長き眠りから目覚めた古代神は今流行りのダンジョン配信とやらをしてみようと思う〜スパチャが俺を強くする〜
寿甘
目覚めた古代神
俺は落ちこぼれだ。
父は腕の一振りで大地に豊かな実りをもたらした。兄は杖を掲げて恵みの雨を降らし、妹は人の縁を結び子孫繁栄をもたらす。みんなの力で人間は平和な世を謳歌していたんだ。
なのに、俺は。
「デミリト、お前は何も奇跡を起こすことができないのだから荷物運びでもしていなさい」
「はい、父さん」
今日も俺は、仕留めた獣を運び、捌いて食事を作る。木を
◇◆◇
「うあああ、やっちゃったーーーっ!」
なんだか騒がしいな。俺は目を開けた。視界に飛び込んできたのは、一面が灰色の石壁。あれ、ここはどこだ?
光がない。闇の中でも目は見えるが、この状態はどうやら、石でできた箱のようなものに入って寝ていたのか。いったい何があったんだっけ。よく思い出せない。とりあえず目の前の壁を押してみる。蓋になっていたのか、簡単に押し開けられた。
「ひいいい、なんか出てきた!」
さっきと同じ声が、はっきりと聞こえる。これは人の声だな。俺は自分が寝ていた石箱から身を起こし、声の主に状況を尋ねてみることにした。どうにも頭がぼんやりとして、寝る前の記憶が曖昧なんだよな。
「やあ、ここはどこかな。どうも寝すぎたようで寝る前の記憶がないんだ。こんなんじゃまた父さんに怒られちゃうな、アハハハ」
「ひえっ、日本語喋ってる!」
ニホンゴ? ああ、人は違う地域にいる人の話す言葉を理解できないんだっけな。
「俺は落ちこぼれだけど神だからね、人の話す言葉は何でも理解できるし話せるよ」
「神様……?」
俺の言葉を聞いた人は、少し落ち着いた様子になった。よく見ると見たことのない複雑な服を着ているな。まるで身体を石で覆っているようだ。顔の感じから若い男のようだが、一人前になるまでもう少しといったところか。
「それで、君はいったい何を騒いでいたんだい?」
「それが、ダンジョンの底から発見された重要調査対象の石棺に間違えて霊水をかけてしまって」
石棺というのは俺が入っているこれか。霊水というのが何かは分からないが、それがきっかけになって俺は目覚めたのだろう。どうやら相当長い時間眠っていたらしい。
「つまり、君が俺を目覚めさせてくれたのか。ありがとう」
「でも良かったです、中に入っていたのが世界を滅ぼすような恐ろしい怪物ではなくて……まあ、どっちにしろ僕はクビでしょうけど。はぁ~」
感謝の言葉を述べると、彼も安堵したようだ。この様子からすると彼は自分の仕事に失敗でもしたのだろう。どんなに時間が経っても、人の行いというものは大して変わらないようだな。
せっかくなので色々と聞いてみると、ここは日本という国のダンジョン省という場所らしい。今から数十年前に突如として世界中に現れたダンジョンと呼ばれる縦穴を管理する人の集まりだそうだ。
「ダンジョンというのは
「
「この星の中心部まで続く深い穴ぐらさ。奥には地上に住むあらゆる生命を脅かす大いなる災厄が潜んでいて、よくモンスターが這い出てきていたな」
「それはまさにダンジョンです! でも数十年前まではそんなものこの地球上のどこにもありませんでしたよ」
「塞がれたのかな、寝る前の記憶が曖昧でよく覚えていないんだ。たぶん父さんや兄さんが何とかしたんだと思う」
――お前の剣は、大いなる災厄を
うん? 頭の中に父さんの声が響く。話しかけられたというより、過去の記憶を少し思い出したみたいだ。どうも遠い昔に父さんから何か言われたような……駄目だ、よく思い出せない。
「これからどうしよう、ダンジョン配信で食べていけるような腕もないし……」
人がなんだか悩んでいるな。
「失敗をしたのなら君のボスに報告したらどうだ。そういう時には少しでも早く報告するのが最良の結果につながるものさ」
