2-4
◇
屋上から見上げる空の距離感を考えて、その途方の無さにため息を吐きそうになる。
手を伸ばしても届かないものが多すぎる。そもそも俺は手を伸ばすことをしていないけれど、手を伸ばしたところで手に取れるものはあまりにも少ない。
自分に行動力があれば。理由がなくても行動をすることのできる器量があればよかった。何に対しても理由を求めてからでないと行動できない自身の不安定さ、正しいものを正しいと自分自身で信じることのできないどうしようもなさ。それをどこまでも反芻して、俺はあらゆることがどうでもよくなってしまう。
今日は、雲一つない晴天だった。
太陽の日射が俺の肌を焼いているような気がする。そのまま焦がしてくれるなら、きっとどれだけ俺の精神は負担が少なくなるのだろう。
そもそも負担などあっただろうか。自分で演出しているだけに過ぎないかもしれない。
自縛を続けているような感覚がする。
どうしてそれを背負うのか、内なる自分が問いかけてくる要素が手元にあるような気がする。
俺は、俺自身にさえ手を伸ばせていない。手を伸ばそうとも思わない。獲得できると考えていないから、腕を伸ばすことも考えずに、俺はそれをあきらめてしまうのだ。
チャイムの音が鳴り響く。屋上から聞こえてくる五限目の開始の合図は遠くに感じる。
屋上はもともと学校の中では立ち入ることを想定されていない場所だ。だから、スピーカーなどは設置されていない。
きっと、また重松にガミガミ言われる。……今は、彼に対して面倒くささよりも、彼の時間を奪ってしまう申し訳なさが反芻する。
だが、何も行動する気は起きない。
伊万里のこと、愛莉の事、皐の事。
ルトに言われたこと、正義の事、正しさについて。
俺がやっていることは、正しさではない。
きちんとした言葉で俺を表すのであれば、ただの偽善者なのだ。
それも、中に真も芯も存在しないだけの、中身が空虚な機械のような人間。
そんな人間が正しさを求めるのは、何か間違っているんだろうか。
正しさは一つの指標になる。正しいことをしていれば、それだけで人として強くなれるような気がする。
何もないからこそ正しさを求めている。幼い頃はそうではなかったはずだ。でも、今はそう振舞おうと努力している。
どうして努力をしているのだろう。すべてを投げ出してしまえばいいのに。
──だから俺は、伊万里に惹かれたのだ。
初めて彼女を見たときに、孤独を誇示するようにふるまう彼女の姿には、彼女の内面には“自我”が存在していた。
私は私、ということを伝えてくれる要素が確かに彼女にあった気がした。
俺には何もないから、それをひどく羨んでしまう。俺も、そうすることができればよかった。
俺にはできないのだ。
いろんなことがフラットに感じる。
その場しのぎの会話も、そこでふざける一瞬の間のつなぎ方も、終わってしまえば『それだけだった』、そんな感情で終わる。
俺は、本当に愛莉を好きだったのだろうか。
きっと、好きだったのだろう。でも、それを彼女に伝えることは、付き合ってから一度もしたことはなかった。
どうして付き合ったのだろう。その場の流れだったとしか思い出すことはできない。
彼女は俺に気持ちを伝えてくれた。彼女の名の通りに愛を振りまいてくれた。
俺はどうだろう。彼女に報いていた経験があるだろうか。
思い返してみても記憶の中には存在しない。それだけ彼女には寄りかかっているのに、彼女からの寄りかかりを拒絶して、俺は結局屋上に逃げ込んでいる。
俺は、彼女を拒絶するべきではなかったのだろうか。
男女という関係とは何なのだろうか。
関係とは行為をすることによって強固になるのだろうか。
行為を選択したとして、それが独りよがりであれば、それは正しさで無いような気がする。
それを彼女にしてもらうこと、俺が彼女にすることは明らかに釣り合っていない。
やはり、どこか非道徳的だ。倫理が成立していない。
彼女と俺の価値観は合っていない。
それで付き合うことは許されるのだろうか。
許してくれていたのは、愛莉だけだ。俺は俺自身を許すことができなかった。
──ふと、響く屋上の扉を開く音。
錆びついた金具が軋みをあげて、ぎぃ、と音を立てる。
「やっぱり、ここにいたんですね」
彼女の声が、聞こえてくる。
無視をしようと思った。だが、捩らせた空の軸は、俺の視線は彼女をとらえて仕方がない。
「……授業は」
「お互い様ですよ、サボり魔さん」
「ああ、そうだな。サボり魔」
伊万里が、そこにいたのだから。
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