第15話 偶然という不運

オレは屋敷を出て数時間歩き、屋敷が見えない場所まで来た。


「さすがに家の前を荒らすのはな。」


そう言ってオレは体操の容量で足の筋肉をほぐす。


「よし、行くか。」


その瞬間、地面が爆ぜる。

とりあえずの方角を確認するために高く跳ぶ。

かなりの高高度まで跳びながら街のある方角を見定めようとしたとき、遠目で馬車が幾つも道から外れた場所にあった。


魔境の近くこんなところに馬車…?」


木に着地すると枝を伝い駆ける。


「(とりあえずの様子見…ただの漫遊なら良し、もしここで良からぬことを企もう不逞の輩クソどもなら…)」


ビキビキと無意識に手に力が入る。

馬車が見えてくる、遠目からは把握できなかった装飾も把握する。

どこぞの家紋らしき装飾があるが…


「あー…興味無さ過ぎて周りの貴族の話あんま聞いてなかったな…ま、いいか。」


近くで見ると脱輪している上にそばに粗悪な刃で滅多斬り滅多刺しにされた見るも無惨な死体があった。


「コイツは御者か…?この殺されかた、ゴブリンの仕業っぽいな。」


「ぎゃあああああ!!」


手を顎に当てグルグルと歩き回り死体と馬車の検分をしていると男の悲鳴が聞こえてきた。


「はぁ…ま、お約束だな。」


オレはラノベ展開過ぎる現状にウンザリしながら悲鳴の方に歩き出した。


悲鳴の方へ歩いていくと、メイド服の女、鎧を着込んだ兵士、道中様々な死体が打ち捨てられていた。


「…襲われたのは偶然って感じか。」


周りを見回しながら奥へ歩いていく。

そして開けた場所に出た、中心に巨大な樹木の生えた広間のような場所。

そして大木の前には怯えきったメイドと身なりのいい桜色の髪の女、そして2人を庇うように立つ若い騎士。


だが、それよりも目を引くのは無数のゴブリンが3人を取り囲むように布陣していた。

オレは即座に木の上に避難する。


「(道中の奴らはメイドと一緒にいる女を守ろうとしてたわけか…歳の頃はオレと同じくらいみたいだな。)」


オレが木の枝の上に座り、成り行きを観察しているとゴブリンの集団の中から一際デカい個体が歩いてくる。


「ゲゲゲ、ソノオンナドモヲ、ヨコセ。」


そう言って下卑た笑いをするゴブリンの親玉。


「黙れ!この方を何方と心得ている!!下賎の魔物の分際でレイア様に…近寄るなァ!!」


言うや否や若い騎士は駆け出す。

騎士がデカゴブリンのデップリと太った腹に剣による高速の連撃を見舞う。


「意外と速いな、思ったより手練みたいだ…だが無理だな。」


「ば、バカな…」


「ゲッゲッゲ…ナニカシタカァ?」


デカゴブリンはボリボリと腹をかいて笑う。


「そ、そんな…アーサー様の剣が効かないなんて…」


「…」


騎士の後ろにいたメイドの顔が絶望に染まる。

するとスっと桜髪の女が立ち上がり、デカゴブリンの前に出る。


「レイア様ッ!?なりません!!」


「いいえ、下がりなさいアーサー。」


「!?」


アーサーと呼ばれる騎士が止めようとするも、女の方が騎士を制した。


「アン…?」


デカゴブリンも何やってんだと言う反応をしている。


「私のことは好きにして構いません、ですからこの2人は見逃してください。」


怯えながらも凛とした声でそう言い切る女。


「アイツバカか?」


それを見てオレは木の上で辟易としていた。

交渉ってのはある程度互いの立場が釣り合って初めて可能になる。

この現状、アイツらは交渉できる立場にすら立ててない。なんせゴブリン共は騎士を殺せば全部手に入るんだからな。


「…?ゲッハッハッッハ!!!!オマエバカカ??ソコノオスコロセバゼンブオレノモノ!!!!」


「なっ…!」


「(そりゃそうなるだろうな…よっぽど箱入りだったのか知らねぇが、終わりだな。)」


見ず知らずの他人を無償で助けるほどオレは善人じゃない。


「ッ…すみません、お父様…グレアム様…!」


常人より何倍も良いオレの聴力はたしかにその言葉を聞いた。

