第1章 東雲マリアは公国皇女の夢を見る
第1話 善意と打算と背徳感
「まさかお兄ちゃんが異世界に行くなんてね…」
自室に戻った私、朝霞志真はぼんやりとスマホを見つめる。画面に映るディスコードのフレンド一覧に中に“夢空ハル”の名前はない。
…明里さんのフレンド欄にはあって私にはないのは、ちょっぴり悔しい。
「いいもん。部屋の掃除してあげないんだから。」
小さく呟いて私はベットに横になる。
スマホでYourTubeを開くと兄のアカウントである“夢空ハルChannel”を検索し、何となく配信のアーカイブ一覧を開いてみる。
「お兄ちゃんもVtuberやってるとは思わなかった。これも絶対に明里さんの影響だよね。」
兄の古くから友人であり、有名イラストレーターでもあった明里さん。
たまに兄の部屋で遭遇したことはあったが、のんびりとした雰囲気の彼女がイラストレーターだとは全く思っていなかった。何なら自分のアバターである東雲マリアちゃんを描いていたとは予想だにしていなかった。
「お兄ちゃんに自分もVtuberやってるって言えなかったな…」
別にVtuberとして活動していることを恥ずかしいとは思っていない。
きっと兄が自分の活動を応援してくれることも分かっている。ただ、何となく気が引けた。
「…まだ秘密でいいかな。」
私は自分を変えたくてVtuber事務所に応募した。
突き抜けた才能のない自分が嫌だった。周りに言われるがままに勉強し、努力し、優等生を演じていた自分が嫌いだった。無邪気に、自由気ままに振舞い、自分を守ってくれる兄が眩しかった。だからこそ。
「お兄ちゃんには、まだ秘密。」
そう言って私は夢空ハルChannelの最新アーカイブをタップする。画面の中で喋る人物は、間違いようがなく、兄の声をしていた。
画面の中で戦闘をする兄を眺める。
大学まで剣道をしていた兄の試合を何度か応援しに行ったことがあるが、まさにそんな感覚だった。
「やっぱり強いなあ」
そんな兄の姿を誇らしく見ていたときに、夢空ハルChannelのアイコンの周囲が赤い枠で囲まれる。
「ん?また配信するのかな?」
一旦アーカイブを止めてチャンネル画面に戻る。と、”LIVE“という表示とともに夢空ハルの顔が映し出されていた。スマホをベッドに投げ出して、PCの前に移動する。
«こんばんはー。約2時間ぶりの夢空ハルです。»
【乙~】
【アーカイブ見てたら配信始まって草】
【こんばんはー】
【ちょうどアーカイブ見てました‼】
画面の中でお兄ちゃんがニヘラと笑う。
私と同じくアーカイブを観ていた人達が続々とコメントしていく。…アリアリ以外の人の配信を見るのは久しぶりな気がする。
«あっ、さっきの配信ってアーカイブが上がってるんだ。正直、自分のチャンネルがどーなってるかも確認できないんだよね。»
«、、、あんた、何いきなり1人で喋ってるの?»
«じーー»
お兄ちゃんの配信画面に突如、猫耳の少女が乱入してきた。
ジト目でカメラを覗き込む茶髪のネコミミ少女が画面いっぱいに映し出される。
「かっ、かわいい!!」
…いけない。思わず声が出てしまった。
お兄ちゃん、どこでこんな美少女を拾ってきたんだろう。…とりあえず、かわいい。
【ねこみみ‼】
【かわいい】
【かわいい】
【なにこの可愛い生き物】
視聴者の人達も私と同じ感想だったみたいで、コメント欄が“かわいい”の4文字で埋め尽くされる。
«ハル。これ、なあに?»
«ああ、それはカメラって言って、、なんていうか、見てるものを記録する道具、だね。»
«へー。じゃあ私たちのことを誰か見るかもしれないんだ。おーい、みてる?»
ネコミミ少女がカメラに向かって手を振る。
…ああ、かわいい。かわいい以外の語彙が出てこない。
私は思わず配信画面をスクショする。
なんとなく私の視聴者達の気持ちを理解したような気がする。
«えーっと、こちら姉のサラさんと妹のリアちゃんの美人姉妹が一緒に戦ってくれることになりました。ちなみに、ここはダンジョンの中で、これからボス戦ということになります。ってことで拡散よろしく~»
«、、、あんた、いきなり美人なんて。照れるじゃない。»
«お姉ちゃん、ちょろい。»
【照れ顔サラちゃんかわゆい】
【かわいい】
【ふーん、そういうこと言うんだあ】@Asari
【Asariママwww】
【Asariママもよう見とる】
サラちゃんとリアちゃん。把握しました。
というか、明里さんもしっかり配信見てる。さすが。
「めっちゃ可愛い‼ 次の配信でこの子達の話したいな。でも、男の人の配信見たって言ったらファンの人に怒られちゃうかな? まあ、お兄ちゃんなんだから、何もないんだけど。」
私はベッドに放り出されたスマホを取るとAXを開く。お兄ちゃんの配信がトレンド入りしていないかを確認し、落胆する。
…トレンドに入れば配信を見ても違和感がないのに。
「こんなこと気にしなきゃいけないの、面倒くさいな。」
そんな呟きとともに、配信に視線を戻す。
画面ではお兄ちゃんがオークキングと戦っている。
「あれ? さっきみたいに簡単に倒れない?」
何度か兄の剣戟がオークキングを捉えるが、一向に敵は倒れない。
慌ててコメント欄を確認するが、他の視聴者さんも私と同じ違和感を感じているみたいだった。
【あれ、思ったより苦戦してる?】
【さっきから何発か攻撃当ててるけど、前の配信みたいに致命傷になってない。】
【↑わかる。相手のHP削り切れてない感じ】
【まあ、それでも立ち回りは安定してるから不安はないんだけどね】
【がんばれ】@Asari
【前の配信だと2発でオークキング仕留めてたよね】
【おっ、ようやく終わった。】
【乙~】
配信画面でようやく兄がオークキングのHPを削り切る。
兄の戦いぶりに関して不安はなかったが、アーカイブでは楽々倒していた敵に手こずっていたのには、確かに違和感があった。…相手の防御力が高かった、とか?
