第28話

「おう、調子はどうだ、川崎徹次・一等陸佐殿?」

《調子だと? ふざけるな! 貴様、私を裏切ったな! あのプロトタイプは――君らの言うウェリンとティマは、貴重な実戦経験を学ぶ新型のAIを搭載していたんだ! 彼らを危険に晒し、挙句ウェリンを失うとは……》


 ぐわんぐわんと、あたり一面に響き渡るような外部スピーカーの音声。これでは、自分たちの存在は民間人の目につきかねない。隠密作戦は不可能だ。

 それを承知の上で、なのだろう。羽場もまた、大声で言葉を返した。ポケットに両手を突っ込み、背中をのけ反らせて言い放つ。


「いや、そいつは悪かった。いろいろあってね」


 桐生はふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。川崎に対してだ。

 ウェリンはさっき、ティマたちを守るために自爆した。爆風で電脳が消し飛ばされる直前まで、ティマのことを思っていたに違いない。


 それだけの知性や慈しみを持った存在について、あたかもただの物体のように語っている。

 川崎徹次……。姿さえ見えれば、すぐにぶん殴ってやるのに。


 桐生の怒気を感じ取ったのだろう、咲良はこちらに背を向けたまま、さっと腕を翳した。

 桐生に対する『落ち着け』という指示だろう。


《ふん、そう言うか……。我々ジンロウ部隊を裏切っておきながら、よくも!》

「裏切っちゃいないさ、川崎さんよ。生憎、俺はジンロウ部隊に魂まで売り払ったわけじゃないんだ」

《その減らず口、私が叩き潰してやる! この『リモⅡ』でな!》


 再び突き上げるような振動と共に、巨大な腕が、ぬっ、と現れる。砂塵がぶわり、と吹き払われ、その頃にはもう片方の腕も地面に指をかけていた。


《皆、聞こえているか?》

「は、はッ!」


 羽場に桐生が答えると、すぐに咲良と幽琳も返事を寄越した。ティマは咲良にくっついているから、一応安全ではあるだろう。


《咲良、桐生、俺と一緒に敵機を誘導・攪乱の任務に当たれ! 幽琳、ティマを連れていくんだ。ティマが戦おうとしたら、引き留めることなく任せてやれ。お前は飽くまで民間人なんだから、無茶はするなよ》


 何事か答える幽琳。それを聞いて、羽場は大きな溜息をついた。これは自分たちにとって有利なことが起こった、ということなのだろうが、何なのだろう?

 

 気にはなったものの、確認している時間はあるまい。

 桐生は、砂塵に塗れながら出てくる巨躯を凝視した。


「これが、リモⅡなのか……」


 そうだ。自分のセーフハウスを襲ってきた大型のサイボーグ兵器の名前は『リモ』だったな。ようやく桐生は思い出した。

 ということは、この『リモⅡ』というのは、リモのグレードアップをしたわけか。


《ふん! しかし羽場光敏・警視ともあろう者が衰えたな! こんなところで戦ったら、民間人に被害が出るぞ! このままオフィス街に突入したら――》

「甘いものだな。一等陸佐と聞いて、もう少し知恵が回るものだと思っていたが……」

《何を言うか、逆賊め!》


 踏み潰してやる!

