第12話 佐藤侑里の葛藤



ぼんやりと鏡に映る自分を見ながら私、佐藤侑里は髪を乾かす。いつもと違うリンスの香りを感じながらドライヤーをカゴにしまってドアを開ける。



「上がりましたあ~‼」



そう、今日は志真ちゃんのお部屋にお泊り。

まあ、お泊りと言っても同じマンションだから、同じ屋根の下ではあるんだけど。


志真ちゃんの返事がなかったから様子を見に行くと、食い入るようにPC画面を覗き込んでいる。…配信三昧で視聴者さんに心配されている私が言うのもなんだけど、そんなに近づいて画面を見ない方がいいと思う。



《なっ、なっ、なんで? どうして、夢空くんが…?》



「ああっ‼ バレちゃったっ‼」


「わっ!! ど…どうしたの?」


「あっ、侑里ちゃん。お風呂上がったんだね。驚かせちゃってゴメン」



いきなり志真ちゃんが大きな声を出したから思わずビックリしちゃった。志真ちゃんは私がお風呂に入る前からお兄さんの配信を見ている。



「ううん、大丈夫だよ。それで、お兄さんがどうかしたの?」


「えーっと、ちょっとしたハプニングがあっただけだよ〜」


「ハプニング?」


「うん。なんだというか…Vtuberの配信オフモードを視聴者さんがこっそり観てたのがバレた、的な?」


「…すごい具体的な例えだね」


「あはは…」



おもむろにマウスを握った志真ちゃんはカーソルを操作して配信を3分前に戻す。一部始終を観た私はなんとなく状況を察する。



「この、レイさんって人が普段は威厳ある感じで振る舞ってるんだけど、たまたまお兄ちゃんがレイさんの可愛らしい面を知っちゃった、って感じ」


「たしかにカッコいいね、この人」


「でも、猫と戯れてるところとか凄く可愛かったんだよ〜!! 語尾に”にゃ“ってつけてたり!! あと歌も上手かった!!」



興奮気味に志真ちゃんが捲し立てる。

…目をキラキラさせて楽しげに話す志真ちゃんも、十分にカワイイと思う。


それに、志真ちゃんはとても優しくて、強い。


お母さんが突然マンションに来たとき、思わず助けを求めた私のために、嫌な顔をしないで来てくれてた。今日も、私に気を遣ってお泊りに誘ってくれている。



「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」


「…いつも、ありがとう」


「侑里ちゃん?いきなりどうしたの?」


「ううん。なんでもない」



心配そうな表情を浮かべる志真ちゃんに、私は笑顔を見せる。…自分でもぎこちない笑顔になっているのは分かる。


本当に、志真ちゃんが同期で良かった。



「…そう? なら良かった。もう夜の3時だし、寝よっか。明日も配信あるでしょ?」


「うん。そうだね」



私達は2人で同じベットに入る。何回か志真ちゃんのお部屋に泊まりに来てるけど、この瞬間はいつもちょっとだけ緊張する。灯りを消して、視界が真っ暗になると、志真ちゃんが私の手を握ってくるのが分かった。


手を握る志真ちゃんの力が少し強くなる。



「侑里ちゃん、味方だからね。おやすみ」


「…おやすみ」



“ありがとう、ごめんね”



本当に言いたかった言葉は、出せなかった。


それを言ったら、泣いてしまいそうで。私は握られた志真ちゃんの手を握り返して、眠りに落ちていくのだった。



▲ ▽ ▲



翌朝、私達はお昼前に目が覚める。

普通だったら大学は長期休暇だから予定はないけど、私達には配信の予定がある。



「それじゃ、配信頑張ってね」


「うん。ありがとう」


「いえいえ。まあ、どっちかって言うと侑里ちゃんは配信頑張りすぎなんだけどね」


「あはは…でも案件配信もあるし、頑張らなきゃ」


「そうだね。せっかく先輩と私達に案件依頼をを貰えたんだし、頑張らないとね!!。」


「がんばろうっ!!」


「うん、元気出たみたいで良かった。それじゃ、またね」



軽い会話をして私は志真ちゃんのお部屋を出る。

少し名残惜しい思いを残して私は階段を登って自分の部屋に帰る。



「ただいま」



誰もいない部屋に声を掛ける。


さっきまでいた志真ちゃんの部屋と全く同じ間取り。それでも、自分1人しかいない部屋は、どこか暗く、広く、寂しく感じる。


今すぐ引き返したくなる気持ちを抑えて私はパソコンの前に向かう。



「配信、始めなきゃ」



志真ちゃんは“元気が出たみたい”って言ってくれたけど、正直、あんまり元気はない。


お母さんに活動のことを言えない私が悪いのは分かってる。大学の授業が疎かになっているのも分かっている。


それでも、Vtuberの活動は、とにかく楽しかった。引っ込み思案で大人しかった私が、沢山の人の前でこんなにお話しできると思ってなかった。


やっと居場所を見つけられたと、そう思った。私は佐藤侑里であって、でも、確かにこの胸には一宮リリアの魂を宿している。


だからこそ、みんなが受け入れてくれた一宮リリアとして。変わらないキャラクターで、配信をしないと、ダメ。



「…がんばろう」



パソコンを起動して配信支援ソフトを立ち上げる。いつも通りの手つきで準備を進めて、最後に目を閉じて、深呼吸する。


…大丈夫。私は一宮リリア。

リリアは現実世界のことに引っ張られるような、そんな弱い女じゃない。


さあ、配信を始めよう。

リリアを待ってくれている人達がいるんだから。



「こんちゃー‼ アリアリ所属、一宮リリアでーす‼ アンタたち、こんな真昼間から、暇なの?」



流れるコメントを見て思わず口角が上がる。

今日の配信も長丁場になりそうな予感。せいぜい視聴者さんが悲鳴を上げるまでは付き合って貰わないとね。


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