第2章 王立学園へ

第12話 クリュプトン王立学園

イーシャとイルスとの模擬戦の後イーシャは汗を流しにセレスと浴場に行った。


そしてオレはイルスを部屋のベッドに放り込んだ後、公爵邸の執務室で親父の対面に立っていた。


「で、改まって話ってなんだよ?」


「うむ、まずはアレスの行方についてだ。」


「見つかったのか!?」


「いや、まだだ…だが、アレスが自分の足で公爵家ここを出て行ったのは間違いないようだ。」


そう言って親父は表情を悲痛に歪める。

当然だ、実の息子が自らの意思で家族を切り捨てて行っちまったんだからな。


「…その根拠は?」


「これだ。」


親父はデスクからボロボロの布を取り出す。

オレはそれがアルスタット公爵家の家紋が刺繍された特注のマントだと気付いた。


「…これはアレスのか?」


「そうだ、これがアヴァール大森林の中腹に落ちて…いや、。」


オレはイーシャを探しに潜った森を思い出す。


「そうか…てことはアレスは帝国に?」


「俺はそう踏んでいる、実際のところは分からんがな。」


「でもあそこは魔境だろ、アイツに抜ける手段なんてあるのかよ。」


「その通り、だから余計に悩んでおるのだ…アレスにそれ程の力があるのか、あるいは無くとも通過する手段があったのか、分かっているのはアレスが我が家紋を踏みにじり出奔したことだけだ。」


