第18話
※
「そんな馬鹿な!」
地下に設営されたジンロウ部隊の司令室。その後方、真ん中の席から悲鳴のような、怒声のような、とにかく不快な音がした。
「あの『リモ』が……我々の切り札が、あんな一瞬で……!」
叫んでいるのは川崎一等陸佐だった。よほどあの金属製ゴーレムに思い入れがあったのだろう。自信? 愛着? いや、違うな。
リモという局所制圧用兵器がもたらすであろう、数々の戦果。それが惜しい、もったいないと言っているのだ。
そんなことを考えながら、羽場警視はじっとメインディスプレイを見つめ続けている。その瞳は冷ややかで、川崎に一瞥もくれようとはしない。
羽場が一つ、確信したことがある。
川崎は囮だ。ジンロウ部隊の面々を欺くために、川崎を始め大方の人間はリモが最新兵器なのだと教え込まれている。今日の戦闘は、リモの実戦訓練の一環なのだと。
ふん、と羽場は鼻を鳴らした。
そんなわけがないだろうが。そのリモとやらを一瞬で行動不能にした謎の存在。そいつの方が、よっぽど人類にとっての脅威になり得る。いや、もう既にその立場に到達している。
間違いなく、今日の主役はあのレーザー砲、及びそれを照射した何者かだ。
その程度の損得勘定もできないのなら、自衛隊の幹部などという地位を捨てて、売れない画家にでもなったらいい。
だが――。
羽場は無精髭でざらついた顎に手を遣った。
今までの咲良・桐生という二人の刑事の後をGPSで追っているが、どうやらそのレーザー兵器と刑事二人は同行しているらしい。
ついでに言えば、高い戦闘能力を有する人型ロボットが一体と、非戦闘員である現場観察官・幽琳魅月博士も同伴している。
最初に刑事二人で対応させようとしたのは、リモの戦闘データ取得のためだった。
だが、詳細不明な人型ロボットとレーザー兵器、それに幽琳博士が運命共同体として行動しているのを見ると、今回の案件はきっと『失敗』の烙印を押されることだろう。
気の毒だとも、自業自得だとも思わない。羽場の脳裏に去来しているのは、人間とロボットそれぞれの在り様だ。そういうことに興味がなければ、これほど面倒な任務を引き受けはしなかった。
《リモ、二、三号機が出撃準備を完了。目標位置、誤差範囲内。川崎一佐、出撃させますか?》
「……」
《かわさ――》
「構わん。やめておけ」
オペレーターの言葉と川崎の未練を、羽場はばっさりと切り捨てた。
「観測班、状況を」
《はッ、しかし、先ほどまで使用していた超高感度カメラを搭載した衛星の視野からは外れてしまいますが……》
「構わん。二番目、三番目に確度の高い衛星は? 近くにおるのだろう?」
《現在検索中、しばしお待ちを》
羽場は薄っぺらい溜息をつき、それを応答とした。
「今日はもうやめておきましょう、川崎一佐。研究資材や開発費用の無駄になる」
その言葉に、川崎はようやく羽場を見た。否、睨みつけた。
「何を言ってるんだ、羽場警視? このまま、連中の保持しているレーザー兵器の分析や回収は止めてしまえ、と?」
「そうです。少なくともリモは、大幅改良を施さない限りすぐに撃退される。それが分かったというのに、また同型機を連中に立ち向かわせるのは愚の骨頂です」
「そ、それは……」
何を言葉に詰まっているんだ。お前だって、さっきのレーザーの威力は見ただろうに。
「オブザーバーとして提言します。ここは、人間の陸戦部隊を送り込むべきと考えます」
この言葉に、ずおっ、と驚きの波が司令室内に広がった。
「陸戦部隊……。人間の?」
「ロボットでは自発的行動に複数案が出てきてしまう。電脳内部が仮想的未来図で一杯になる。だからレスポンスが遅くなり、人間に負ける。このような意味合いの論文を書かれたのは、確か川崎一佐であると記憶しておりますが、誤りはございますか?」
もちろん例外はある。それこそウェリンなどは、要人の護衛任務用として開発されたため、同型機よりも遥かに予測演算能力が高い。
逆に、今ロボットでウェリンの撃破を試みても、失敗する可能性は非常に高い。
「え、あ、いや……」
これ以上は付き合いきれない。そう判断した羽場は、便宜上川崎と同等の地位にある自らの権限を行使し、再度陸戦部隊の招集と編成、そして出動を命じた。
すまんな、咲良、桐生。お前たち二人は立派に職務を遂行し、しかし銃撃戦に巻き込まれて殉職した。そういうことにしておいてやる。
もっとも二人共、自らの安否を報告したい家族など、いるわけではないのだが。
