第2話

「!? ……マジかよ」


 その文字を見た十束は、もう疑いようのない確信を得る。


(ここは『ブレイブ・ビリオン』の中だ!?)


 そうでなくとも、限りなく影響を受けた世界だということが理解できた。

 この《勇者ガチャ》がそれを証明している。


 これはユーザーが、初めてゲームをする時に行われる初期設定の一つ。つまりはチュートリアルなのだ。それが今、目の前で起こっている。

 息を呑みながら、震える手で画面に書かれている《勇者ガチャ》の文字を押す。


 直後、画面が変化し、そこに十一枚のカードが現れる。太陽を模した紋章が描かれたカード。これは裏の模様である。表はすべて伏せられている。


「ガチャ仕様も同じか……ならこっから一枚を選ぶんだな」


 説明などなくとも十束には分かる。開発者の知識さまさまだ。

 ただ、この初期設定のガチャ。これが『ブレイブ・ビリオン』においてのすべてを決めるといっても過言ではない。


 ここで少し、このゲームについて掘り下げてみよう。

 ゲームの舞台――平穏だった地球が、突如異世界と融合し変わり果ててしまう。あらゆる場所でダンジョン化が起こり、モンスターなどが自由に闊歩する世界に変貌する。


 その融合を行った存在――邪神を滅ぼし、元の地球に戻す。それがユーザーの最終目標。

 世界が変貌した直後、地球人たちに、今の十束のように突然システム画面が出現し、《勇者ガチャ》を強いられることになる。


 そしてこのガチャでは、『勇者』か『民』のままか、運命を選択させられるのだ。

 当然、ゲームの購入者は、必ず『勇者』になることができる。しかしNPCの中には、ガチャで外れを引き、『民』のままの者がいる。


 ストーリーでは、この設定のせいで、虐げられる『民』が暴動を起こすなどといったイベントなどもあるが、今それは考えることではない。

 すべての人に対し、平等に《勇者ガチャ》の権利は与えられるが、二つに一つ、どちらを引くか、基本的には運任せなのである。まあ、あくまでも主人公(ユーザー)以外の者たちの話ではあるが。


 そして、この十一枚のカードから一枚を選ぶと、その一枚が表に変わり、そこに書かれた何らかの『勇者』になることができる。

 さて、何らかの……と言ったが、それはこのゲームに存在する『勇者』は、それぞれランダムに設定された特性を持つ。


 例えばカードに〝剣〟と書かれていたら、その人物は『剣の勇者』の称号を得る。剣を扱うことに特化した攻撃職だ。


 剣や斧、鞭や弓などといった特性を持つ勇者は、『攻撃勇者アタック・ブレイバー』と呼ばれる。その名の通り、前衛で活躍しやすい。

 鎧や兜、盾や壁などといった特性を持つ勇者は、『守護勇者ガード・ブレイバー』と呼ばれる。こちらは守りに特化しており、戦いでは壁役に適している。

 火や水、風や雷などといった特性を持つ勇者は、『属性勇者マテリアル・ブレイバー』と呼ばれる。言うなれば魔法使いのような能力を持つ存在だ。


 この三種類が、いわゆる多くの者が得る適正であろう。ガチャの確率でも一番多い。故に、『勇者』として称号を得ても、他の者と被ることだってある。

 これ以外に、『特性勇者スペシャル・ブレイバー』といった、独自性の強い特性を持つガチャもある。支援に特化していたり、攻撃や防御、万能に立ち回ることができる能力を持っていたりする。


 つまり『特性勇者』はレア度の高い称号なのだ。ただし、これでも稀に被る可能性もある。確率的には一万分の一といったところ。


(だからこのゲームの本質を知ってる連中は、『特性勇者』が出ることを祈るはず)


 本質を知っている。開発に携わった者たちのことだ。

 しかしここが本当に『ブレイブ・ビリオン』の世界ならば、同僚たちがいるとは限らないが。自分だけが、こんな珍妙な体験をしているかもしれないのだから。


 ただ、たとえ同僚たちがいたとしても、こればかりは運なので、その存在を知っているだけに、普通称号を引いたら悔しいだろう。


「……けど、これは知らないだろ」


 十束はニヤリと笑みを浮かべながら、一枚のカードを指で触れた。

 すると大きくその一枚がアップされて、カードの下に〝めくる〟という文字が現れる。あとはこれを押せば、このカードが表に返って、十束がどのような『勇者』になるか決まる。


