川上屋

@tnk17854

川上屋

なんとか納期に間に合ったな…

A社の正面玄関から出てきた俺はため息をつきながらつぶやいた。


俺の働いている会社はアルバイトも含め20名の地方にある小さな印刷会社

普段は昔から馴染みのある会社との仕事がほとんどだが、今回は珍しい新規のクライアントということもあって

社内総出で業務に取り掛かりなんとか今日までこぎつけたところだった。


俺は会社に戻り、無事納品が完了したことを報告した。

「みんな、よく頑張ってくれた!」

「特にたちばなくん!今回の件は君に一任した甲斐があったよ、ご苦労だったな!」

気難しく正直なところ好きではない社長もこの時ばかりは笑顔で労苦をねぎらってくれた。


「今日はパーッと打ち上げといくか!俺のおごりでな!」

社長の発言に社内が湧く。


どこにしましょうか社長?


酒好きで社内の宴会担当になっている山田やまだが聞くと社長は上機嫌で

「実は、川上屋かわかみやの予約を既にしているんだよ。」

と言い放つと、社内は歓喜の渦に包まれた。


川上屋!?もしかしてあの川上屋ですか!?

そう、あの川上屋だ!


料亭 川上屋……

会社から20分ほど車で移動した先の街はずれにあるのだが

それ以外に店に関する正確な情報はなく、ネット上にも店の評価や料理などの情報は全く出てこない。

入店するための手段はただ一つ、店のホームページから予約をし、連絡を待つのみである。


その秘匿性からか、実は料亭でなく権力者だけが集まることのできる秘密倶楽部ひみつくらぶだの人体実験場だの噂に尾ひれはひれがつき、半ば都市伝説と化していたこともあり

俺はそんな場所に行きたいと思うことすらバカバカしいと思っていたが、まさか実際に行くことになろうとは。


よし、じゃあ19時に現地集合ということで今日は全員仕事あがってよし!

社長の号令とともに皆退社の準備を始めた。


俺は妻の車で現地へと向かった。

「でもほんと驚き、まさかあの川上屋に行くことになるなんて。」

「そうだよなあ、夢にも思わなかった。」

「私の友達もずっと前から予約してるけど一向に連絡がないって嘆いてるんだもん、自慢しちゃおうかな。」

「おいおい、自慢するようなもんじゃないぜ、第一、社長が予約してくれただけなんだしさ。」


そんな話をしているうちに、古い日本家屋が見えてきた。

入り口には小さな招き看板があり、端正な字で川上屋と書いてある。


俺は妻に入り口に車をつけさせて降車した。


店に入ると、女将さんらしき女性が現れて席へと案内された。

玄関のある建物を出て、日本庭園をのぞむ廊下を進み、通されたのは離れの個室であった。


お疲れさまで~す!

遅かったじゃないか

おそいぞ~

もう酒は頼んでるからな~


どうやら俺が最後だったようだ。

喧噪の中、左斜め奥に一つあいた席に座った。


数分するとビール、日本酒、ノンアルコールのドリンクが運ばれてきた。

ここでも川上屋の秘匿性は顕著で、たとえばビールは瓶に入ってはいるがラベルがなく、どこのビールかが分からないようになっている。


社長のご発声で乾杯があり、ビールをくいっと喉に流し込んだ。

なんだこの旨さは…

仕事終わりということもあるがこのビールは今まで飲んだどのビールよりも美味しく感じた。


そして何より驚いたのは料理だった。


目の前に並ぶ色とりどりの美しい料理の数々!

味覚だけではなく視覚嗅覚触覚までもが幸福感に満たされる感覚はまさに天上のひととき

舌鼓を打つとはまさにこのようなことを言うのだろうと思った。


社長、自分のおごりだといっていたがこんな高そうな料理20人分も払えるのだろうか…

そんなに稼ぎがあるのなら少しくらい俺たちに回してくれてもいいんじゃあ…

そんなことをぼやきながらも食事を続け、あっという間に解散の時間となった。


俺は皆の忘れ物がないか最終確認をして個室を出て、廊下を歩きだそうとしていたところ、庭園の池を挟んで向かい側、20メートルほど先にある離れに客が通されているのを見かけた。


もう22時だっていうのに客を入れるのか…

不思議に思いながらも玄関に向かった。


玄関から出ると妻が車をつけてくれていた。

車内では行きと同じく店の話題でもちきりだった。


ねえ、どうだった?

最高だったよ。

雰囲気もそうだし料理も今まで食べたことのないようなものばっかりでさ。

いいな~私も行きたい!

