第三章「恋する蘚」2
「優斗君、あの紙はある?」
突然話を向けられて一瞬たじろいだが、すぐにおまじないに使っていた紙だということに気づき、ポケットから折りたたまれたそれを取り出す。
賀茂がそれを受け取った。
「『これ』を作ったのは君だね」
断定口調で賀茂が一ノ瀬に言った。
「……そうだ。あんたに嘘は通じないみたいだな」
一ノ瀬もそれを認める。
優斗が問い詰めたときははぐらかされたのに、賀茂の質問には今後はあっさり認めた。
「ダメだよこういうの作っちゃ。いや、センスはあるよ」
褒めているのか諫めているのかわからない。
「これは独力かい? だとしたら、本当、恐るべき才能だ」
「言葉なら、できると思った」
「混血でも道具が作れるんだねえ、初めて知ったよ」
「混血? 月村の人間もそう言っていたが」
「あれ、そうか、君は、そういうのは知らないんだね。まあ、教える間柄でもないからそこはいいか」
完全に優斗を置いてけぼりして、二人の世界に入っている。
「それで、真意は?」
「試したかった。それじゃダメか?」
「そんなことで」
女性生徒たちをおまじないの世界に誘っていたのか。
「まあまあ、優斗君。世の中そんなもの。気持ちはわかるよ。能力があるなら使ってみたくなるっていうのはね、僕はそういうのないけど、そういう気持ちがあるのは理解できる」
うんうんと賀茂が頷く。それが子どもをあやすかのようで、それを見た一ノ瀬が舌打ちをしたのが見えた。
「さて、これは忠告じゃなくて、助言なんだけど、それ、それじゃあんまりだな、名前でもついている?」
「……いいや」
「そう、そういうの結構大事だよ。じゃあ、どうかな、『ミスディレクション』とかはどうだろう。僕が認識し、名をつけた。余計に僕には効きにくくなったね」
「チッ」
「ものわかりがいいね。だいぶ『使い慣れている』んだろう? 悪いことは言わないから、これ以上使わないようにした方がいい。そうすればどうなるか、聡明な君なら想像がつくだろう?」
「考えておくよ」
「君は、今まで『同種』に会ったことがあるのかい?」
その質問に、一ノ瀬は答えなかった。
「そう、あんまりそういうのと仲良くしちゃだめだよ。まだ若いんだから、そういうのには関わらない方がいい」
「忠告痛み入るよ」
一ノ瀬は手をひらひらさせてもう結構、という仕草をした。
優斗にはわからないやり取りが終わったようだ。
「はい、じゃあ、優斗君、君からの質問は?」
横に立っている優斗にマイクを渡すジェスチャーをする。
「……芹菜が、どこにいる知っているか?」
「そいつに免じて、この場だから対価はなしにしてやるよ」
一ノ瀬が賀茂がちらりと見る。
「彼女がどこにいるのか、それは知らない。前に言ったこと以外で、この件に関わりがありそうなことといえばそうだな、『砂』の話だな」
「おまじないの」
「そこまでは知っているんだな。その『砂』は俺の作ったおまじないとは関係がない。おまじないに乗っかる形で登場した。どうやら『砂』を飲み込むことで、おまじないの効果が上がるらしい。上がるかどうか、本当のところは俺は知らない。ただ、『上がるという評判』は結果に影響をするだろう」
「だろうね」
「問題は、その『砂』に効果があるか、じゃない。暗示がより強く出る可能性はあるがな。これは『砂』の出所の話だ」
「確か、神様にもらったとか言っていた」
うわごとで彼女が言っていたことだ。
「そう、その神様とやらが誰なのか、だ」
「知っているのか?」
「いや、正体はわからない。ただ、フードを被った人物だという噂がある。どこからかやってきて、それを渡すんだそうだ。目的もわからない。ただ、おまじないの成功率が上がった、という話はある。あんたなら何か知っているんじゃないのか?」
一ノ瀬が賀茂に話を向けた。
「うーん」
賀茂は首を捻るばかりだ。
「もしかしたら、加耶なら何か知っているかもしれない」
「加耶? 誰?」
知らない名前が出て、賀茂が横の優斗に首を向けつつ傾げる。
「月村、加耶だ」
一ノ瀬のその言葉で、賀茂は何かを察したらしい。
「へえ、月村ね。君、やっぱりその手の人間と付き合いがあるんじゃないか。繰り返すけど、良くないよ」
「……その人は、妹が失踪した人だ」
その月村が何を知っているのだろう。
そして賀茂はその名前で何を感じたのだろう。
「俺から言えることはそれだけだ。もう今回のおまじないからは降りる。約束できる」
「そう、そう、そうかあ、月村かあ。話がまたまたややこしくなってきたなあ」
一ノ瀬の撤退宣言も興味がなくなったのか、ぶつぶつと賀茂が下を向いて呟いた。
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