 しかし十束は、しばらく何もせずにジッとし続ける。一分が過ぎると、また元の十一枚に戻り、選び直しになった。


(よし、この戻りの仕様もちゃんと反映してんだな)


 初見の人は、一度選んでしまったら、もうめくるしかないと諦めることだろう。


(俺が設定したギミック(裏技)が生きてる……だったら、もしかしてこれも!)


 今度は両手の人差し指で、それぞれ違うカードに触れる。すると、アップすることもなく、今度はそのまま指を動かすと、ドラッグできるようになっていた。


「よし、いいぞ!」


 十束は、二枚を動かし、別のもう一枚のカードの上に、合わせるように持ってくる。

 そうすると、三枚が融合して一枚になった。

 同じように外の二枚を、三枚が一つになったカードの上に持ってくると、また合わさって一つになる。そうして、次々と画面のカードが消えていく。


(これが俺だけが知ってる裏技の一つ――〝融合システム〟!)


 社長ですら知らないギミック(裏技)。この手順でなければカードは動かせないし、融合させて一枚になることはない。


(こうすることによって、レアカードを引ける確率が上がる技だ!)


 最後の一枚になると、虹色の輝きを放つカードに生まれ変わった。


「さて、あとは……運次第だな」


 今度こそ残り一枚を選び、〝めくる〟を押す。

 眩い光とともに、カードに隠された正体が明らかになる。


 ――〝食〟――


 現れたのは、攻撃でも防御でも属性でもない、間違いなく『特性勇者スペシャル・ブレイバー』だった。

 同時にシステム画面は消えて、代わりに二メートル近いくらいの銀色のフォークが目の前に出現した。


 これは《メガフォーク》と呼ばれる、『食の勇者』に与えられる初期武器だ。『勇者』にはそれぞれ、こんな感じで称号が決定すると、それに見合う武器が与えられる。


 その中でも、『特性勇者』の武器は特別製で、何らかの特性を持っているものが多い。つまり最初の時点から有利なのだ。

 しかし、十束の表情には陰りが生まれる。


「くそ……悪くないけど、俺が求めてんのはこれじゃねえ」


 実際、レア度の高い称号なので、潜在的な能力を考慮すると大喜びするほどだ。だが、十束には、すでに決めている称号がある。

 ただ通常なら、ガチャは一度だけ。引いてしまったら、もう引き返せない。ある方法を取らなければ、やり直すことなんてできないのである。


 その方法は、激レアアイテムである、《リセットチケット》を入手すること。そのチケットを使って、一度だけカードを選び直すことができるのだ。


 ただし、チケットがあるのは、隠しダンジョンの奥に住まう凶悪なボスを倒すことが条件。今すぐに向かうことなどできない。行けたとしても、初期レベルでは攻略不能。最低でも70くらいは必要になる。だからそう、現在リセットはできないのが普通である。


 だが、十束は社長から、裏技設定とバグ修正を任されていた人物。

 誰もが思うであろう、リセット要望。もっと簡単にできるような技があるのだ。そしてこれは、開発で発生したバグのせい。ちょうどその修正を、あの日はしていたのである。残念ながら修正は間に合わなかったが。


(まずはステータスを確認するか)


 勇者の適性が定まると、ステータスが大幅に変化する。



――――――――――――――――――――――――――――――

サキヤマ トツカ    Lv:1  NEXT EXP:8


HP:35/35    BP:10  SP:3

ATK:E+  DEF:D+   RES:D- 

AGI:F+  HIT:F++  LUK:A


スキル:《地図(マップ)》・|袋(バッグ)

Bスキル:《|万物食化(オール・イーター)》

称号:食の勇者

――――――――――――――――――――――――――――――



 これが勇者の初期設定数値。実はこのゲームでは、一ランクの差がかなり大きいのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る