第7話 佐藤侑里からのSOS


スマホの通知を見た私の頭が一気に回転を始める。チャットが入ったのは大体30分前。侑里ちゃんは私と同じマンションの階違いの部屋に住んでいる。


次々と浮かぶ悪い想像を振り払って私はチャットに返信を打ち込む。



<[どうしたの?何かあった?どこにいる?]


[親襲来。鍵開けてあるから、たすけて]>


<[え?]


[た す け て !!]>



すぐに既読が付き、すぐに返信が来る。

侑里ちゃんのチャットを見た私は、ヘナヘナとその場に脱力する。


よ、良かった…めっちゃ心配した。

とにかく侑里ちゃんに危害があったわけではなさそうで安心した。


Vtuberとして身バレや防犯意識を高く持っているつもりだが、万が一ということがありえる。事務所の先輩はプレゼントにGPSや盗聴器が仕掛けられていた、なんてこともあったそうだ。



「…いや、鍵開けっぱなしって、ヤバいでしょ」



私は溜息をついて立ち上がる。…私の心配を返して欲しい。そんなことを思いつつも侑里ちゃんの部屋に向かう私にも、しっかりと朝霞家の面々に流れるお人好しの血が通っているということなんだろう。とにかく、侑里ちゃんの部屋に行こう。



私の部屋を出て、階段を2階分降りて、4つ目の部屋。ここが侑里ちゃんの部屋だ。所要時間わずかに3分半。コンビニに売ってる少しお高いカップ麺ならまだ出来上がらない。


何度かノックしても反応がないため、私はゆっくりと扉を開ける。



「…おじゃましまーす」



ホントに鍵は開いていた。


ゆっくりと廊下を進むと、閉じられたドアの奥から女性の声が聞こえてくる。どうやら侑里ちゃんのお母さんが喋っているみたいだった。


…ちょっと怖くなった私はドアの前でこっそり聞き耳を立ててみる。



「侑里、あなた、大学にすらちゃんと行けないの!?」


「・・・」


「お母さん、送られてきた成績を見てビックリしたわ。ほとんど単位を取れてないじゃないっ‼ なによ、たったの13単位って。このままだと大学中退になっちゃうわよ?せっかく良い大学に入れたのに」


「・・・」



何となく話が見えてきた。

どうやら侑里ちゃんの大学の成績が実家に届き、それを見た侑里ちゃんのお母さんが様子を見に来たって感じみたい。


まあ、侑里ちゃんって起きてるほとんどの時間配信してるから、そりゃ大学の成績は良くないのは分かる。なんなら13単位も取れてる方にビックリするくらい。


…もしかして、侑里ちゃんってお母さんにVtuberやってることを言ってない?



「これじゃあ、頑張った勉強が無駄になっちゃわよ? 1人暮らしを始めた途端にこんな高そうなパソコンやらマイクやらいろいろ買って。まさか、高校までゲーム禁止だったからってゲームばっかりやってるんじゃないでしょうね? 親の仕送りを無駄遣いしないでちょうだい」


「・・・」


「何かあるなら黙ってないで言ってちょうだい。あなたは昔っから黙ってばっかり。こんなことなら、わざわざ東京の大学に通わせて1人暮らし何てさせるんじゃなかったわ。せっかく、やっとの思いであなたをここまで育てたのに…お金ばっかり使って、東京で自堕落な生活させるためにあなたを育てたわけじゃないのよ?」


「そんな言い方、ないんじゃないんですか?」



…思わずドアを開けて飛び出してしまった。それでも、我慢できなかった。


私は知っている。侑里ちゃんがどれだけの努力をして配信活動をしてきたか。どれだけ真剣に配信活動に向き合っているのか。どれだけの労力を割いて活動しているのか。


侑里ちゃんが自分のお金でPCや配信機器を揃えていることも知っている。



「なによ、いきなり。あなた、誰?」


「私は…」



チラリと侑里ちゃんを見ると、私を見て首を横に振る。



「私は、侑里ちゃんの友達です。お母さんの言いたいことも分かりますけど…あんな言い方はひどいと思います‼ 侑里ちゃんだって一生懸命頑張ってます‼ 」


「そうなの? でもウチの子は意志が弱くて、自立能力が低いのよ? 現に大学の成績だって全然じゃない。それで何を頑張っているというのよ? あなたは侑里の大学の友達?」


「違います。でも、お母さんは知らないかもしれないですけど、侑里ちゃんはとってもしっかりした友達です。それに、お金だって無駄遣いをしている訳じゃ、ないと思います。」


「・・・」


「・・・」



私と侑里ちゃんのお母さんは少しの間、視線を真っ直ぐに交わす。その時、3時を告げる時報が街に響くのが聞こえる。



「…まあ、分かったわ。それに侑里にも友達がいるみたいで良かったわ。私は今日帰らなく地いけないけど。侑里、後期の授業はしっかりと単位を取りなさい。分かったわね?」


「…はい。」



侑里ちゃんの返事を聞いて、侑里ちゃんのお母さんは部屋を出ていく。…なんだか、余計なことしちゃったかもしれない。



「…志真ちゃん、ありがとう」



か細い声が聞こえて振り返ると、侑里ちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。私は侑里ちゃんに駆け寄ってハンカチを手渡す。


必死に涙をこらえようとする侑里ちゃんの表情を見て、思わず私は侑里ちゃんを抱きしめる。小刻みに震える侑里ちゃんの背中をゆっくりと撫でる。



「大丈夫。大丈夫だからね。」



私は侑里ちゃんの嗚咽が収まるまで、彼女を抱きしめる。私が乗り越えなければいけない物があったように、侑里ちゃんにも乗り越えなければいけない物があるだけだ。だったら、私は侑里ちゃんを支えられるように寄り添う。それが同期という物だ。



▼ △ ▼



約2時間後。

侑里ちゃんは少し元気を取り戻していた。



「志真ちゃん、ほんとにゴメン」


「ううん、大丈夫だよ。ちょっとビックリしたけど…もう大丈夫?」


「うん。このあと配信もしなきゃだから。でも、志真ちゃんが庇ってくれた時、嬉しかったよ」



そう言って微笑む侑里ちゃんの顔を見て、私は少し安心する。配信予定もあるみたいだったから、私は急いで侑里ちゃんの部屋を出る。


…なんというか、怒涛の展開だったなあ。

そんなことを思いながら、私は階段を登って自分の部屋へと戻るのだった。

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