ブラック企業のゲーム開発者は最強攻略者 ~裏技とバグを知り尽くしているからね~
十本スイ
プロローグ
「…………………………………………死ぬかもしれん」
もう何度、同じことを考えただろうか。
眠気と疲労が限界を突破し、定期的に意識が飛ぶ。それでも
瞬きをすれば、その瞬間に寝落ちしそうな誘惑に耐え、画面に映る文字や数字を見続けていた。
見ると、十束以外のデスクに座っている連中は、すでに事切れているかのように突っ伏したり、床にぐったりと横たわっている。今なお作業しているのは十束だけ。
(あー今日で貫徹何日目だっけ? 三日? 五日? はは……覚えてねえわ)
目の下には、まるで墨を塗ったかのような隈がくっきり浮き出ており、頬は痩せこけ、死んだ魚のような目になっている。ゾンビのようだと言われても過言ではない。
(ていうか、このバグの多さ。その修正を俺一人にさせてんじゃねえぞ。だからこの人数で、しかも短期納期は無理だって言ったんだ。それなのに強行突破しやがって……っ)
十束が身を置く会社――【株式会社:ジンギ】。そこでゲームクリエイターとして勤務している。
ただ、そこは完全なブラック企業であり、有名企業でもないから社員も少ない。それにも関わらず。大手企業に負けたくないという社長の身勝手な我が儘で、到底無理なゲーム開発を下に任せるのだ。
ほぼ無理難題ともいえる黒い作業を、これでもかというくらい下っ端に振ってくる。それでできなければ減給や解雇。
(俺だってこんな会社に勤めたくなかったしなぁ)
だが世は、未曽有の就職難と言われ、有名大学出身者でも就職率は30%を切るらしい。二流大学しか出ていない十束も、就職には非常に時間がかかった。アルバイトすら見つからないくらいだ。そんな中、唯一引っ掛かってくれたのが、この会社。
小さい頃からゲームが好きで、ありとあらゆるジャンルのゲームをしてきた。将来は自分がはまったような、面白いゲームを作りたいと思い、クリエイターを目指したのである。
たとえ小さな会社でも、いや、小さな会社だからこそ、ここから大ヒットを飛ばせたら、とてつもない自信と達成感を得られると、これまで頑張ってきた。
だが、勤めて三年。
そこそこ需要のあるゲーム作りに携わり世に送り出せたが、まだ納得できていない。
それに手応えを感じたゲーム作りに限って、社長が無理難題を吹っ掛け、結局納期に間に合わずにお陀仏と化した例もある。そして今回のゲームも、産声を上げずに終わるかもしれない。
(内容は面白い。設定も抜群。なのに……こんな小さな会社で作れるようなゲームじゃねえだろうに)
『ブレイブ・ビリオン』――会社史上最大規模のオンライン対応アクションRPG。オープンワールドで、将来的にはシリーズ展開を目指し、最終的にはVR化する予定らしい。その開発途中。納期は何と翌日。
それなのに完成度は、まだ九割。あと一割といっても、この最後の詰めが一番時間がかかるし、一番気を遣う作業なのである。しかもバグが多くて、その修正に、十束は四苦八苦していた。
さらにユーザーに夢中になってもらえるように、裏技も多様に作れとか、盛りだくさんの設定を乗せろとか、あれもこれもとかマジで頭がおかしいのだ、うちの社長は。
ただ、内容そのものに関しては確かに面白く、是非とも作ってみたいと思うような企画だった。ストーリーの組み立ても関わらせてもらい、最初から最後までガッツリ関わった開発は、これが初めてだったので、できれば完成させ、世界中の人々に遊んでもらいたい。
もし本当に完成すれば、話題になる確信があった。それだけの潜在能力がある作品だと思う。子供から大人まで、そんな最高傑作に夢中になってほしい。
十束が、今もなお匙を投げずに続けているのは、そんな夢を叶えたいという気持ちが背中を押しているからに他ならない。
だから周りの人間が倒れても、休憩を取っても、十束は決して手を緩めずに仕事を続ける。そんな異様ともいえる姿から、十束は社内でこう呼ばれていた。
――『デスマーチ王』、と。
別に嬉しくもないし、誇れるようなことでもない。こっちはただ、最高傑作と思えるような、このゲームの完成を見たいだけなのである。
まあ、口下がらない連中からは、ドMだの仕事ゾンビだの、完全に異常者扱いされていた。確かに、フラフラになりながらも、決して手を止めることなく仕事し続ける十束の姿は、常軌を逸しているように見えただろうが。
(けど……さすがにもう限界……かもな)
頭の中には、文字と数字が次々と浮かび上がって隙間なく埋まっていく。そんな億を超えるほどの〝字〟の圧力で、そろそろパンクしそうだ。
「……ん? 雨……か」
今気が付いたが、外は土砂降りになっていた。窓を打つ雨音が激しい。まるで台風でも来たかのようだ。
「あれ? 今日は降水確率0%じゃなかったっけ?」
そんなことをトイレに行った時に、同僚たちが話していたのを耳にした。ずっと会社に缶詰めなので、外がどうなっていようが関係はないのだが。
時刻は深夜の三時。漆黒の空を、時折稲光が照らす。その度に、空から轟音が鳴り響き、腹の底がうずく感覚を得る。
こんな音がしてもなお、いまだに起き上がる人物が一人もいない。死んでるのではないかと思うほど静かだ。
するとその時だ。
勢いよく音を立てて、通路に繋がる扉が開き、その音で、十束は反射的に顔を向けた。
そこには英国紳士が着るような黒と白を基調としたスーツを着て、頭にはシルクハットを深く被った何者かが立っていた。
「え……えっと、どちら様でしょうか?」
少なくとも、こんな格好をした社員はいない。
深く被っているシルクハットと、顔を軽く俯かせているせいか、素顔が分からない。
男だと思うが、その人物は、手に持っているステッキを高く掲げ、
「――さあ」
野太い声音が耳を打つ。
そして男が、ステッキを勢いよく下ろし床を叩いた。
刹那――今まで聞いたことのないほどの音とともに轟雷が落ちた。同時に窓ガラスが砕け散る。それはまるで、すぐ目の前に落ちたかのような眩い光が周囲を包み、一瞬真空状態になったかのごとく無音の状況が生まれる。
同時に、流れる時間がゆっくりになる間隔に陥った。
(あ…………これ死んだ……?)
このあとの結末が瞬時に脳内を駆け巡った時、十束は確かに聞いた。
「――新世界へ、ようこそ」
言葉の終わりとともに、十束の意識は遠のいていった。
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