旅する少女は何故ここに
白雪ミクズ
第1話 水中列車
それは不思議な光景であった。海の中だろうか、魚が泳ぐ中を、その列車は通っていた。車内には水がなく、酸素もあった。
乗客はまばらだ。スーツを着るものも、中世ヨーロッパの貴族のようなドレスを着るものも。実に不思議な光景であった。
光が差し込むと、水面がキラキラと車内に反射した影を作り出す。シルエットだけなら、水族館と似たようなものだ。
「女の子が一人だけなんて珍しいわね」
静寂を破る女性がいた。その女性は不思議な格好をしている。それは、まるでクラゲの様な、もしくは青色のゼリーの様な服であった。
しかしそれを、誰も気にも止めない。
「どこに行きたいの?」
「青い、薔薇を探しているの」
「そう。見つかるといいわね、この先で」
列車は揺れない。ただ前に進むだけだ。また静寂が訪れ、あたりはまた、光が反射したシルエットだけであった。
「綺麗…」
一言、少女が口にする。珊瑚礁だ。少女にとっての初めての体験なのか、その光景に釘付けになっている。
オレンジ色の魚や赤の魚。色とりどりの魚たちが、こちらを気にする様子もなく、泳いでいく。不思議と、魚がぶつかったりはしない様だった。
『次は……』
そのアナウンスが流れた途端、隣にいた女性が荷物を準備する。その荷物の何もかも、あのクラゲの様な、ゼリーの様な材質のものであった。
「またね。あなたにまた会えたらいいのに。…この列車って、不思議だと思わない?誰でものせてくれるけど、何かを忘れたような気分になるの」
そんな心地、知らない。少女は殆ど声に出さず、そういった。女性は手を振り、暗い列車のホームに降りていく。
何かを忘れた様な気分。それは一体何か。安堵か、不安か、焦りか。少女は窓を見る。…大きな瞳がこちらを見ている。
あぁ。そうか。
彼女はその世界に足を踏み入れたのか。
何かがわかった様な、何もわからないような。そんな心のまま、前を向く。またしても列車は出発した。
いつの間にかあの大きな瞳は無くなった。
人間なんてそんなものだ。そういうことを教えるために、この列車が走っているなら、私が探し求める青い薔薇は、その行先にあるのかもしれない。
その後、いくつかの駅に何人もの人が降りて行った。その度に、窓から見える景色は変わっていく。
スーツをきた人は、水が濁って何も見えない場所に。
ドレスを着た人は、色とりどりな魚の中に。
小さな子供は、誰かに手を引かれて歩いて行った。
私はどこに降りるのが正解なのかわからない。次に隣に座った人に聞いてみよう。すると、またどこからか乗客が私の隣に座った。
「私は…どこにいけばいいんだと思う?」
旅をするような風貌の男の人だった。真っ白な髭の中からこちらを見て、ゆっくりと、少しだけ乾燥した声でこう言った。
「暗くなくて、明るくて、カラフルで、温かい場所。でもそれはみんなが行きたい場所。もしも、そこで降りられたら運が良かっただけさ」
そう言って、本を読む。文字が読めない私にとっては、つまらないものだから、また窓を見た。
暗くなくて、明るくて、カラフルで、温かい場所。みんなが行きたい場所。私は結局、どこで降りればいいのか、ますますわからなくなった。
「でも、そうだなぁ。どんなところで降りても、きっと大丈夫。」
「なんで?」
「住めば都、なんていうからなぁ。お嬢さんは、降りられなくなる前に降りるんだよ。戻る用の道なんて、ないんだから」
電車のアナウンスが鳴ると、また違う場所に着く。窓を見て、息を飲む。暗いけれど、綺麗な光が差し込んでいる。
「私はここで降りるとするよ。また会えるといいね、次は水中なんかじゃなくて、明るい日の下で」
そう言って、降りていく。きっとこのあたりの乗客に、少女以上に残っていた人は珍しいだろう。
次のアナウンスで、降りよう。
『次は…』
立ち上がり、窓を見る。カラフルではないけれど、明るくて温かい。魚は全くと言っていいほどいないけれど、水面だけは綺麗だ。
列車から降りて、あたりを見回す。誰かの庭に迷い込んでしまったようだ。
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