剣聖ゾンビ〜蘇ってもイチャラブ溺愛生活が止まらない相変わらずの剣聖とその妻が、第二の「ゾンビライフ」を満喫しながら、自分たちを殺した魔王軍を討伐する話。

翔龍LOVER

プロローグ 日常とその終わり

第1話 愛する夫・リュカ

 剣術の訓練を嫌がる十歳の息子・レオを、困った顔をしながらあの手この手でなだめようとする夫・リュカ。

 王国史上最強の剣聖と言われているのに、小さい息子に四苦八苦する姿が可愛く思えて仕方がない。

 そんな二人を見ていると、いつも心が温かくなって、なんだか涙が出そうになって──。


 死なないで。

 

 これからなの。奪わないで。

 あたしたちの、未来────。





「アアアアアアアアッッ!」





 自分の叫び声で意識を取り戻し、アイリスは目を開ける。

 見回すと、なぜか城下町の大通りのど真ん中にいた。

 暗い街並みに、街灯の明かりがチラホラ見える。きっと今は夜中だろう。


 どうしてこんなところにいるのだろう? 

 自分の家は、お城のロイヤルフロアにあるのに……。


 頭がボーッとしている。

 それが心地よかったので、また目を閉じて、そのままにしていた。


 やけに上下に揺すられると思ったら、お姫様抱っこをされているようだ。

 自分にこんなことをするのは、夫のリュカに違いない。

 力の入れ加減とか、筋肉のつき具合とかで、やっぱりそうだ、とアイリスは確信する。


「あ゛〜〜〜〜」


 ……うるさっ。誰?


 心を八つ裂きにされるような悪夢にうなされていた気がする。

 愛する夫と息子が殺される、悪い夢。

 

「あ゛〜〜〜〜」


 さっきから聞こえる無神経なうめき声がうるさくて、おちおち寝てもいられない。

 にらみつけてやろうと思って、アイリスは仕方なく、もう一度重いまぶたを開けた。

 

 見事な満月が照らす人影を、見上げるように眺める。

 アイリスの視線に気が付いたのか、自分を抱き上げている男がこちらへ顔を向けた。

 男は満月を背にしていたので影のような輪郭しか見えなかったが、瞳だけは、まるで魔物のように真っ赤に光っていた。


「きゃっ……きゃああああああっ!!!」


 叫びつつも、体ごとグルッと回転させ──

 一回転して地面に片膝をつき、思いのほか華麗に着地できた。こんなに運動神経が良かった記憶はないのだが。


 霧掛かっていた意識がスキッと晴れる。

 アイリスは、改めて自分を抱いていた男を観察した。


 上半身は裸で、筋肉質だが細身で背は高く、鮮やかな赤毛は肩に届かないくらいの長さで風に揺らいでいる。

 下半身は、聖騎士の頂点に立つ「聖騎士団長」だけが着用を許される、真っ赤なプレートアーマーだ。

 アイリスのハートをズキュンと射抜く整った顔はまるで死者のように血の気を失い、肌は濃い灰色となっていた。

 ダメ押しは、不気味に光る紅蓮の瞳。

 アイリスは確信した。


 間違いなくゾンビ。


 だが最も驚くべきは、目の前にいるこのゾンビが、毎日欠かさず見ていた人物──愛する夫・リュカだったことだ。


「……リュカ? リュカなのっ!?」


 ──どうして? なんで?


 まず、思い出さねばならなかった。どうしてこうなったのか、を。


 モンスターのくせに襲いかかってくる素振りなど微塵みじんも見せず、ただじっと見つめてくる夫似のゾンビへ視線を返しながら、アイリスは記憶の海に手を突っ込んでかき回した。