「5年もかけて見つかったのはマントだけか。」


「まったくだ、これからお前の入学準備あるというのに…」


「入学?」


「なんだ、言ってなかったか。この国の貴族の子供は15歳からクリュプトン王立学園に通うことになっている。」


「…貴族か?」


「…流石に察しがいいな。まぁ、一応特待生ならば平民も貴族も関係ないが…」


「編入基準は恐ろしく厳しい…か。」


「その通りだ。」


平民が入学してきたらまず間違いなく選民思想の強い奴らに絡まれるな。


「アレスのことも全然進展してないのにオレは呑気に学生してて良いのか?」


「5年経ったとはいえアイツはまだ10だ、何をするにしてもまだ幼過ぎる。」


親父の言うことはもっともだ、だがオレはどうにも嫌な予感がしていた。

オレの不安を感じ取ったのか親父はデスクの上に置いてある高そうな酒をおもむろに手に取ると、瓶のままグイッとあおる。そして豪快に笑った。


「ワハハハ!お前がこういうことで頭を悩ませるのはもうちょい先でいいんだよ、今回はとりあえずの情報共有だしな。」


「…分かった、大人しくしとく。」


オレは不満を隠すこともなく答える。

すると親父が立ち上がってオレの前来ると、頭をワシワシと撫でられた。


「…ノル、俺はしばらく家を空けるアレスを追う。もし俺に何かあったら…皆を頼むぞ。」


親父は柔らかく微笑むとオレにそう言った。

この親父の言葉が何を意味するかくらいはオレでも分かる。


「当主にはならねぇ、そういうのはイーシャかイルスに丸投げするからな……嫌ならちゃんと帰ってこい。」


「ハハハ、そいつは2人が気の毒だな。」


そう言って親父はまた椅子に座り直す。


はこのデスクの中を見ろ、いいな。」


「…分かった。」


「話は終わりだ。そうだ、学園に行く前にアイシャに顔を見せてやれよ?アレスがいなくなったとき一番ショック受けてたのはアイツだからな。」


「それも分かってる。」


「よし、なら行っていいぞ。」


オレは振り返ってドアノブに手をかけて止まる。


「親父。」


「…なんだ。」


「死ぬなよ。」


それだけ言うとオレは執務室を出て、長い廊下を歩く。


「アルベルト。」


「ここに。」


オレが呼ぶとアルベルトが音もなく現れ、恭しく頭を下げる。


「暗部を帝国に潜らせろ。」


「…よろしいのですか?」


王家の剣であるアルスタット公爵家の暗部が入り込んでることが帝国側にバレれば戦争になりかねんからな。


「もちろん良くねぇ、誰にも気取られるな。」


「徹底させましょう。」


「よし、行け。」


アルベルトは再度一礼してからフッと消えた。


窓の外を見ると、雲がかかり太陽の光がかげり始めていた。


1ヶ月ほど経って、お袋への公爵代理の手続きを終わらせ親父は少数の兵を引き連れ屋敷を出立した。

イーシャとイルスには領内を見て回るから1ヶ月ほど空けると言っていたが、恐らく…いや、まず間違いなくイーシャには嘘だとバレてたろうな。

イルスは連れて行けと駄々をこねてたからまた顎を狩った。


またイルスを部屋に放り込んだ後、自室の床にこの大陸の地図を広げる。

こっちの世界地図を見た時は驚いたもんだ、アルスタット公爵家の邸宅が建てられている直轄領だけで間違いなく日本よりデカい。


「(公爵領だけでこれほどなのに王家の直轄領の広さおかしいだろ…どうやって上手く治めてんだこれ。)」


オレは胡座をかいて肘をついた状態で唸る。

王国の象徴である城がある『王都アロガンシア』、都市ひとつでうちの領の半分くらいある。

そして、オレが通うことになっている『クリュプトン王立学園』があるのも王都だ。


「王立なのに学園の名前はクリュプトンなのか…」


「それはクリュプトン王立学園がこの国唯一の治外法権だからですよ。」


オレの呟きにいつの間にか部屋にいた普段使いのドレスを着たイーシャが答えた。


「すみませんお兄様、ノックはしたのですがお返事が無かったので勝手に入らせていただきました。」


イーシャはそう言って綺麗なカーテシーをする。


「構わん。それよか、なんでひとつの学園と王家が対等みたいな扱いなんだ?」


「それは単純に学園長の実績のおかげですね。」


イーシャは椅子に腰掛けながらそう言う。


「なんだそれ、戦争帰りの英雄とかか?」


「あら、お兄様もご存知だったのですか?その通りです、『魔法図書館ヘクセレイ・ビブリオ』の異名を持つエルフ、グロリオーサ・シルヴェスター様がクリュプトン学園の学園長です。」


「……マジかよ。」


思わぬビッグネームが出てきた。

貴族教育が始まった頃にオレはこの世界を知るために歴史の授業はとくに力を入れて学んだ。


「(かつて実際に起きた他に類を見ない規模の大戦争『人魔血戦』。その時に活躍した五大英傑と呼ばれる人智を超えた強さの勇者たち…そのうちの一人がエルフ族の大魔導師、それがグロリオーサ・シルヴェスターだったはずだ。)」


「アロガンシア王国建国後に彼女が創立して以来、学園長として教鞭を振るっているとか。」


「なるほどな…たしかに人類を守った時代の生き証人どころか本人だもんな、王家も強くは出れないワケか。にしても人魔血戦は王国が建国するほど昔の話だろ、エルフはそんなに長生きなのか?」


イーシャが首を横に振る。


「本当のところは本人に聞いてみないと分かりませんが、普通のエルフは長くて2000年ほどだと思います。」


「…そうか、曲者っぽいな。」


オレはそう言って大の字で寝転ぶ。


「あと3年したらイーシャも通うのか?」


「お父様もお兄様もいないとなると、お母様が公爵代理になるので私はしばらくお手伝いをするつもりです。でも、もしかしたら3年もしないうちに再会できるかもしれませんよ?」


オレはふと気になったから聞いてみたら、イーシャが意味深なことを言って悪戯っぽく笑う。

兄妹じゃなかったら一発で惚れてたぞ。


「ま、何しようとしてるか知らんがイーシャはオレより賢いから上手くやるだろ。」


「お兄様は近く王都に出立されるのですか?」


「知らん、面倒なことは全部アルベルトに任せてる。」


「もうっ!学園ではほぼ全てのことを自分でやらなきゃいけないんですよ?」


イーシャが立ち上がり、腰に手を当てて頬を膨らませる。


「分かってるよ、だから今のうちに楽すんのさ。」


「まったくお兄様ったら…」


オレはそう言ってニヤリと笑う。

イーシャは椅子に再び座って困ったように笑うだけだった。


この兄妹水入らずのゆっくりした時間もしばらく取れなくなると思うと、やっぱりオレの心は少し肌寒く感じた。

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