予約してよ~ねえ~

しょうがないなあ…

じゃあ明日にでも予約しておくよ。


翌日、俺は川上屋のホームページを訪れた。


噂には聞いていたがホームページは日時、人数、名前、住所、年齢、連絡先を入力するフォームと、予約というボタンがあるだけのものだった。

妻と自分の情報を入力し、連絡先欄には自分の携帯番号を入力した。


予約ボタンを押すと、予約が完了しましたという表示と

その下に準備ができ次第、こちらからご連絡差し上げますの文章が表示された。


しばらく経ったある日、社内で昼食休憩中に携帯が鳴った。


相手の連絡先は非通知で、始めは電話を切ろうとしたが予約の件を思い出し、通話ボタンに指をかけた。


お世話になっております。

川上屋でございます。

ご都合よろしければ本日19時にお越しくださいませ、と女性の声


今日の19時か、いきなりだな…

妻も多分用事はないと思うが…


「すみません、連れの都合を確認してから折り返してもよいですか?」


「申し訳ございませんがそれはできません。

この場ですぐに回答をお願いします。」


融通が利かないな…

不満はあったがあの料理を食べそこなうのはもったいないし…

仕方ない…


「大丈夫です。19時に2名で行きます。」


「かしこまりました。

ご来店お待ちしております。」


電話が切れた。


店には18時50分に着いた。

店からの電話のあとすぐに妻に電話したが、今日の19時というスケジュールを意にも介さず、行く!!!

と二つ返事だった。


玄関に入ると、前回と同じ場所に案内された。

料理は前回違う食材が使われてはいたがやはりどれも素晴らしいもので、妻はえらく感動していた。

最近仕事ばっかりでなかなかサービスできなかったし、いい罪滅ぼしになったかな…


心の中でつぶやきながら、俺はトイレに行くため席を立った。

トイレは玄関にあるため、元来た廊下を戻っていると改めて庭園の美しさに魅了された。

それと同時にまたもや向かい側の離れに客が通されているのを見かけた。

顔は見えないが50代くらいだろうか、中年の夫婦のようだった。


あの離れに通されるのはどういう人なんだろう…

何かここよりもすごいものが出てくるんじゃないだろうか、俺も行ってみたいなあ…


と思った矢先、廊下から玄関に入る戸口の前に女将が立っているのに気付いた。

俺は軽く会釈をし、その前を通り過ぎようとしたところ

「あの離れに行きたいのですか?」

と話しかけられた。


「もしかして聞こえちゃいました?」

「いいえ、ただ、そういう眼差しで眺めていらっしゃたので。」

「ははは、正直言えば行ってみたいですね、ただ場所が変わるだけじゃあないんでしょう?」

「ええ、今日いらっしゃったこの離れよりもさらに素晴らしいおもてなしをさせていただきます。」

「そりゃあなんとしても行きたいですね、どうしたら行けますか?」

「橘洋平様おひとりで予約していただければいずれご案内いたします。」

「俺一人でですか、わかりました。」



帰りのタクシーでも妻は上機嫌だった。

絶対また行こうね!!と付き合いたての時のような瑞々しい笑顔を見せた。

ああ、また行こうな。

そう言いつつも、

悪いな絵里えり、今度は一人で行ってくるよ。

心の中でつぶやきながら家路に着いた。


翌日の早朝、俺はホームページを訪れ、女将の指示通り俺一人分のみの情報を入力し、予約を完了した。

そして、その日の昼、前回と全く同じ時間に電話が鳴った。


「お世話になっております。

川上屋でございます。

ご都合よろしければ本日19時にお越しくださいませ。」


「大丈夫です。19時に1名で行きます。」


「かしこまりました。

ご来店お待ちしています。」


昨日の今日で電話が来るとは思わなかったが、もしかしたら常連ということで店側が認めてくれたのかもしれない。

そんなことを考えながら電話を切った。


今回もタクシーで店へ向かった。

絵里には会社で飲みがあるとだけ伝えて行先は言わなかった。


運転手と雑多な話題を話しながら道を進んでいると車内のラジオからニュースが流れ始めた。

昨晩22時頃、C市D町で乗用車同士の衝突事故がありました。

この事故で軽乗用車に乗っていた加藤明かとうあきらさん51歳と妻の良子りょうこさん50歳が病院に運ばれましたが間もなく死亡が確認されました。


俺の家の近くじゃないか…

そう思った瞬間、後部座席右側から眩しい光を感じた。

俺は瞬間、目を細めながら光源に目を向けた。

運転手はとっさにハンドルを左に切ったが、光源はどんどん近くなり

そして…………………………………………






























橘洋平様

お待ちしておりました。

離れ、彼岸にご案内いたします。

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