オレは驚きのあまりバッと振り返る。


「(なんでそこで親父の名前が出てくる…?コイツ、何者だ?)」


オレはそこまで考えてハッとして桜髪の女の方を見ると、デカゴブリンが手を伸ばして居る瞬間だった。


「チッ」


オレは舌打ちして木の上から下に降りて、近くの適当なゴブリンを1匹蹴り飛ばす。

小石を蹴る程度の感覚で、ゴブリンの胴体が消し飛ぶ。そのゴブリンが持っていた鉈を拾い上げると、周囲の視線が全てオレに注がれる。


「ダレダ、オマエ。」


「知らなくていい、どうせここで死ぬ。」


オレがそう言うとデカゴブリンの顔が気色悪い笑みに歪む。


「ソウダナ、オスドモハミナゴロシダ。ヤレオマエラ!」


そう言ってデカゴブリンの指揮で周囲のゴブリンどもがオレに大挙して押し寄せてくる。


だが、余りにのろい。


「おい、お前。」


オレはゴブリンの大群をスルーして呆けている女に話しかける。


「…!?えっ!?え、え!?」


さっきまでオレがいた場所にゴブリンが群がり団子のようになっている、団子とオレの間になんども視線を彷徨わせて驚く桜髪の女。


「オレの質問に簡潔に答えろ、嘘をつけば殺す。」


「なっ!?キサm」


騎士が横か文句を言おうとして黙る、鉈の刃が喉元寸前で止まっていたからだ。


「黙ってろ三下、テメェらにオレの機嫌を損ねない以外の道があんのか?」


「ッ!?」


オレの威圧に息を呑む騎士。

だが、ここでデカゴブリンがオレの存在に気付いた。


「オマエ!ドウヤッテソコマデ!?」


「チッ…とりあえず話をするのは、アイツを消してからだな。」


オレはそう言って駆け出す。


「ナッ!?グゥッ!!」


デカゴブリンが咄嗟に頭の前に腕を出してガードを固める。

鉈の刃はデカゴブリンの腕に浅く切込みを入れただけで半ばからポッキリ折れてしまった。


「…まぁ、ゴブリンどもの持ってたモンだしな…」


オレはそう言って残った柄の部分を捨てる。


「ゲッゲッゲ!オレハホブゴブリン!コイツラトハチガウゾ!!」


オレが素手になって万策尽きたと思ったのか態度に余裕が戻ってくる。


「はぁ…」


オレは面倒になってデカゴブリンの目の前まで歩いていく。


「ア?イノチゴイ『ボギィッ』カッ…!?」


デカゴブリンが自分の足を見ると、足が膝から逆側に折れ曲がっていた。


「ギャアアアアアア!!!」


オレはその汚くうるさい悲鳴に顔を顰めて、もう片方の足も膝から逆側にへし折った。


「グアアアアア!!!!」


両足を折られデカゴブリンが前のめりに倒れる。

デカゴブリンは倒れ、視線がオレより下になる。


「ナ、ナンナンダオマエハ…!?」


恐怖に染まった目でオレを見上げる。


「言ったろ、『知らなくていい、どうせここで死ぬ。』」


「ヒッ…!」


デカゴブリンの顔が絶望に歪んだ瞬間、顔面のど真ん中にオレの無造作な蹴りが入り頭が吹き飛ぶ。


デカゴブリンの身体は2、3回ビクビクと震えたあと力尽きた。


その光景を見ていた取り巻きのゴブリン共は皆少しフリーズしたあと、蜘蛛の子を散らしたように我先にと逃げていった。


一気に4人ぽっちになったその場は静まり返る。


「さて、オレの質問に答えてもらおうか。」


オレはそう言ってへたり込む桜女の前にしゃがむ。


「ま、まずは助けていただいた礼を…」


「いらん、早く答えろ。」


そう言って桜女は三指をついて頭を下げるが、オレはそれをバッサリ切り捨てる。


「キサマッ!恩人だからと言ってそのような態度…!」


「アーサー!!…失礼しました、本日はノル・アルスタット様にお届け物を届けに参りました。」


「…親父から預かったのか?」


「え…じゃあ貴方がノル…アルスタット様…!?」


「はぁ…」


オレのことを侮ってたと言外に言うこの桜女を見てオレは久々の感覚を思い出していた。

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