※
桐生の部屋から地下水道を経て脱出を成功させた面々は、今は地上に出ていた。
今日は千代田区内での祭日であり、警備している警官たちは、自動小銃を手にしている者も多い。
また、人間だけでなくロボットの警官の姿も見受けられる。とにかく、銃撃戦には向かない場所だ。
「静かに!」
先頭を行くウェリンが、さっと腕を翳して皆を押し留めた。その腕は両方共完治しているが、余剰パーツで造ったため右腕だけ色合いが違う。
ウェリンの指示に従う面々。所持している得物を構え、さっとビルの外壁に身を寄せた。咲良と桐生が大口径自動小銃、ウェリンは大振りのコンバットナイフ、幽琳が小振りのオートマチック拳銃を構える。
ウェリンは前方の気配を探りながら、突き出した腕をぐるぐると回した。射撃準備に入れという合図だ。
金属の擦れ合う音が僅かに鳴り響き、ビルとビルの間の風で掻き消されていく。
セーフティを解除した彼らは、祭事の和風パレードに見入る民間人の前に姿をさらした。実際の警官や刑事のような素振りで(いや、元々その通りなのだが)。
「何者かが我々をマークしています。通路の反対側に警戒を」
ウェリンの言葉に、皆が小声で復唱する。
桐生は、引き金にかけた自分の指が誤射を引き起こさないよう、震えながら歩いた。実戦経験の乏しい新米の自分に、民間人で溢れかえる中での銃撃戦は無謀だ。
「桐生くん、大丈夫?」
「は、はい!?」
「大丈夫かって聞いてんの」
呆れた様子の咲良に、桐生はこくこくと頷くことで答えた。当の咲良は、ちゃっかり拳銃を手にしている。自動小銃は背部にマウントされ、今はやる気なさげに空に銃口を向けていた。
桐生がそれを目にし、自分も装備を替えようとホルスターに手を伸ばした時だった。
げしっ、と膝あたりに衝撃が走った。真横から蹴られたらしい。
「いてっ! 何だ……?」
そこには誰もいない。と思いきや、見下ろしてみると小さな人影があった。
「ティマ! いったいどうし――って、うわっ!?」
「避けて、桐生くん!」
「咲良さん! 何を避けろ、ですって?」
そんな桐生の視野の中、咲良は、そしてウェリンと幽琳は、既にしゃがみ込んで頭を守っていた。
自分も従うべしと判断した桐生が、ティマのそばでうずくまる。すると、聞き覚えのある音が聞こえてきた。ティマが右腕を変形させる音だ。
まさか、この人混みに向かってぶっ放す気か!
「ティマ、よせっ!!」
跳びはねて抱き着くように、桐生はティマを引き留めようとした。そのまま引っ張り倒す格好になる。
だが、ティマに搭載された射撃管制システムは、見事に誤差修正をやってのけた。
斜めに引き倒されながら、ティマは右腕を翳し、発砲。
さきほどゴーレムを仕留めたのとは違い、より小さな光弾が連続で発射される。
銃声の違いから、桐生はこの射撃に用いられているのは実弾だと判断。
それを証明するかのように、大通りの反対側、立ち並ぶ商業建築物の屋上からは、盛大に血飛沫が舞っていた。
「……!」
チャリチャリと薬莢の落ちる音がする。
たとえ実弾でも、ティマの攻撃に容赦はなかった。撃たれる前に、屋上からアーケードに飛び移ろうとする敵もいた。だがこれまたあっさりと、ティマの弾丸を二、三発受けて肉塊として落下した。
結局、今回投入された陸戦隊は、生存者零という凄まじい結果を叩き出すこととなった。
ゆっくりと顔を上げ、様子を窺う桐生。その目に飛び込んできたのは、負傷した多くの民間人だった。
「衛生兵! 誰かいないか!? アーケード下の民間人を救助してくれ! おい、誰もいないのか!?」
逃げ遅れた民間人は、我先にと他者を突き飛ばしながら現場を離れていく。ティマも、ここでこれ以上の戦闘を行うつもりはないらしい。
それはいい。だが、どうして――。
「ティマ……、ティマ!」
桐生はティマの肩に手を載せ、ぐいっと振り向かせた。しかしティマは話す前から、するりと桐生の横をすり抜けてしまう。
ティマは桐生ではなくウェリンの方へと歩み出た。
「ウェリン、早く先に行こう?」
「そ、そうですね」
ティマに怪我がないかどうかを確かめるウェリン。彼は桐生ほど動揺してはいないし、もっと言えば冷静だ。
自分たち人間とロボットの間に見えない壁があるのを感じて、桐生はまた気を失いそうだった。
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