第10話 コボルドの支配者と可憐なる冒険者
「いや、マジで厄介だな‼」
俺はそう言ってコボルドジェネラルを大剣で叩き切る。周囲には俺を囲むように5匹のコボルドジェネラルが控えている。
【ピンチなんだけど謎の安心感があるな】
【それな。立ち回りが上手い】
【残り4体】
【同接も増えてるから攻撃力も相当高い】
【そういう意味ではコイツの命運は俺達が握っている!?】
【残り3体】
【普通にエグイ動きしてるよな】
【あ、2体まとめて屠った】
【この感じなら10層までなら余裕そうだな】
「よっしゃ‼ やっと解放されたわ。コボルドジェネラル10匹に囲まれたときは死んだかと思ったけど、何とかなった。マジで視聴者さんに感謝だわ」
…8層にもなると攻略も一筋縄では行かなくなってくる。そろそろ潮時かもしれない。死んでしまっては元も子もないし。
「やっぱり10層位までが1人で攻略できる限界な感じがする。長時間潜ってからさっきみたいに囲まれるのは普通にキツかったし、この層のマッピング終わったら撤収するか」
【マッピングはするのねw】
【たしかに囲まれたのがコボルドじゃなくてミノタウロスだったらヤバそう】
【リザードマンも槍だからキツそう】
【そういう意味では運が良かったのか】
【やっと下見が終わる…】@夢空ハル
「もう12時近いもんな。流石に潮時だわ。てか、スタッフ君は明日の仕事に支障出ないようにしろよ、マジで。配信終わってから作業とかすんなよ?」
【はーい】@夢空ハル
【素直w】
【ちゃんと返事できて偉い】
【スタッフ君おつかれ】
【なんかスタッフ君がかわいく見えてきた】
「なんでスタッフ君が視聴者に甘やかされてんだよ!! 今は散々戦ってる俺を労るべきだろ!!おい!!」
【いや、はよマッピング終わらせろよ】
【一生懸命戦って偉い】@Asari
【奥にミノタウロスジェネラルいるぞ。無駄口たたいてないで仕留めてこいよ】
【#喋ってないで戦え】
【夢空、うるさい】
【…あれ?】@Asari
【Asariママ浮いてて笑う】
【ん?】
【え?】
【悲鳴みたいなの聞こえた?】
【マジか、空耳かと思った】
突如、コメント欄が加速する。
そして、その原因を俺の耳もしっかりと捉えていた。
聞こえてきたのは女性の悲鳴。
恐怖に染まった声は、反響しているが遠くはないようだ。
俺は反射的に声のした方へ走り出す。
…どうか、間に合いますように。
【迷わず走り出したぞコイツ】
【こういう所いい性格してるよな】
【とりあえず頑張れ】
【他人を見殺しにしないのは好感度高い】
【こういう場面って普通は尻込みするよな】
【頑張れ、ハルくん】@Asari
息を切らして走ること約5分。
俺の視界がダンジョンの壁際に追い込まれるフードの冒険者を捉える。
「いやっ‼ 来ないでっ‼」
フードの冒険者は怯えながらも必死に剣を握りしめている。
約20匹以上のコボルドキング達を従えたひときわ大きなコボルドが下種な笑みを浮かべる。
≪Gyaaaaaaaaa‼≫
まるで訓練されているかのようにコボルドキング達がじわじわと冒険者を取り囲んでいく。
大きなコボルドの上にはモンスターネームの表示と共に3本のHPバーが見える。
「“ネームド:デスポル”ってことは、あいつネームドモンスターかよ‼」
無意識に口角が上がる。
こういう時は、笑うに限る。
俺は一切速度を緩めることなく襲われる冒険者の下へ駆け込んで行く。。コボルドキングの支配者が右手に持った断骨刀を振り上げる。
刹那、フードが外れて絶望に染まった少女の顔が顕わになる。
間に合えっ‼
走っている勢いそのままに地面を強く蹴る。
時間がゆっくりと流れる感覚の中で、少女とデスポルの間に着地し、大剣を抜き放つ。
「うおおおおおおおおおおお‼」
気づけば叫んでいた。
間一髪のタイミングで大剣が断骨刀を受け止め、押し込まれる。
≪Gyuua!! ≫
物凄い力で大剣が押し込まれていく。足を踏ん張って受け止めるので精一杯だ。…めっちゃ力強いな、コイツ。
踏ん張れ。精一杯、踏ん張るんだ。漢を見せるのは今なのだから。
「おりゃっよっ‼」
叩きつけられた断骨刀を半ば強引に押し返す。
デスポルは突然現れた俺に驚いたのか、少し後退りをする。
…逃げるなら今しかない‼
俺は大剣をデスポルの左目めがけてぶん投げる。
狙い通りに大剣はデスポルを捉え、苦し気な咆哮が上がる。
「お嬢さん、失礼」
俺は腰を抜かしてしまっている少女を抱えると一目散に逃げる。
負傷したデスポルもすぐに状況を把握し、部下のコボルドキング達に俺を追わせる。
少しだけ振り返ると、デスポルの右目と目が合う。その爛々と燃える瞳は憎々し気に俺を睨みつけているが、口元は怪しげな笑みを浮かべたままだ。まるで、俺の顔を憶えたと言わんばかりに、奴は笑みを深める。
「あ、あの…」