 ─────……………





「行ってくる」

「行ってらっしゃい、今日もご苦労様っ」


 キラキラと光がまたたくかのような夫の微笑ほほえみ。

 毎朝のことなのに、毎日見ている顔なのに、今日もアイリスは、つい見惚みとれてしまった。


 目も覚めるような真紅の髪、羨ましいほどに長いまつ毛、美しい黄金色の瞳、それらが完璧なまでのバランスで配置された顔。

 見れば見るほど、この人が自分の夫であるという事実に、いつものことながら思わずニヤけてしまう。


 アルテリア王国のお城の中に住居を構えるアイリスは、この国の大臣の娘だ。

 夫・リュカは抜きん出た美貌を持つ聖騎士団長。その上、王国史上最高とさえ言われている剣聖だった。

 魔王と戦う英雄といえば勇者が代表格だが、リュカも剣の腕だけなら勇者さえ上回るはず……と、アイリスはいつも鼻息荒く自慢する。


 美しい彫刻が施された豪奢ごうしゃな玄関扉の前で、リュカを見送るアイリス。

 仕事へと向かう夫へ、できる限りの笑顔を作って手を振る。


 アイリスより頭ひとつ背の高いリュカ。

 瞳に混じるおなじみの気配・・・・・・・がいつも以上に色濃く現れて──


 その様子にアイリスが気付いた時には、完全に手遅れ。

 後ずさる間さえ与えられなかった。

 リュカはアイリスの背中に手を回して、アイリスが想定したよりも激しく引き寄せ、抱きしめる。


「どういうつもり?」

「えっ……なになに?」

「ダメだ……もう今日は仕事行かない」

「────っっっっっ」


 リュカは、アイリスをひょいと抱き上げ寝室へと軽々運ぶ。

 優しくベッドの上へ寝かせて逃げられないように上から覆い被さり、プルンとしたアイリスの唇に指先を触れた。


「なんで今日はキスしないの? 愛情表現は日頃から欠かさず行うからこそ永続的に続くものなんだ。それとも、俺への気持ちが変わったの?」


 ──あっ! 

 本当だ。今日はキスしてない。しまったぁ……

 

「気持ちが変わったなんてとんでもないよ! 誰よりも愛してる。世界中の誰よりも。それは、未来永劫変わらないよ!!」


 ……な割に、キスはすっかり忘れちゃってた、おっちょこちょいなアイリスは、誤魔化しついでにリュカの鼻頭にキスをした。

 だけど、アイリスを見つめるリュカの瞳は、何やら心を決めているようで。

 

「気持ちは態度で証明しないと意味がないんだ。きっと、俺の愛が足りていなかったんだね。そっかぁ。反省だよ。……よぉし」


 ──てか、これはまずい! なんとかしないとっ、


「……決めた。もうこの部屋から一歩も出さない。アイリスの愛が薄れないように、今日はもう一日中、俺の愛をアイリスに叩きこ──」

「リュ、リュカさん? そんなこと言っても、レオのお勉強もあるし、お茶会だってあるし、ト、トトトトイレだって……」

「レオの勉強どころの話じゃない! お茶会なんて俺が断っておく! トイレなんてここですればいい、子供用のを持ってきてやるっ!!」

「ちょっ、まっ…………ん」 

 


 ……三〇分後。



 アイリスは、相変わらず寝室のベッドで放心したように横たわる。

 違うのは、何も服を身に付けていないこと。

 横にいる同じ格好をしたリュカは、添い寝しながらアイリスの髪を撫でていた。


 ──やばぁ……

 朝っぱらから、こんな。


「まだ足りない?」 

「もう、わ、忘れましぇん……」

「うん。でもアイリスはおっちょこちょいだから。……そうだ! じゃあ二度と忘れないように、仕事から帰ってきたら今日は特別コースでたっぷり可愛がってあげる」


 心底ワクワクしているのが口元の緩みと目つきでわかった。

 過去の経験上、リュカは絶対にする。今日は、死んでしまうかもしれない。


 ……でも、アイリスとリュカは、磁石で言うならS極とN極。


 意地悪な顔をされるほどに、胸がキュンキュンしてしまう。

 アイリスは、横にいるリュカへキスをする。

 そのキスには、いつも以上にたっぷり愛をのせた。


 とりあえず。

 当面はどうやら納得して仕事へ行ってくれるようだ。

 アイリスはホッとした。


 ベッドで横になり、おでこ同士を引っ付けて二人でフッと笑い合ったあと、リュカはふと心配そうな表情になる。

 