「そ、そうですね! では課長に神様が目覚めたと報告してきます」
「俺の名はデミリトだ」
「そうなんですか、僕は
そういえば名乗っていなかったな、と思い自分の名を告げたが彼の反応は薄い。聞いたことがないようだ。俺のような落ちこぼれ神の名なんて、人の世に伝わっているはずもないか。
「ではその課長という人に会いに行こうか、ハジメ」
足取りは重いものの、さっそくボスに報告をしに行くハジメについていく。最初は驚かれてしまったが、もう隣に立っても怯えるそぶりは見えない。
「ところで、さっき言っていたダンジョン配信というのはなんだい?」
「あ、それは……」
ハジメによると、ダンジョン配信というのは『
「――それで、この方が石棺の中で眠っていた古代の神だというのだな」
「はい……やっぱり、僕はクビになりますよね」
課長というのはハジメより年上の女性だった。彼女も石のような服を着ている。スーツというそうだ。ハジメの説明を聞いたあと、彼女はため息をついた。
「あのな櫛川、今更説明するまでもないが、ダンジョン省は国の機関で我々は国家公務員だぞ。犯罪行為をしたわけでもないのに懲戒免職になんてなるわけがないだろう」
どうやら、ハジメが心配していたような事態は起こらないようだ。よかったな。
「それで、ですね。デミリト様、あなたが古代の神様であることはこちらの調査で確認済みです。人である我々が神に物申すなど
課長が俺に向かって何とも言いにくそうに話しかけてくるが、言いたいことは分かる。人の営みを邪魔して欲しくないということだろう。俺は昔も人と共に生活していたからな。
「ああ、俺は人の社会に危害を加えるつもりはない。君達のルールに従おう。俺が何か役に立てることがあれば手伝おうじゃないか」
そうは言っても、俺には何の奇跡も起こせないのだから彼等が恐れるようなこともできないし、大した役に立てることもないけどな。せいぜい頭数を一つ増やすぐらいのものだ。すると少しの間二人が顔を見合わせた後、課長が俺に質問してきた。
「ありがとうございます、ではデミリト様は何かやりたいことはありますか?」
彼女としても、急に何も分かっていない人手が増えたところで持て余すということだろう。やりたいことか……そう言われてもこの時代で人が行っていることなんて何も知らないしな……いや、一つだけあったな。
「では、ダンジョン配信というものをやってみたいのだが、構わないか?」
俺の返答に、二人はまた顔を見合わせるのだった。
「いいですか、これはドローンといって勝手にデミリト様の後を追いかけて撮った映像をDTubeに配信してくれる機械です。視聴者からのコメントはここのモニターに表示されますので、時々返事をしてやってください。全てのコメントを拾う必要はありませんからね」
ダンジョン配信が好きすぎてダンジョン省に入省したと語るハジメが、ダンジョン配信のやり方を教えてくれている。
俺達が今いるのはダンジョン省の近くにある赤坂ダンジョンだ。一般の探索者や配信者|(Dチューバーと呼ぶらしい)にも開放されている、初心者向けのダンジョンだということだ。
「ダンジョンは地下深くなるほど『魔素』が濃くなって、強力なモンスターが徘徊しています。ここ赤坂ダンジョンは比較的浅いダンジョンですが、それでも深層まで行くと強力なモンスターが現れるので注意してください」
「分かった」
一通り説明を受けた俺は「頑張ってください」と言って帰っていくハジメを見送ると、さっそくドローンに手を伸ばし配信開始のスイッチを押した。ドローンの正面にあるランプが赤く光り、モニターの端に『配信中』の文字が出る。下の方に表示された数字が徐々に増えていくのも見えた。この配信を見ている人の数を教えてくれているそうだ。