「ゴメン、今はちょっと待ってて。ダンジョンを出るのが先だ。」
…ここがボス部屋じゃなくてよかった。
さいわいなことに執念深いマッピングのおかげで8層の入口は把握している。このまま入口まで突っ切り、そのままワープでダンジョンを出よう。
後ろからは追いかけてくるコボルドキング達の足音が聞こえる。
流石は犬系統のモンスターというべきか、どんどんと距離が迫ってくる。
「犬は犬らしく棒でも追っかけてろ‼」
振り返りざまに適当な方向へ大剣をぶん投げる。
一瞬、コボルドキング達が立ち止まって、大剣を視線で追う。
「このまま逃げ切るぞ‼」
俺と少女は8層の入口の安地に駆け込む。
そのままワープホールに飛び込むと1層ダンジョン入口を選択する。
あと数メートルにコボルドキング達が迫る中で、俺達は消滅する。
視界が切り替わり、目の前には閑散としたダンジョン前の広場の景色が広がる。
【うおおおお】
【よくやった、夢空】
【耐えたああああああ】
【良かったああああああ】@Asari
【神 回 認 定】
【寝ないで見ててよかった】
【マジで緊張した‼ 手汗ヤバいわw】
…生き残った。コメント欄を見て実感する。
安心感で一気に全身の力が抜ける。正直立ってるのもキツイけど、踏ん張る。助けた女の子の前では最後までカッコつけたい。それが漢ってもんだ。
「あ、あの…ありがとうございます‼」
目の前の少女が俺に頭を下げて、そして顔を上げる。
白銀の長髪に紫がかったピンク色の瞳をした少女は、どこか高貴な雰囲気がある。
「いや、君が無事で良かったよ。」
「本当にありがとうございます。もし言って頂ければ、お礼の品は何でもご用意いたします。なにかお望みの物はありますか?」
「いやいや、君も冒険者でしょ。そんなに気を使わなくてもいいよ。困ったときはお互い様だ。」
俺がそう言って笑うと少女はきょとんとした表情を浮かべる。
…あれ、流石にカッコつけすぎたかな? てか、そろそろ膝が限界を迎えそう。
「もしかして、私のことをご存知ないですか?」
「いや、ゴメン。ここに来たばっかりで、あまり詳しくないんだ」
「そうなんですね…」
「…」
謎の沈黙。コメント欄では視聴者達が“カワイイ”の文字と共に狂喜乱舞してるけど。
少女は試すような視線でジッと俺の顔を見つめてくる。
「…お、お名前はなんていうんですか?」
「ああ、夢空ハルって言います。アナタは?」
「…シーナと申します。先程は本当にありがとうございます。」
「いやいや、偶然あの場面に立ち会えて良かったよ。流石に深夜のダンジョンで孤独に死ぬのは辛すぎるから。あんまり、気にしないでいいから。それじゃ」
俺は片手を挙げて立ち去ろうとする。
これ以上はマジで膝が持たない。おい、“家まで送ってやれ”ってコメントした奴。ぶっ倒れそうじゃなければ言われんでもそうするわ‼
「あ、あのっ‼」
「ん?」
「良ければ、今度一緒にダンジョンに潜りませんか?」
これは…どうすべきなんだ? ぶっちゃけ答えは1つしかないのだが。
熱いコメントもそうだが、そんなに期待するような瞳を向けられたら断れるわけがない。
「もちろん。ここで会ったのも何かの縁だしね」
「ありがとうございます‼ それでしたら、明日の11時にここに来てください‼」
「分かったよ。」
俺が頷くのを確認して少女は走り去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるのを確認して、俺は膝から崩れ落ちた。
「あー、瘦せ我慢もしてみるもんだな。マジで後1分長かったら、あの娘の前でこうなるところだったわ。まあ、そんな感じで、視聴者のみんなは満足してくれた?」
仰向けに倒れる俺の視界には夜空にそびえるダンジョンとコメントが映る
【大満足‼】@Asari
【カッコよかったぞ‼】@夢空ハル
【マジで感動した‼】
【神回すぎる‼】
【配信見ててこんな興奮したの初めてだわw】
【明日も絶対配信見に来る‼】
「満足してくれたなら良かった。ってことで、皆も明日の11時に俺の配信に集合な。下見のつもりが、最後はこんなことになるとは思わなかったけど、まあ楽しめたかな。それじゃ、おやすみ。」
【おやすみ~】
【乙~】
【おやすみなさい‼】
【また明日‼】@Asari
【乙です~】
流れるコメントを確認して右目を閉じる。
配信が終わり、視界には夜空とダンジョンだけが広がる。
…ああ、疲れた。
どこか爽快感のある疲労が全身を痛めつける。
…とりあえず近くのベンチで休もう。宿まで帰る体力なんて、どこにも残ってない。
【夢空ハルChannel】
『【異世界V】初の王都ダンジョン‼【戦闘アリ】』
最大同接︰8,600
高評価数︰1,246
登録者数:6,023(+1,203)
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