「それより、今日は大丈夫?」

「今日?」

「さっき自分で言ってたじゃないか。お茶会だろ、例の。そこへ、リルルも来るって話だったろ」

「うん、そうだね」

「どうだったか、逐一教えてよ。もしあいつが指一本でもアイリスに触れたなら、すぐさま俺が八つ裂きにしてやる」

「ちょ、やめてやめて」

「……アイリスは、あいつの味方をするの?」


 ねたような顔も可愛いな、なんて思ってしまうのは、アイリスもリュカにイカれているからだろうか。

 仕事で部下たちに見せる顔とのギャップが、またたまらない。


「違うよ。そんな訳ないでしょ。あたしが愛してるのはあなただけ。でも、王国宰相を殺しちゃだめだよ」

「……じゃあ、指一本で我慢しとく」


 こら、と言いながらアイリスはリュカのおでこに優しくチョップする。

 いて、とリュカは小さく呟いた。


 リュカなら本当にやりかねないのだ。

 アイリスに触れた男、言い寄った男はその場でぶん殴る。

 ひどい時には剣を抜く。当代随一と言われた剣聖が、まさかこのタイミングで? とみんな驚き、飛び上がって逃げていくのだ。


 リュカが口にした「リルル」とは、この国の宰相だ。

 宰相のことを知らない者は、この名前を聞いてよく女性だと勘違いするのだが、彼はれっきとした男性だった。


 前の宰相とはつい最近入れ替わったばかり。にもかかわらず有能らしく、長い間続いた隣国イストリアとの国交断絶を改善しつつあり、既に国王の信頼も得ている。

 さらには、上級官職の奥方を軒並み虜にするほど男前で背が高く、お茶会には必ず呼ばれる。

 

 ただ一つ、問題は……


 ──リルルかぁ。あの宰相ひと、なぜかあたしに言い寄ってくるんだよな……。


 やっとこさベッドから起き上がり、そこらへんに散らばった服を集める。

 アイリスは王宮魔術師だ。

 この国に仕える他の魔術師たちと同様、常に聖職者のような司祭服を着用していた。

 白ベースに赤い色がポイントで入ったデザインで、男性のものはダボっとしているが、女性用は少しタイトなものだった。


 リュカと手を繋いで、玄関扉まで歩く。

 夫が振り向いた瞬間を狙って抱きつき、今度はいつも通りのキスをする。

 逆に強く抱きしめ返されて「ひゃっ」と声をあげる。アイリスは、体が床から浮きそうになった。


 リュカはようやくアイリスから離れ、優雅な装飾が施された廊下に見合う華麗さで歩いていった。

 リュカは何度も振り返り、二人は何度も手を振り合った。

 

「ねえ。何をそんなにニヤニヤしているの?」

「え〜〜? そんなこと、ないよ」


 いつの間にかアイリスの隣に立っていた十歳になる息子・レオは、後ろ姿が見えなくなってもリュカの向かった先を眺め続けるアイリスへぶっきらぼうに言った。


 父親ゆずりのミディアムで鮮やかな赤毛を、その歳に似合わない大人びた仕草で気取ってきあげる。

 母親ゆずりの澄んだ水色の瞳で、呆れたようにその母親を見た。


「よくやるよね、いつまでもさ」

「あんたも、あと五年もしたらわかってくるんだよ」

「へー。そりゃ楽しみだね。僕は女の子なんかに気持ちを持って行かれたりしないから」

「ふふふ」

「ムカつく」


 いつもレオは、イチャイチャするアイリスたちへ、さげすむように細めた目を向ける。

 女の子ならいざ知らず、このくらいの年頃の男子はこういうのが照れ臭いのだ。

 自分の子供時代の男子を思い出し、どうせレオの態度もそういうたぐいのものだろう、と勝手に納得する。 


 そんな母親へ流し目を向けていたレオは、勉強の時間が差し迫っていたので支度を始めた。レオの担当をしている王宮教師が、そろそろ勉強を教えに来るからだ。

 勉強はいつもリビングでしているので、自室からリビングへ本を運び始める。


 この国では、一二歳になると王国公認魔術師の認定試験を受けることができる。

 レオは魔術師志望だった。


 まだ十歳だから試験は受けられないが、その時に備えて今から猛勉強中だ。

 アイリスの子供の頃と違ってレオは勉強好きだったから、レオの部屋には、たくさんの本が積み上げられていた。


 レオは本を運びながら、夫婦の寝室でお茶会の支度を始めるアイリスへと話しかける。


「二人がイチャイチャしてるの見て思い出したんだけどさ、あの宰相、マジでお母さんのこと狙ってんじゃない?」

「なんで『イチャイチャ』って言葉から連想するかな。あたし、別に宰相とイチャついたりしてないんですけど。間違ってもリュカの前で、そんなこと言わないでくれる?」

「大変なことになるもんね。一日中、寝室から出て来なくなるし」


 持っていた櫛を、化粧台の上にガチャンと落とす。

 息子に性教育など行ってこなかったが、こういうことを言われるとアイリスはドギマギしてしまう。

「こいつ、一体どこまで知っているのだろう」……と。


 定期的に開催される「お茶会」の参加者は、王妃、大臣の家族、そのほか上級官職の妻子たちなど。

 チラホラ男も来るが、基本的には上流階級の女性を中心として開催されているものだった。

 最近アイリスは、このお茶会で、宰相からモーションを掛けられまくっているのだ。

 