「ちゃんと配信できているのかな? 初めまして、俺はデミリト。先ほど長い眠りから目覚めた神だ」
《初見》
《神キター!》
《なんだイロモノ系か、パス》
《何の神様?》
《神っていうよりファンタジーの村人みたいな恰好してるな》
《そんな装備で大丈夫か?》
《イケメンじゃん。視聴決定》
さっそくコメントが表示された。これで配信を見ている人々と話ができるのか。
「俺は落ちこぼれでね、何の奇跡も起こせないんだ。できることと言ったら、こうやって剣を出すことぐらいだ」
そう言ってドローンに向けて右手を突き出し、白い光を生み出して剣の形にする。俺にはこれしか能がないが、ダンジョンでモンスターを倒すだけなら奇跡を使う必要もないだろう。
《ファッ!?》
《ライトセーバーだ!》
《光の剣って高位スキルじゃなかった?》
《どこのランカーだよ》
《さす神》
ランカーってなんだ? よく分からないが盛り上がっているようだ。下の数字も増えてきた。
「ではさっそくダンジョンに潜っていこう。ダンジョンに入るのは初めてだから拙い配信になるかもしれないが、よろしく頼む」
《初めてでなんで高位スキル使ってんだよ》
《嘘乙》
《どこかのギルドを抜けてきたのかな》
《神を信じよ》
俺は剣でダンジョン内を照らしながら歩き始めた。入り口付近だから傾斜も緩く歩きやすい道が続くようだ。何もないと視聴者を楽しませることができないぞ、どうしようか。
『ギキィィッ』
と思っていたらさっそくモンスターが現れた。ゴブリンが数匹。初心者が戦う相手としては少々手強い気がするが、ダンジョン内では人も強くなるって話だったな。物陰から勢いよく現れたがこちらの剣を見て怯んだ様子で、手にした棍棒を突きつけながら遠巻きに取り囲んでくる。
「さっそく現れたな。このように取り囲まれた時の対処法だが、まず剣を伸ばす」
俺は距離を取るゴブリン達に届くぐらいまで剣を伸ばした。
《剣が伸びたあああ!》
《いや、出来ねーよ》
《どういうスキル?》
「そして、こう」
ゴブリンが驚いて逃げようとしたので、すぐに身体を一回転させて全ての首をはねる。
「こうすれば一気に全滅させられて楽だろう?」
《ねっ、簡単でしょ?》
《ゴブリンは雑魚だけどその倒し方は知らない》
《神に不可能はない》
《既に狂信者がいて草》
雑魚モンスターを倒しただけでは盛り上がらないかと思ったが、視聴者は楽しんでいるようだ。ダンジョン配信というのはよほど人気のある娯楽なのだろう。奇跡が使えない俺でも多くの人を喜ばせられるとは、なんとすばらしい仕事だろうか。ハジメが憧れるのも分かる。
俺は黒い煙となって消えたゴブリン達のいたところに落ちていた水色の結晶を拾った。これは
「ダンジョンに現れるモンスターは魔素を身体にため込んでいるので倒すと魔素の結晶を落とすのはみんなもよく知っていることだろう。この結晶は魔素濃度で色が変わり、強いモンスターが落とすものほど色が濃くなる。純粋な魔素は黒に近い濃い紫色をしているんだ。ちなみに結晶を土に埋めると麦がよく育つぞ」
《効能が平和すぎて草》
《なんでダンジョン初めてなのにそんなこと知ってるんだよ》
《いきなり設定崩壊してる》
《神に知らぬことなどない》
《悪いこと言わないから結晶は装備強化に使っとけ》
この感じならペースを上げてある程度深いところまで一気に潜っても大丈夫そうだな。ドローンに向かって深いところへ進むと伝えようとする。
「きゃー!」
そこに、女性の悲鳴らしき声が聞こえてきた。すぐにそちらへ向かって走り出すと、ドローンも同じ速さでついてくる。移動風景もしっかり映しているようだな。
《なんだ、悲鳴?》
《足はっや!》
《画面酔い注意な》
現場に駆け付けると、角の生えた巨大なモンスターが若い女性に襲い掛かろうとしている。あれは……オーガか?
