【英雄採用担当着任編】第2話 魔紋

芳賀は刑事にもらった千円札のシワを伸ばし、喉を潤すため自動販売機に投入し返却されるムーブを10回ほど繰り返していた。まるで刑事の憎しみが込めらているかのようだった。


ようやく手に入れたスポーツドリンクを飲みながら街を練り歩く。

16歳である芳賀が歩くには不相応な高級住宅街が広がっていた。

ビジネスやら何やらを通じ、資本主義下で成功を掴んだ者達が住まう一等地。

ラフな白ティーシャツと色落ちしたデニムを履き、上品さの欠片もない青年は

その界隈でもシンボルと言っていい程の巨大なタワーマンションへと向かっていた。

有名な彫刻家が監修したとされる巨大な噴水を擁する庭園を抜け、荘厳なゲートを潜る。大理石が敷き詰められた床、天井に吊るされたシャンデリア、そして受付には制服を纏った品のある女性が3名ほど立っていた。

「お帰りなさいませ、芳賀様」

「あ、どうもお疲れ様です」

所謂高級物件に常駐しているコンシェルジェだ。いつも通る度に挨拶されるが、住民全員の顔と名前を覚えているのだろうか、なんというプロ意識の高さ。挨拶される度に関心を禁じ得なかった。


フロントを抜けると全部で8基あるエレベーターホールに辿り着く。エレベーターは1基あたり20人程がゆったりと乗れる程巨大だった。同時に乗り合わせたマダムが得意げな顔で芳賀に尋ねる。


「あら、こんにちは坊や。何階かしら?」

このマンションは60階建てだ。既にマダムは55階を押している。

「ありがとうございます!最上階をお願いします」

明るく答えた芳賀に対して、マダムの表情は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら突き指するんじゃないかと思うほどの威力で最上階のボタンを押した。


上昇するエレベーターから街が一望できる。水平線の向こうまで、人類が築き上げてきた営みが眼下に広がった。この景色を見て、己が成功者であると感じるのが一般人の感覚なのかも知れないが、芳賀は一度たりともそう思うことはなかった。

ヒールで地面を抉るように歩き去っていったマダムを見送ると、最上階へと到着する。住まうのは芳賀一人だけ。ドアの前に立つと芳賀の生体情報の認証が行われた。

《——認証中。網膜情報及び生体流動、オーナー登録情報と一致。開錠します》

ガチャリという音と共にドアが開く。鍵を持たなくてもいいのは本当に便利だ。

靴を脱ぎ、適度に散らかったリビングを抜け、書斎の椅子に腰掛ける。

いくつものモニターで埋め尽くされた部屋で芳賀はPCを起動する。

「ナビ、魔紋まもんの状況を教えてくれる?1番近いところで」

芳賀の声に反応しモニターから声が帰って来た。


「はぁい!ぼっちゃま、お帰りなさい!ちょっと待ってね!検索検索〜。あ、ご飯は食べた?最後の食事から5時間経過してるわよ!あとタンパク質とビタミンBと」


「あーはいはい、あとでちゃんと取るよ。それよりどう?」


自律型AIナビは芳賀の生活を支える存在だ。

健康状態を加味した食事プランの設計と手配、リフレッシュの為の旅行プランニング等々、生活の殆どをナビに依存している。だが芳賀がナビに期待する役割としてそれらは副次的なものだった。本質的な役割はそれではない。

人類の脅威。それに関連する情報収集と分析だ。


「・・・出たわよ!データを送るわ」言い終わると同時に携帯端末がメッセージの受信を知らせる。芳賀がアプリケーションを起動すると、現在地を中心としたマップが展開される。アプリのインターフェースには様々な情報が記載されていた。


「1番近くだと練馬方面ね。開門まであと1時間ってところかしら。バイク飛ばせば間に合うわよ!」


「練馬か、あんま土地勘ないけど・・・ナビ!魔族出現予測に基づいて武器の選定と準備を!って流石だな、早い!」


部屋の壁が開閉し、鋼鉄製の大型ケースが姿を表す。それを開くと複数の武器が綺麗に格納されていた。

「小型レールガンと、高熱ブレード、あと手榴弾ね。OKこれで行こう」

芳賀は中身を確かめ、ケースを閉じる。ライダーススーツを見に纏いケースを背負うと部屋を後にした。リビングを通る中、壁にかけられた写真の前で芳賀は立ち止まる。幼い子供を中心に、4人の黒いスーツを着た男女が主人公を笑顔で囲んでいた。


「——みんな、行ってくるよ。」


黒色の大型バイクで自宅を後にし、人類の脅威たる魔族が現れる地へと芳賀は向かった。




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