第8話 久々の身バレと妹からの相談
≪~♪≫
夜のダンジョン配信を終えて昼過ぎまで寝ていた俺はDiscordの通知音で目を覚ます。…せっかく気持ちよく寝てたのに。そんなことを思いながらステータスを開くと、来栖からのチャットが入っていた。
[12:13 来栖桃太:た す け て]>
[12:13 来栖桃太:通話希望 ]>
立て続けに送られてきたチャットを見て、俺を嫌な予感が襲う。具体的には、厄介事に巻き込まれるという予感が。…来栖は良いヤツだが、アイツが持って来る案件は大体の場合、面倒なことが多い。
≪~~~♪≫
無慈悲にDiscordの着信音が鳴り響き、俺は溜息をつく。…せめて今日が平日で、13時には来栖が業務に戻る事だけが救いである。
「はーい、夢空でーす。」
「おっ、出たな。お疲れっす、来栖です」
「おせわんなってまーす」
「めっちゃ嫌そうに電話出るなよ…。あと、もはや朝霞じゃなくて夢空で名乗るんだな。」
「…うるせえ」
来栖が明らかにニヤついているであろう声で通話に出る。…めっちゃうぜぇ。いつも配信の手伝いとかしてくれてるから耐えているが、今すぐ電話を切りたい。
「まあ、そう嫌がりなさんな。お前にはニュースを持ってきたんだよ。」
「ニュース? 何だよ、たすけてって言うから渋々通話に出たのに」
「それも関係ある話だ。まあ、お前にとっちゃ悪いニュースかもしれないが…おめでとう、朝霞君。俺以来、久々の身バレだ。社長、江崎さん、俺以外にもう1人、お前の秘密を知ってしまったヤツが現れたぞ」
…は? マジで言ってんのか?あと、なんで来栖はこんな嬉しそうなんだ?性格悪いぞ。
まあ、正直な所いつかは誰かにバレるとは思ったが、問題は“誰にバレたか”だ。
「…誰にバレたんだ?」
「知りたいか?」
「はやく言え」
「へいへい。お前の後輩の
来栖から発せられた名前を聞いて、俺は年次が2つ下の後輩を思い浮かべる。俺がOJTを務めた、超絶しっかり者のシゴデキ後輩。それが俺が空に抱いている印象だ。
「え、マジで? 関わり薄い人にバレるよりよっぽど困るんだが。でか、多分だけど俺の仕事全部引き継がされてめちゃくちゃ恨まれてそうで怖いんだけど。」
「なに言ってんだよ。恨まれてるに決まってんだろ。」
「だよな…仕事押し付けたみたいで申し訳ないわ」
「…朝霞、お前やっぱアホだわ」
「は?」
「天音ちゃんは、お前がなんで何も言わずに自分の前からいなくなったのかってブチギレてんだよ。普段あんだけ落ち付いてるあの子が黒田部長に食って掛かったんだから。なんなら黒田部長もブチギレて人事部に乗り込んできたんだぞ? 愛されてんなあ、朝霞くん」
「…」
「分からないとは言わせないからな? 天音ちゃん、お前の過去配信全部漁って、俺がスタッフやってることまで突き止めて来たんだから。どこで気付いたかは分からんが、天音ちゃん曰く、“私が朝霞先輩の声を聴き間違うはずがありませんっ‼”だってよ」
「…分かったよ。それで、認めたのか?」
「ああ。素直に答えたよ。これはお前ってよりは天音ちゃんの為だ。」
「空の?」
「そうだよ。天音ちゃん、お前が休職になった後、死ぬほど働いてたんだから。あの子、完全に仕事で現実逃避するタイプでさ、黒田部長が心配するほどストイックに働いてたからな。最近、突然あの子の残業が減って、何かあったかと思ってたら今日の朝に凸られたんだよ」
「…そうだったのか」
「…お前、あんまり人からの好意から逃げない方がいいぞ。過去に何があったかは知らんが、今を幸せに生きろ。好意から逃げる言い訳を作るな。これは忠告だからな?それだけだ。」
「わかってる」