《オーガ?》
《なんで下層のモンスターがこんなところにいるんだよ》
《異常事態やんけ、ダンジョン省に通報や》
《あの子知ってる!》
《アヤちゃんだ!》
《向こうでも配信してる。さっきからコメント欄が阿鼻叫喚》
「いや……助けて……」
『グガアアア!』
両手で持った杖のようなものを身体の前に突き出して震えている女性に、オーガが手にした巨大な剣を振り下ろす。
俺は力一杯足で地面を蹴り、一挙に女性の前まで移動すると、剣を持っていない左手でオーガの剣を受け止めた。さすがに凄い力だが、この程度なら俺でも余裕だ。
《素手で受け止めたああああ!》
《やべええええ!》
《まさに神》
《かっけーーー!》
《マジかよ……》
《がんばれええええ!》
……ん?
おかしい。急に力がみなぎってきたぞ。オーガの剣も軽く感じる。一体何が……と、ドローンに視線を向けると『がんばれ』の文字が目に飛び込んできた。応援されたから?
いや……違う。そうだ、これは人の『祈り』だ!
人が俺に本気で勝利の祈りを捧げてくれた。それが神である俺の力を強くするんだ。初めてもらった人の祈りは、俺が想像していた以上に俺の心を温かく包み込む。
「消えろ」
俺はオーガの剣を左手で引き、右手の剣を相手の胴体に突き刺した。そのまま剣を動かし、オーガの身体を上下左右に四等分。すぐに黒い煙となって消えていった。
《やったああああああ》
《アヤちゃん助かった》
《神様あああ!》
《向こうから来ました。ありがとうございます!》
《すごい勢いで同接増えてるぞ》
《もうネットニュースで紹介されてる》
《神を称えよ》
「ふう、あぶないところだったな。怪我はないか?」
俺は杖を降ろしてぼんやりしている女性に声をかけた。コメントからするとアヤという名前の配信者らしい。
「あ、ありがとうございます! 上層なのに急にオーガが出てきて、もう駄目かと……」
《良かった良かった》
《アヤちゃんが乙女の顔をしておる》
《俺も乙女の顔してる》
《スパチャ解禁されてないの?》
《登録者数はもう超えてるけど、機能が解放されるまではタイムラグがあるみたいだね》
《金払わせろー!》
「スパチャ?」
「投げ銭ってやつです。視聴者の皆さんが応援の気持ちを込めてお金を振り込んでくれるんです。Dチューバーの収入源の一つですよ」
Dチューバーの先輩であるアヤが教えてくれた。せっかくなので気になることを聞いておこうか。
「そうなんだ。さっきみたいに深いところのモンスターが浅い階層に出てくることってよくあるのかい?」
「いえ、滅多にありません。何かダンジョンに異変が起こって魔素濃度が上がると、それに合わせてモンスターが外まで出てくることがごく稀にあるそうで、スタンピードって言われています」
「あ、お名前をうかがってもよろしいでしょうか? 私はアヤという名前で配信をしています」
「ああ、俺はデミリトだ」
――お前にしかできないのだ、
まただ、過去の記憶を断片的に思い出した。でも意味はよく分からない。それよりも、アヤの話からすると今のダンジョンはかなり危険な状態になっているのではなかろうか。
「アヤ、ここは危険だから地上に帰りな」
「デミリトさんはどうするんですか?」
「他にも危険な目に遭っている探索者がいるかもしれない。俺はもう少し中を調べてみるよ」
「分かりました。気を付けてくださいね」
《ほかに配信してるチューバーいる?》
《有名どころはもうみんな避難したな。でも赤坂だと無名の配信者が多いから、まだ残ってるかも》
《神は全てを救う》
《スタンピードってモンスターが地上に出てくるんだろ。このままだと外も危ないんじゃ》
《今北産業》
《神》
《降》
《臨》
《なんでこの速さで揃うんだよ》
異変が起こったからか、視聴者の数が爆発的に増えている。でもさっきのような緊迫した空気はないな。そこまで心配しなくても大丈夫なのか?