 そう叫ぶや否や、敵機は勢いよく跳躍した。地下を進んできた状態から、地面に着いた二本の腕を軸にバク転の要領で回転。

 スラスター噴射の排気音を立てて、敵機は這い上がってきた。同時に、一気に羽場との距離を詰める。確かに、以前戦ったリモよりは遥かに機動性が高い。


《ぺしゃんこにしてやる!》


 しかし、それは叶わなかった。

 羽場がバックステップしたからだが、その跳躍の幅は尋常ではなかった。まるで、空を飛んでいるような――。


「って、え?」


 桐生は呆気に取られた。いつの間にか、羽場は背後にバックパックを装備していたのだ。

 両手のレバーで操縦し、前後左右、加えて上下に、自由な軌道を描くことを可能とする。


《羽場警視! いったいどこでそれを……!》

「気づかなかったのか、川崎一佐? ウェリンの置き土産だよ。俺が自分のセーフハウスから出る前に、一つしかないんだが、という前提で俺に託してくれたんだ」

《チッ! ふん、構うものか! 蠅みたいなやつめ!》

「なんとでも好きなように呼んでくれよ、っと!」


 リモⅡの左フックを回避しつつ、バク転しながら後退する羽場。

 その先にあったもの。それは、『下水道管修繕中・立ち入り禁止』という文言だった。

 羽場は飛んでいるから関係ないものの、思いっきり地面を踏みしめながら動くネモⅡにしてみれば、落とし穴にも等しい。


《甘いな! 私がそんな手に引っ掛かるなど――》


 と、川崎が言いかけた直後、ものの見事にアスファルトは陥没し、リモⅡは身動きが取れなくなってしまった。


《なっ!? そんな馬鹿な!》

「馬鹿はどっちだ、川崎。工事中の看板と立体表示を、先延ばしにしてもらっただけさ。本当に工事中なのは、今お前さんがハマっている地面の亀裂だ」

《な、何を! くっ、小癪な……!》


 しかし、この期に及んで川崎は闘志を失うことはなかった。今更ながら、どうやらネモⅡには川崎本人が搭乗しているらしいのだが、まあ、殺してもいいということなのだろう。


 桐生は赤外線スコープを覗き込んだ。夜間でもよく見える。

 羽場に照準を合わせると、さっき決めておいた動きを繰り返した。仕掛けておいた地雷を爆破せよ、と。


 桐生はやや大きめの通信機を取り出し、ボタンを押し込んだ。

 計算通り、今までにない爆光と爆風が、人間とティマを襲った。


 デスクを横倒しにして、その爆風から身を守る桐生。

 そう言えば――。


「幽琳! 民間人の退避は完了しているんだろうな!?」

「もちろん! でなけりゃ、街の中でこんなドンパチできるわけがないでしょう!」


 もっともな話である。

 しかし、その点も心配は無用だった。大規模テロが発生するというガセネタを展開し、民間人が寄り付かないようにしていたのだ。警察力が役に立った。

 

 咲良と羽場、それに幽琳は知っているようだが、どうやら自分が気絶している間にそんな密約が為されていたらしい。


 ただし、その後は警官隊もすぐさま退避させられた。ティマのことを公にするのはまだ早い。そう羽場が考えたからだ。それに、今は少人数で戦いに臨んだ方がいい。いざとなれば、ティマの右腕から発射されるレーザー砲がある。


 それでも、羽場はその使用を避けようとしているようだ。

 若者には、明るい未来を残したい――。

 というのは、さっき羽場が口にした言葉。ということは、できる限りティマに頼らずに戦い抜こうという意志がある。

 咲良と桐生は直轄の部下として、誰に言われずとも羽場に付き合う覚悟だった。


「待ってろ、ティマ。今あのデカブツを倒して、お前を自由にしてやるからな」

「じゆう?」

「そうだ。だから、お前は動かずにここで伏せているんだ。分かったか?」


 ティマはこくこくと頷き、親指を立てて見せた。

 その姿が思いの外滑稽だったのか、桐生は、いや、咲良も幽琳も笑ってしまった。


「行ってくるからな。羽場警視にも――おじさんにも直に会えるからな。心配するなよ」


 そう言って、桐生は自動小銃のセーフティを解除し、ビル陰から勢いよく飛び出した。


         ※


「くそっ、どいつもこいつも私の邪魔ばかりを……!」


 苦々し気に、川崎は悪態をついた。

 元々、リモⅡを使って羽場たちを倒し、自分の開発したこの殺戮兵器の有効性を実証する。

 そう言い出したのは川崎本人だったはずだ。


 こればかりは、彼の頭脳の優秀さゆえに生じる副作用、すなわち絶対主義的な部分が裏目に出たとしか言いようがない。

 

 しかし、ここで諦める川崎徹次ではなかった。両足をアスファルトの上に上げ、最初のリモ同様に、ゴーレムのような体躯を晒す。

 このまま隣のビルを叩き壊し、連中を瓦礫の下敷きにしてやる。


 リモⅡは肩部の銃機関砲で牽制射撃をしながら、再び腕を掲げようとした、その瞬間のことだった。


「あれは……ティマ?」


 川崎は気づいた。自機の次回の外部カメラが破壊されていくことに。

 事態を把握した頃には、既にメインとサブの両方の外部カメラが真っ赤に染まっていた。


「かっ、カメラがやられる!」


 これは、赤く染められたわけではない。機関砲もメインカメラも、消し飛ばされたのだ。


「なっ、何が起こってるんだ、畜生!」


 二度目の悪態をついた直後、謎の高温体の発生を告げるアラートが鳴り響いた。

 それこそ、川崎の耳にした最後の人工音声だった。

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