「宰相に言い寄られたら、どうすんの?」

「断るに決まってんでしょ。それ以外に何があんの」

「でも、あんまりにも無下むげにしたら、ひどい目に遭わされるかもよ? しつこく言い寄ってくる男を華麗にさばすべなんて、お母さん持ってるのかな」

「おい。お前、あたしのことあなどってんな? あたしは一応モテんだからね! 一六歳でリュカと結婚するまでに、五人の男と付き合ったし。

 大体、結婚してからも、年に一回くらいは『あなたみたいな人と付き合えたらなぁ』とか、『今の夫と別れて俺のところへ来ないか』とか、言われたりしてんだよ、あたしは!」


 まあ、それが冗談か本気かは別として、若いかおじさんかは別として、だが。

 いずれにしても、「剣聖リュカ」という鬼神の妻であるアイリスに言い寄る勇気ある男は、一応、リルルだけではなかったのだ。


「へー。今度お父さんに言ってやろ」

「あっ! 待って。レオさん、お願い。それだけは」


 レオの肩を揉み揉みしながら途端にヘコヘコする。

 レオは、母のアキレス腱を心得ていた。


 それはそうとして、アイリスは、お茶会に行くのはやはり少しだけ気が重い。

 レオの言う通り、この宰相──リルルは、なんとなく本気っぽいのだ。


 正直、リュカを心の底から愛するアイリスは、別にリルルのことが気になるわけではない。

 そもそも「男として」とかそういう問題ではなく、あいつはどこか好きになれない。


 リルルが来てから、おそらくエメラルドだと思われる緑の巨大な宝石が一つ、玉座の後ろの壁に飾られた。

 代々上品な我がアルテリア王国の王の間に、あのような下品な装飾を施すことがそもそもアイリスは気に入らなかった。


 ふう、と大きなため息が出る。

「よしっ!」と声を張り上げて頬を両手で叩き、憂鬱ゆううつな気持ちを振り払う。

 お茶会の会場──国王や大臣級の官職たちが住居を構える「ロイヤルフロア」に設置された「お茶室」へと、アイリスは向かった。


◾️ ◾️ ◾️


「おっつー! アイリス」


 待ち合わせ場所であるロイヤルフロアのエントランスでアイリスに声をかけてきたのは、エリシア。

 上級官職に就く男の娘で、例の「お茶会」へいつも一緒に参加する、昔からの女友達だった。

 彼女は、アイリスの顔を見るなり不平不満を口にした。


「今日さあ、家を出る時、結構大変だったんだ。リュカは、男のいる場へあんたが出かけるのとかは大丈夫なの? あんたのとこのほうが激しいでしょ、気性が」

「何を言われたの?」

「いや、夫がさ。お茶会に行くのをやめろって言うんだよ」

「えー? どうして?」

「『宰相が来るから』だって。あんな女ったらしの来るところへ行くな、って。ってか、リルルが口説いてんのはあんただけなんだけどな」

 