「それじゃあ――」
探索再開、と言おうとしたところで、激しい揺れが俺達を襲った。
「きゃっ!」
「アヤ!」
足元が崩れる。落盤だ! とっさに崩れる床から離れたが、アヤが足を取られて落ちる。すぐにその手を掴んで落下を防いだが、俺も不安定な岩にしがみつく格好になってしまった。このままでは二人とも落ちてしまうだろう。となれば、やることは一つしかない。
「ふんっ!」
俺は渾身の力でアヤを引っ張り上げて崩れていない床に乗せた。まもなく崩れる俺の下の岩。落盤で開いた底の見えない穴に落ちていきながら、自分の行動が上手くいったかを確認する。
「デミリトさんっ!」
一気に遠ざかっていくアヤの顔としっかりついてくるドローンが見える。よし上手くいった、と安心してそのまま底を目指し滑り落ちていった。
《ぎゃああああ!》
《神様あああああ!》
《助かってくれええええ》
俺の身を案じる人の思いを感じる。深い穴を滑り落ちるのと逆に、身体の底から力が湧いてきた。
「みんなの応援が俺に力をくれる。心配はいらないさ」
そんな返事をしながら、底を目指した。本当に深いな。これは
そして底が近づいたのを感じると、剣を壁に突き刺して減速を図り、ちょうどいいところで飛び降りた。周囲は暗闇なので剣で照らしてみるが、見た目は何の変哲もない洞窟の中といった風景だ。
「だいぶ魔素が濃いな」
《無事だった!》
《神様マジ神様》
《どこまで落ちたの?》
《戻ってこれそう?》
地上に戻れるかはちょっとわからないな。だがそんなことを視聴者に伝える必要はない。
「大丈夫だ。せっかくだから異変の原因を探してみようと思う」
ハジメの説明によれば、ダンジョンの底にはダンジョンの主のようなものがいて、それを倒すとダンジョンが消滅してできた平地に中にいる探索者や未発見の財宝が排出されるそうだ。過去に一度だけそういう現象があったという。数十年間で攻略されたダンジョンは一つだけ、とも言う。それだけ強力な主がいるというわけだ。
『この気配……懐かしい』
暗闇の向こうから、何とも
《何の声!?》
《主キター!》
《怖い怖い怖い》
《神様負けないで!》
剣をかざすと、暗闇にぼんやりと浮かび上がるシルエット。それは、無数の触手がうごめく奇妙な姿をした怪物だった。確かに、見覚えがある!
『石棺の寝心地は良かったか?
「お前は寝覚めが悪そうだな、
勢いよく伸びてきた触手を剣で切り払い、怪物と向き合う。そうだ、俺はこいつと
『お前が目覚めたのはついさっきだろう。我は何十年も前に目覚めてから、力を蓄えてきた。昔のようにはいかんぞ』
《なに、因縁の対決なの?》
《前に倒したことがあるっぽい》
《あんなモンスター、ダンジョン省のデータベースにも載ってないぞ》
《今更だけど、本当に神様だったのか》
《がんばれ!》
《応援が力をくれるって言ってたからみんなで応援するぞ》
《(ペンライトの絵文字)》
「ありがとう、みんな! 昔と違うのはお前だけじゃない。そう簡単にやられると思うなよ」
これまでにないほどの力が湧いてくる。今や百万人を超える視聴者達が俺に祈りを捧げてくれているんだ。誰からも祈ってもらえなかった昔とは違う!
