第4話

 自動小銃や機関砲が、待ってましたとばかりに火を噴いた。

 凄まじい速射性だ。弾丸を切れ切れに放つのではなく、一本の細長いレーザーを撃ち込んでいるように見える。


 稀に見る数の弾丸が、一気呵成に怪獣の口内に飛び込んでいく。しかし、怪物も手をこまねいているばかりではない。ガチン、と音を立てて、四又に分かれた口吻部を閉じてしまった。


《目標、口吻部を封鎖! これでは口内の爆薬を起爆できない!》


 自分の口内に放り込まれたのは、圧倒的破壊力を有する爆薬である。

 そのことには、怪物は気づいていないようだ。が、唾液や胃液で湿ってしまっては、せっかくの爆薬の威力が下がってしまう。

 早急に、火力を以て起爆させなければ。


《ソニック・ムーブ、来るぞ!》


 その言葉に、桐生は慌ててその場に伏せる。今日何度目かの耐ショック姿勢だ。

 だが、安全性を確保しただけでは勝利は望めない。


 あれだけの銃撃を喰らって、まだ生きていられるのか。

 かぶりを振って、自分を落ち着かせようとする桐生。そんな都合にはお構いなしに、怪物は足を踏み出す。地面の凹凸など気にも留めずに、ずんずんと距離を詰めてくる。


 すると、怪物は再び口吻部を展開した。再び四又に分かれるその先端部。

 そこから放たれた光弾が、回避しそびれた人間に殺到する。

 四肢がばらばらになったのも束の間、奇妙な軌跡を描いて肉塊が飛んでいく。ブラックホールにでも吸い込まれていくかのようだ。


 爆発もなければ遺体もない、悲鳴だけが轟く戦場。そのおどろおどろしさに、古参の咲良も額に脂汗が浮き出てくるのを感じた。

 これ以上、仲間を死なせるわけにはいかない。こうなったら……!


 咲良は自らの死を覚悟して、手榴弾を手に取った。死なば諸共だ。吸い込まれる瞬間に、怪物の口にこいつを投げ込んでやる。慎重に動くつもりだが、生きて安全圏まで後退できるかどうかは五分五分だろう。


 だが、そんな咲良の覚悟が実を結ぶことはなかった。

 怪物と咲良の間に、またしても人影が飛び込んできたのだ。


「おい! 何をするんだ、桐生!」


 桐生が頭上を舞っていた。天井から吊り下げられたワイヤーを掴みながら、ターザンよろしくクレーンの下で揺られていたのだ。


「皆、一旦伏せて!」


 叫ぶや否や、桐生は振り子のように揺れる勢いそのままに、怪物の横っ面に蹴りをかました。そして素早く、怪物の口内に起爆性の高い発煙筒を投げ込んだのだ。


「総員、攻撃再開! 化け物の口に、ありったけの弾丸をぶち込んでやれ!」


 人間側の復唱と雄叫びが連続する。怪物は僅かに身を引いて、威嚇して体勢を立て直そうとしている。


「そこまでだ、化け物」


 そっと呟く咲良。彼女の放った大口径機関銃の弾丸は、寸分の狂いなく口内の火器弾薬を貫通した。一瞬だけぶわり、白光が煌めく。と思った時には、怪物は口から真っ白な光を放ち、頭部が膨張していくところだった。