 アイリスは、はは、と笑って誤魔化した。


「……へぇ。ヤキモチ妬かれてるんだ」

「ヤキモチっていうかさ。別に、他にも女は大勢来るじゃない? だいたい、ウチは男友達と会うのもNGなんだよ。キモくない?」

「…………」


 リュカならNGどころか剣を抜くかもしれないな……と思ったアイリスは、何も言わずに黙っていた。

 噂をすると、エリシアの夫・聖騎士エドガーが、同僚とともにこちらへやってくる。


「おはようアイリス。これからエリシアと例のお茶会かい?」

「おはよう、エドガー。うん、そうだよ」


 エリシアによると、彼はこのお茶会に猛反対したらしいが、アイリスの前ではそんな素振りを見せなかった。


 エドガーのことはもちろん知っているが、彼の同僚のほうは見覚えがない。

 今年二五歳のアイリスよりも若く見えるので、きっと二〇代前半の聖騎士だろうと思った。


「初めまして、オーランドと申します。リュカ団長の奥方様ですね。いつも遠くからお姿を拝見しておりましたが、こうして間近でうかがうと、目を奪われるほどにお美しい」


 お世辞とはいえ、こう言われると悪い気はしない。

 内心は「そうだろそうだろ」、と思いながらアイリスはニコニコする。

 と、


「よかったら、エドガー夫妻とご一緒に、今度お茶でもいかがです? もちろん、二人でも歓迎ですが」


 人懐っこい笑顔を作ったオーランドは、一歩踏み込んできた。

 心の距離だけでなく、体の距離も微妙に詰めようとする。


 ──おっ。「鬼神リュカ」をも恐れぬ勇者・・現る、か。

 こういう奴には、冷たくしてあげるのが礼儀になっちゃったな。

 なぜなら──


 遠くのほうから、殺意の波動を撒き散らす「鬼神」がズカズカと近づいてきた。


 これから何が起こるかイマイチわかっていない同僚君は、こちらへやってくるリュカへ笑顔を作っていた。きっと団長殿に対して普通に挨拶を交わすつもりに違いない。

 だから、アイリスは親切に忠告してあげた。


「あの、逃げたほうがいいです」

「え?」


 言葉の意味がわかっていないオーランド。

 エドガーとエリシアは、いつものことだからもちろんわかっていて、ヒヤヒヤしている様子。

 

 リュカは、突如として聖騎士が使う魔法「身体強化ブースト」を発動。


 超人的な速度で踏み込み、一瞬にして間合いをゼロにし、オーランドの頬を片手で握る。

 そのまま自分の顔をオーランドの顔へと近づけ、人を殺すような鋭い目つきとは裏腹に、静かな声で言い放った。


「二度と俺の妻に話しかけるな。手を斬り落とされたくなかったらな」

「…………っっ」


 そのまま片手でぶん投げられ、オーランドは遠くの壁に激突して気絶した。

 アイリスへと向き直り、スッと優しい笑顔になったリュカ。

 後ずさるアイリス。


「……色目、使われた?」

「うっ、ううん!! 使われてないよっ!」

「使われてないと思ってるんだ? なら、再教育が必要だ。今夜のお仕置きは朝まで・・・で確定だよ、アイリス」

「っっ!! まっ……ん」


 リュカは、アイリスの首の後ろへそっと手を回してキスをする。

 呆然とするエドガーとエリシアに手を挙げて挨拶し、颯爽と去っていた。


 はは、と苦笑いをするエドガー。

 まあ、うちはまだマシなほうだよな、と呟き、彼もまた仕事に戻っていった。


「相変わらずだね。リュカは」

「……朝までかぁ。今日は特別コースなのに。マジで死んじゃうかも」

「夜のお仕置きっすか。それ、たまに言ってるけど、一体何をされてんの?」

「…………」


 アイリスは、セミロングにしている自慢の美しい黒髪を指でくるくるしながら、エリシアとは目を合わせない。

 視界の外から突き刺してくるエリシアの視線を痛いほどに感じながら、エリシアが諦めるのを待った。


「大丈夫だって、話しても。私んとこも大概のことはやってるけど──それはあんたも知ってるでしょ」

「…………」

「えっ!? それよりもエグいの?」

「エグいって言うな」


 エリシアは、アイリスの両肩を掴んで心配そうに言う。


「アイリス。辛くなったら、いつでも言うんだよ。私、なんとかしてあげるから──」

「ううん、大丈夫。嫌じゃない。むしろしてほしい、っていうか。なんだったら、ゾクゾクきちゃう、っていうか」


 目を細めたエリシアが見つめてくる。

 時間経過が痛い。


「…………さっきの感じが? それとも、エグいめのやつ・・・・・・・が?」

「えっと。……どっちも、というか」

「…………」

「…………」

「……ま、アブノーマル同士も、合えば最良の相手、だよね」

「だっ、だからそんなふうに言わないでっての!!」


 顔が熱い。

 言わなくてもいいことを、ツラツラ言ってしまった。

 アイリスは、頬に両手を当てて、うつむく。

 エリシアは、口を半開きにして、まだ呆れていた。

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