【英雄採用担当着任編】第9話 ゼットフォー
戦火の中、芳賀は空気が冷え込んでいる事に気がついた。今は夏。夜であってもここまで冷えることは無い筈だった。
「——あれは」
血と肉塊の海の先、巨大な氷柱が何本も地面から突き出してるのを発見した。
その氷柱の近くに、見覚えのある人物が佇んでいる。
竜を一撃で屠ったあの英雄だった。
竜を前に乱暴な口調で、子供を相手にするような余裕を見せつけていた男。
強さの象徴である英雄を体現するような戦いをしているべき存在。
だが、今の彼にはその時見た強者としての余裕を微塵も感じる事が出来なかった。
正に満身創痍といった様子で、男は肩で苦しそうに呼吸し、額からは血が滴り落ちている。
「うらああああああああああッ!!!」
叫び声を上げると無数の氷柱が何かを狙うように放たれる。あたり一面を凍り付かせるほどの勢いで地面を覆いつくす。螺旋状に、山のように積み上がった氷で男の姿は見えなくなった。
「ナビ、彼は?」
「——ノーザンブルーの英雄、
英雄にも格というものが存在する。
【S】戦略級英雄。数多の英雄の頂点に君臨する存在で世界中で8名しか存在しないことから、八英雄と呼ばれる事が多い。彼らを擁する国家にとって外交上非常に重要なカードである。
【A+】準戦略級英雄。経験や実績の差こそあれど、上位等級であるSにいずれ食い込むであろう存在。このフェーズの英雄は各国からのスカウトが最も集中する。
次点でA等級となるが、A+との間には圧倒的な壁が存在する。壁の1つは単純に戦闘能力の差だ。戦略級か戦術級か。等級間には、天才と凡才を明確に分けてしまう残酷な線が引かれている。A+は一握りの天才達が到達しうる極地である。
貝島はナビによれば天才寄りだ。未来の国宝になり得る存在であり、高潔な魂を持った英雄であると。魔族のみならず、仮想敵国や反英雄組織などがもたらす脅威からも国を守っている。そんな存在だった。
貝島が作り出した氷山は対象を絶対零度で封殺する事を目的としたものだった。
竜を殺めた技がお遊びに思えるほどの絶技。天才が持ち得る切り札だったに違いない。
芳賀は唇を噛み締めた。なぜならそんなものでは倒せないと分かっていたからだ。
突如、氷山が黒い炎に包まれる。瞬きする間もなく黒炎が絶対零度を平らげた。
まるで最初から何もなかったかのように。
「——マスター、気をつけて」
「ああ、わかってる」
人の形をした灰、先ほどまで貝島だったそれに何かが近づいてくる。
闇を取り込んだような黒髪、遠巻きでもわかるほど鮮やかな金色の瞳。
頭部に禍々しい角が生えている事を除けば、ほとんど人間と変わらない何か。灰となった貝島に手を伸ばし、そっと指先をあてる。すると風で吹かれ飛散していく砂のように、貝島は形を崩し消え去って行った。黒炎の主に相違ない。そして芳賀が求めていた存在だった。
「——会いたかったよゼットフォー」
人類がこれまで相克した魔族の中で最も脅威的であるとされる種、
通称魔人。そしてその脅威を踏まえ特殊なラベルが付与された存在。
規格外を意味する【
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