にちやほやされている中、一人端っこで誰にも気づかれずに美しく咲いて、散っていく。その儚さが好きで、入学当初の四月、もう散り始めていたその離れ桜の下にある誰が設置したか分からないベンチに座って一人でお昼ご飯を食べていた。
校長先生やベテランのおじいちゃん、おばあちゃん先生もたまに桜を見に来て、何故だか少し仲良くなってしまった。すぐに桜は散ってしまったが、しばらくはいつもそこで一人でお昼を食べ続けた。
美月と仲良くなって一緒に食べるようになってからは一度も行っていないが、移動教室のときに近くを通るときは必ずそちらを見てしまうくらいには好きだった。
おばあちゃん先生と話したときに聞いた話によると、この桜高校には離れ桜の下で結ばれたカップルは永遠に添い遂げるという伝説があるらしい。
実際にその先生が知る限りではそれらのカップルは皆結婚まで至り、幸せになっているとのことだ。とはいえ創立四十年の高校なので一番年長のカップルでもまだ六十歳に満たないため、本当に永遠に添い遂げるかどうかはまだ定かではない。
もちろんその伝説は生徒の間でも周知の事実であるから、わざわざ離れ桜の下に呼び出すということはそういうことだろう。
「入れ間違い……じゃないよね」
「詩織の名前が書いてあるんだからそれはないでしょ」
ルーズリーフを折りたたんだだけというやっつけ仕事のような手紙ではあるが意外と字は丁寧で印象は悪くない。
だが私は十六年間の人生の中で恋愛というものをしたことがなく、手紙で呼び出されて告白されるのでは、というトキメキよりも誰かのいたずらで待ち合わせ場所に行ったら笑いものにされるのではないかという猜疑心の方が勝ってしまう。私の名前は書いてあるのに手紙の主の名前がないことも拍車をかけている。
行きたくない、と思った。待っているのがいたずらでも本当の告白でもどちらにしても私の高校生活の何かが変わってしまう。
私はこの高校で何か特別なことをするつもりはない。ただひっそりとそれこそ離れ桜のようにほとんど注目されない場所で、美月のような一部の友達だけがその存在に気づいてくれて、穏やかに過ごし、ささやかに花を咲かせて卒業できればいい。いたずらされてからかわれるのも、告白されて注目の的になるのも嫌だ。
それでも、もし本当に告白するために誰かが待っていて、その人がこの学校に少なからずいる真面目で紳士的な人間ができた人だったらどうしようと思ってしまう。
不真面目でおちゃらけていて、他人の迷惑も考えない人だったら無視して置いてけぼりにしても罪悪感なんてないのだけれど、真摯に私のことを思ってくれている人を待ちぼうけにはしたくない。
でもそんな人が私に告白なんてするわけない。私は地味で、スタイルも良いわけでもなくて、人に誇れる特技もない。愛嬌が良くて誰とでも仲良くなれて一緒にいて楽しいような人間でもない。真面目だけが取り柄な女だ。
この学校には明るくて華やかで容姿が良い女子がたくさんいる。まともな男子は皆そういう人のことを好きになるだろうし、私みたいなのを本気で好きになる人なんて皆無で、せいぜいクリスマスが近くて一緒に過ごす相手がいないが、私みたいな地味な女なら空いてるだろうからとりあえず誘ってみるかという感じだろう。
色々考えた結果、私はその紙を鞄に突っ込んで靴を取り出して上履きと履き替え、校門に向かって歩き出した。離れ桜とは完全に反対側だ。
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