「とりあえずお兄ちゃんが無傷でよかった。」
一安心したからお茶を取ってこよう。
まだ配信が再開してから20分程度しか経っていない。配信は継続するだろう。
…お兄ちゃんとネコミミ姉妹との雑談とかだったら嬉しいな。
「お茶お茶~」
冷蔵庫にお茶を取りに行く。
冷蔵庫を開けて2ℓペットボトルを掴むと、戻りながらグラスを手に取る。
そう言えば、お兄ちゃんの部屋にあったグラスとお揃いなんだよね、このグラス。
≪Gyaaaaaaaaaaaaa!!≫
部屋に入ろうとした、その時、PCから聞いたことのない咆哮が聞こえた。
何事かと思って画面を見ると、そこには超巨大なオークの姿が映し出されている。
…まずい。
≪…ん?ネームド:オルクス。ってことはネームドモンスターってやつか。うわあ、HPゲージが3本もあるぜ、あいつ。≫
≪本当の意味での、このダンジョンの主ね。私も初めて見たわ。≫
…まずい、まずい。
≪3人で行けると思うか?≫
≪何言ってるの、あんた。ボス部屋からの撤退はできない。ここからの私達は、生き残るか、死ぬかしかの2択しかないのよ。弱気になってるなら、邪魔よ。≫
≪ここが漢の見せどころ。≫
…これは、完全にまずいパターンだ
≪分かった。俺も覚悟を決めよう。≫
私の中で何か嫌な予感がふつふつと沸き上がる。
こうなった時の兄は絶対に引き下がらない。それこそ、どれだけ自分が傷ついたとしても。
それは何度も兄に助けられ、何度も誰かを守る兄の姿を見てきた私にしか分からない感覚だった。
「どうにかしなきゃ。」
私の直感を裏付けるように、兄は心底嬉しそうな笑顔を浮かべている。
その時、急に配信画面に映る兄がカメラに目線を向ける。それは、まるで私の焦りを見透かしたかのようなタイミングだった。
≪ってことで、視聴者の皆さんにお願いがあります。≫
兄の表情は穏やかだ。
≪もしかした気付いている人もいるかもしれないんだけど、俺の攻撃力と防御力はこの配信の視聴者同接人数に依存してるんだよね。因みに、俺のHPはチャンネル登録者数に依存してる。ほら、ここ。≫
そう言って画面に映し出されるステータスに私は目を見開く。
そこには、確かにチャンネル登録数・同接数と同じ数の数字が並んでいる。
-----------ステータス-----------
ネーム:夢空ハル
ジョブ:--
HP:481(+348)/チャンネル登録者数に連動
ATK:721(前回∶MAX5000)/配信同接数に連動
DEF:721(前回∶MAX5000)/配信同接数に連動
スキルポイント:32(500Pt使用済)/高評価数に連動
武器︰
防具︰
スキル:Discord
---------------------------------
≪正直、同接乞食や登録者乞食に見えても仕方がないと思う。そこんところで不快になった人は申し訳ない。…でも、面白くないか? 皆の視聴がそのまま配信者のパワーになるんだ。だから、今だけでもいいから、見てってくれよ。≫
配信越しに兄はそう言ってニヤリと笑う。
いつの間にか見なくなっていた悪戯っぽい兄の笑顔。…最後にこんな兄の表情を見たのはいつだろう。
コメント欄を見ると賛否が綺麗に割れている。
“冷めた”、“結局は登録稼ぎ”と言ったコメントも目に付く。
【応援してる。頑張って】@東雲マリア
気付いた時にはコメントを打ち込んでいた。
私のコメントに気付いたのか、他の視聴者さん達が反応する。
中には“炎上”なんてコメントをする人達もいる。
でも、そんなことはどうでもいい。
多少荒れても、お兄ちゃんの配信の同接が増えれば今は問題ない。
それに、先程から明里さんだけコメントをしているのが、ズルかった。
「お兄ちゃん、頑張って。」
みるみる上昇していく同接数を見て私は少し安堵する。
スマホの通知が何度か鳴るが、それをベッドに放り投げてPC画面に集中する。
お兄ちゃんの戦いが始まった。
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