『ふん、ならば試してみよ』
一度に何本もの触手が襲ってくる。同時に奴の身体から連続して稲妻が走った。
「ふんっ、はぁっ!」
触手の群れを切り刻み、身体をひねって稲妻をかわす。今までとは比べ物にならないほどの速さで動く俺の身体は、奴の攻撃をことごとく
だが、攻撃する隙が無い。
絶え間なく繰り出される攻撃を防ぐばかりで、奴にダメージを与えられない。
『ククク……確かに強くなったな。だが、そのままでは我には勝てぬぞ』
奴の言う通りだ。このままでは俺の方が力尽きてしまう。どうにか奴を攻略する手立てはないか――
ピロン、と軽快な音がなった。
《櫛川肇[¥500]デミリト様、頑張ってください!》
《スパチャだ!》
《ナイスパ!》
「ハジメ!? ……なんだこの力は!」
ハジメの名前がついたスパチャなるものが表示されたとたん、これまでとはまるで質の違う力が魂の奥底から湧いてくる。そうか、アヤが言っていた。スパチャはお金を振り込んでくれる機能。つまりこれは、人から神への供物だ!
安月給のハジメが捧げる500円。それは決して軽いものではないはずだ。何の見返りもない一方的な捧げものなのだから、金額以上に負担が大きいだろう。
だから、これなら……奇跡が使える!
右手に持った光の剣が、ひときわ強く輝いた。奴の攻撃をかいくぐりながら、剣を振り上げ――
「くらえ、500スパチャスラッシュ!」
振り下ろした剣から弧を描く光が飛ぶ。軌道上の触手を全て薙ぎ払い、奴の身体に傷をつけた!
『ぐわあっ! なんだこの威力は!』
《スパチャスラッシュ!?》
《金の力で強くなる神》
《やはり金、金は全てを解決してくれる》
《賽銭とかって無駄じゃなかったんだな》
たまらずよろめき、攻撃の手を緩めた深きものに俺は追撃を開始する。一回、二回、三回と斬りつけると奴のタコのような身体から墨を思わせる黒い魔素の煙が吹きつけられた。どんな効果があるかも分からない、それに触れないように素早く飛び退いた。
『人の力を借りるか……だが、この程度で我を倒せると思うな!』
深きものが吐いた煙が奴自身の身体を覆っていく。傷を治すか、力を増すか。いずれにせよまた強力な攻撃を繰り出してくるに違いない。
《アヤ[¥10000]助けていただいてありがとうございました! おかげで無事に地上に戻れました。負けないでください!》
《10000スパチャきたあああ!》
《20倍のスパチャスラッシュいけえええ!》
《だんごむし[¥20000]倍プッシュだ》
《やべーのきた!》
《このだんごむし、本気だ》
「アヤ、無事だったか! だんごむし、ありがとう!(誰だこいつ)」
その後も何人かのスパチャが続き、わずかな時間で合計50000円もの投げ銭が行われた。恐ろしいほどの力が俺の中に蓄積されている。もはや目の前のタコなんかに負ける要素は欠片もない。
「これでおしまいだ、50000スパチャスラッシュ!!」
さっきの比ではない光が剣から放たれる。スラッシュと言っているが、もはや光の奔流だ。膨大な光の洪水が黒い煙に覆われたままのタコを飲み込み――全てを消滅させた。
《やったか?》
《フラグたてんな》
《大丈夫だ、モンスターの反応が消えてる》
《やったあああああ!》
《神に敗北はない》
《お前か、だんごむし》
深きものの消滅と共にダンジョンも消滅し、俺は地上に戻った。
だが、疑問が残る。大いなる災厄とはあいつのことだったのだろうか?
奴を倒しても、無数にあるダンジョンの一つが消滅しただけだ。これが意味することは?
何はともあれ、俺はこの新しい時代で、人と共に生きていくのだ。人の世の平和を守るために。
◇◆◇
地球のどこか。深いしわを顔に刻んだ男が、部下らしき者からの報告を受けて口を開いた。
「厄介なものが目覚めてしまったようだの」
部下を下がらせ、男は窓から下界の賑わいを眺めた。
「ダンジョンの発生によって人は活気を取り戻したのだ。全てのダンジョンが消えてしまえば、人類はまた――」
みなまで言わず、男は目を閉じた。これからの世界の行く末を思って。
~完~
長き眠りから目覚めた古代神は今流行りのダンジョン配信とやらをしてみようと思う〜スパチャが俺を強くする〜 寿甘 @aderans
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