 バァン、という軽い爆発音。続けて肉片が飛び散り、周囲に飛散する。それらを立ち昇らせながら、怪獣は仰向けにばったりと倒れ込んだ。


 数名の隊員が、自動小銃を構えて怪獣の死体に近づいていく。咲良もそちらに向かおうとしたが、すたん、と何かが降り立ったので足を止めた。


「桐生賢治・巡査部長、只今戻りました!」


 びしっ、と敬礼を決めてみせる桐生。あまりに得意げな顔を見て、咲良は先ほどの怒りが再燃した。


「お前……!」


 これほどのスタンドプレー、否、危険な芸当を、どうして行ったのか。

 味方を混乱させ、新たな犠牲者を出すかもしれない。そんな基本的なことまで考えつかなかったのか。


 咲良は桐生を引っ叩いてやろうかと思った。いっそ殴り飛ばしてもいい。が、すんでのところで思い留まった。

 桐生のお陰で、この怪物を倒すことができたのだ。彼がいなかったら、今頃全員が食われていたかもしれない。

 その可能性も考慮すれば、自分が桐生を責め立てる筋合いはどこにもない。飽くまでも結果論に過ぎないが。


「桐生賢治、明後日の明朝までに報告書を出せ。あたし宛でいい。先に戻って書いておけ」

「え? あ、はいッ!」


 桐生はやや拍子抜けしたかのような顔をした。しかし、すぐに敬礼し直してパトカーの方へと駆けていった。


         ※


 咲良は、来る時に使ったパトカーを拝借して警視庁に戻った。

 といっても、正門から堂々と帰ったわけではない。地下駐車場の角にある、古びたエレベーターに乗り込んだのだ。


 乗り込むや否や、機械音声が流れた。


《このエレベーターは、地下にのみ参ります。ご利用の方もそうでない方も、精々生きて帰ることのできるよう、ご尽力ください》


 チッ、まったく生意気言いやがる。機械のくせに。


「地下四階を頼む。羽場警部のところだ」


 そう声を張り上げる。音声認識完了、との言葉が立体表示され、了解しました、という音声が流れる。

 呆れていることを全身で表しながら、咲良はのっそりと乗り込んだ。それからするり、と振り返って、網膜の毛細血管認証を使う。一瞬で承認され、ドアが封鎖される。

 緩やかに降下した先で、今度は無言のままドアが開いた。


 一気に視野が広がり、多くの人々がひしめくエレベーターホールへと投げ出される。


 多くの警官や刑事、自衛官たちが、一度に視界を埋め尽くす。敬礼をしたり返礼を受けたりしながら、目的の部屋へと迷いなく進んでいく。


 やがて、人の波はまばらになってくる。待合室代わりのホールを見渡してみるが、桐生の姿はない。自分の方が先に到着しそうだと咲良は判断する。


 これでいい。あとは刑事課のデスクで待っていれば、桐生はやって来るだろう。新入りとはいえ、手取り足取り教えるつもりはない。


 それからたっぷり五分が経過。咲良は冷めたコーヒーをすすりながら、今日の報告書を立体キーボードで打っていく。

 そちらに集中していたからか、唐突に肩を叩かれて我に返った。同時に、街中ではとっくに消え失せた独特の匂いが漂ってくる。ここまで漂うものなのか、煙草の匂いというものは。


 咲良は無言で立ち上がり、さっさと隣室に歩み入った。そこは幹部の個室になっていて、デスクの並んでいた一般業務室とは趣が異なる。

 自分の肩を叩いた人物は、奥にある執務机に腰を下ろした。咲良も、両脇にしつらえられたソファに座り込む。今日何本目になるか分からない煙草を灰皿に押しつけると、その人物は目を合わせることもなしに語りかけてきた。


「で?」

「で、とは?」

「おいおい、先に儂を呼びつけたのは君だろう、咲良くん」

「ま、仰る通りですがね、羽場敏光・警部殿」


 名前を呼ばれたことで、デスク奥の回転椅子に座っていた人物――羽場敏光はゆっくりと振り向いた。灰皿に煙草の先端を押しつける。


「何の用だ、咲良警部補?」

「何の用か、ですって? そりゃあないでしょう、警部殿。今日我々が出くわした怪物についてですよ」

「ああ、随分前のサバイバルゲームに出てくるような、あいつだな」

「ええ、そうです」


 聞かせろ。そう言って羽場は椅子を固定し、テーブルに両肘をついた。

 一方の咲良は、季節外れのコートに片手を突っ込み、もう一方の手で眉間を押さえてかぶりを振っている。

 自分が三日三晩、不眠不休で働いていることを、羽場は知っているはずだ。それでも労いの一言もない。きっと、羽場も心理的重圧に晒されているのだろう。


「まあ、それが刑事ってもんだものな……」

「どうしたんだ、咲良?」

「いえ、何でも。ところで早速ですが、現場から要請があります」

「うむ」

「我々が、総じて怪物、化け物などと呼称している生物群ですが、遺体の回収を願います。本日駆逐した個体を含めて、わが国で確認された同類は十二体。それなのに、遺伝子解析などの生体研究が進んでいないのはどういうわけです? 誰があんなものを――」

「君にも分かっているだろう、咲良?」

「……」


 興奮で熱くなった溜息をつく咲良と、諦念の混じった冷たい鼻息を流す羽場。


「我々が超法規的措置を取ったり、強力な火器を取り入れたり、なるだけ民間人の目に触れないように活動できているのは、全国に展開された在日米軍基地の協力を得られているからだ。我々が連中に言ったところで、聞く耳なんてもたれやしないさ」


 羽場の理屈は最もだ。だからこそ、咲良はそれを突っぱねてしまいたくなる。

 代わりに、書類の整理を始めた羽場をきっちりと睨みつけることで、今はよしとした。


「百聞は一見に如かず、だな。怪物、化け物、あー、呼び方は何でもいいが、とにかくこれらが敵性勢力にあたることは容易に推定される」

「でしょうね」

「しかも現在の連中の動きは、全く以て推定不能。あれに対抗できる者……相当な腕利きの戦闘要員たちを選抜し、精鋭部隊を結成したい」


 なるほど、すぐに行動に出られるのが彼の長所だったな。

 そう胸中で呟いて、咲良はこくこくと頷いた。

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