「分かってんなら、それで良いよ。とりあえず今日の配信も頑張れよ。今日はシーナちゃんとレイさんの3人で探索だったよな。サムネとタイトルは作ってあるから」
「…おう。いつもありがとな」
「へいへい。それじゃ―な」
来栖との通話が切れる。
色々な感情と考えが頭の中を駆け巡っては、蓄積していく。
「はあ~‼ 俺もまだまだだな」
思いっきり伸びをして深呼吸する。
…空には悪いことをした。また1つ現実に帰る理由が出来てしまった。
ステータスを開くと時刻は既に13時を回ろうとしている。来栖の昼休みを奪ったことに少しの罪悪感を覚えながら、俺は顔を洗いに立ち上がるのだった。
▼ △ ▼
≪~~~♪≫
時刻は夕方の5時。遅すぎる昼食を食べていると、再びDiscordの着信音が鳴る。
画面を見ると、今度は“東雲マリア”の名前が表示されている。…未だに妹が有名Vtuberであるという実感が掴めていない。普通に着信画面見るとドキッとするし。
「はい、もしもし」
「あっ、お兄ちゃん!もしもし?」
「うん」
「ちょっと相談したいことがあって、今お兄ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫だよ。志真、何かあったの?」
「私は何もないんだけど、実はね…」
志真は事務所の同期、一宮リリアさんとの出来事を俺に話す。どうやら一宮リリアさんはVtuberをしていることを両親に隠しているみたいで、志真は一宮リリアさんが彼女の母親に大学の成績のことで怒られている現場に遭遇してしまったらしい。
「…それで、私はリリアちゃんに何て言って励ましたらいいかなって。お兄ちゃんだったら、どうすると思う? リリアちゃんは誰よりも配信活動を頑張ってると思うから…それを知らないお母さんにあんなに怒られてるのが、悔しくって」
「志真の気持ちは分かるけど…お母さんの言ってることは正しいからなあ。真っ向から反論するのは難しいと思うな。厳しい言い方をするなら、しっかり大学の単位を取るしかないよね」
「でもっ‼」
「まあ、それが難しいのも分かるよ。どっちかって言うと、そこよりは、むしろ一宮リリアさんに対するお母さんの認識がズレてきてるのかもしれないね。俺が少し見ない間に志真が自分の意志でVtuberになって活躍してたみたいに、お母さんにとってはリリアさんがまだまだ保護しなきゃいけないっていう存在に思えてるのかも。」
「…それは、あるかも」
「多分だけどさ、その子も志真みたいに何かを変えたくて“一宮リリア”というVtuberになろうと思ったんじゃないかな? 俺だって少しはそうだった訳だし。」
「そうなのかな? 確かに普段と配信中は雰囲気が違うけど…」
「とにかく今は、志真の言う通り、志真がその子の頑張りを認めて、支えてあげるのが良いんじゃないかな? その子が自分の殻を破るまで、その子が孤独にならないように、近くにいて、味方でいてあげればいいと思うよ」
「…うん。なんだかスッキリしたかも。」
「なら良かった。あんまり具体的なこと言えなくてゴメンな」
「ううん。ありがと、お兄ちゃん。そう言えば、今日は誰と配信するの?」
「ああ、今日は…」
その後、俺達は他愛もない話をして通話を終わらせる。心なしか、少しだけ明るくなった妹の声を思い出して俺の口角は僅かに上がる。
「ちょっと早いけど商店街ブラつきながらダンジョン向かうかー‼」
俺は小さく気を吐くとカフェの席を立つ。
今日はシーナとレイさんと3人でダンジョン探索の予定だ。
頑張っていこう。沈み始める夕日に、俺は目を細めるのだった。
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