アラフォー美人女社長が、人造少女に対抗して、ヤケクソ気味にアイドルデビューする話

大橋東紀

第1話アラフォー美人女社長が、人造少女に対抗して、ヤケクソ気味にアイドルデビューする話

「ウチの歌姫は、まだ治らないの?」


 見た目は十代の少女そのままの人造美少女、機械の身体を持ったAIドールと呼ばれるアンドロイドが床に横たわって奇声をあげ、バタバタと四肢を振り回しているのを見ながら、ビジネススーツに身を包んだ速水麗香は、艶やかな黒髪を揺らして溜息をついた。


「遼平、あなたにはレイの整備料を、かなり払っているはずよ?」


 社長、そんなに貰ってないですよ。

 そう言いかけた言葉を、東遼平は飲み込んだ。


 ドアの向こうから、ステージに鳴り響く音楽と、観客の歓声が、麗香と遼平のいる控室にも漏れ聞こえてくる。

 もうすぐウチの事務所のAIドール、レイの出番だ。


 遼平はリモコンでレイの動きを止めると、後頭部にケーブルを差し込んだ。

 それが送り込んできた頭部フラッシュメモリの様子を、ノートパソコンの画面で見て顔をしかめる。


「ひどくウィルスで汚染されてます。どこかで野良Wi-Fiに繋いだんじゃないですか」 

「そんな危険な事、する訳ないでしょう」

「じゃぁ、セキュリティ・ソフトにバグが入ってたんですね。ケチってメーカーの純正品を使わないからですよ」

「早くウィルス駆除をしてちょうだい。出番まで、もうすぐなのよ」

「コレは一度、東京のラボに連れて帰らないと無理ですね」


 その言葉に、麗香の目は驚きと困惑で大きく見開かれた。


「ウチの事務所から、初めてメジャー・フェスへの出場者が出たのに、ステージを放り出して帰れというの?」


 そう言うと麗香は歯噛みした。どうしていつも、肝心な時に邪魔が入るのだろう。


 十代の時から地下アイドルとして苦労して、やっとメジャーデビューの話が来た時に、麗香の未来は、足元から崩れ去った。


 世界的な感染症の大流行と、北の二大国の戦争から世界中に広がった、サイバー・ウォー。

 その両者が、ライブというエンタテインメントを大きく変えてしまったのだ。


 感染症で人間が、ネットワーク混乱でヴァーチャル・アイドルがステージに立てなくなった時代。

 

 人類は介護用に発展してきたロボット工学を、エンタメ業界に転用した。

 世界中のステージでは今、セラミック製の骨格と、ラテックスの皮膚を持つアイドルである、AIドールがライブ・ステージを彩っていた。


 あらかじめ組み込まれたプログラムによって歌い、踊り、老化も引退もしなければ、スキャンダルも起こさない完璧なアイドル、AIドール。

 彼女たちは人々を熱狂させた。


 様々な問題が解決され、人間が再びステージに立てる様になっても。

 「完璧なステージ・アクトをこなせるのはAIドール」という認識は世界に定着し、ライブ・エンタテインメントはAIドールのものとなり、人間のアイドルは、姿を消して行った。


 麗香も借金をして、AIドールのプロダクション、レイ・オフィスを立ち上げる。

 そして知り合いの、知り合いの、そのまた知り合いのツテで見つけたAIドールの整備士が遼平だった。


 麗香が地下アイドル時代に身に付けた歌唱や踊りを、レイは聴いて、見て、忠実に頭部フラッシュメモリに記憶する。そして細かい調整は、遼平がプログラムで行う。


 地道な活動の甲斐あって、毎年、開催されるAIドール・フェスへの出演を、レイは果たした。

 だが出演直前に、頭部フラッシュメモリのウィルス汚染が発見されてしまったのだ。


「手の施し様がありません。一度、帰ってフォーマットをしないと」


 言い終わる前に、べりべりべりっ、と、レイの髪を頭皮ごと剥ぎ取る麗香を見て、遼平は目を丸くした。そのまま頭皮をウイッグの様に頭に被ると、麗香はウインクする。


「私がレイになりすまして、ステージに出るわ」

「何を言ってんですか。絶対に、バレます!」

「人間に近づけたのがAIドールでしょ? だったらバレなくない?」

「AIドールは完璧です。歌唱も踊りもミスをしない」

「私だってしないわ。それに、レイの歌と踊りは、私のモノマネよ」

「でも、社長は……」


 一瞬、言い淀んでから、遼平は思い切って言った。


「社長は、もう、三十七歳じゃないですか……」

「失礼ね。まだ三十六よ」


 むしろ、自信満々な声で言い返す麗香の声に、遼平は思わず顔を上げた。


「私、デビューは早かったんだから」


 そう言う麗香は自信に満ち溢れ、優雅な微笑みを浮かべていた。そう、まるでスポットライトを浴びたステージの主役のように。


「私は、魅力的でしょ?」


 麗香の問いに、遼平は黙って頷いた。



 ステージ衣装を身に付けたアイドルが乗る、車椅子を押して。ステージ袖に駆けつけた遼平に、舞台監督の声がかけられた。


「レイ・オフィスさん、遅いよ。あれ? 社長さんは?」

「あはは。うちの子の晴れ姿を、客席から見るって」


 その社長が、まさかウイッグと衣装を着けて、この車椅子に乗ってるなんて言えない。


「了解でーす。演出に何かご希望ありますか」

「観客用の画出しは、バストショットまでにして下さい。表情コントロールの調整が、なんか上手くいかなくて」


 ステージ上の大型モニターに麗香の顔が大写しになって、人間だとバレない為の対策だ。


「了解。声の方は大丈夫ね」


 特に疑わず、舞台監督は引っ込んだ。

 ステージでは、ひとつ前の出番のAIドールの曲が終わりに近づいていく。

 泣いても笑っても、もうすぐ出番だ。


「無理をしないで下さいよ。社長」


 遼平に耳打ちされ。レイになりすました麗香は、ピョン、と車椅子から飛び降りると、スタスタとステージに歩いて行った。


 そこは、かつて麗香が目指して、たどり着けなかった世界だった。


 すでに夕日が沈んだ、夜の闇の中で。数万のサイリウムの光が闇を照らし、星々が地上に降り注いだかのような光景が広がっていた。


 大観衆の期待と注目が自分に集まり、プレッシャーが麗香を包み込んだ。だが、聴きなれた音楽が鳴り響いた瞬間。麗香は心の中で叫んだ。       


 私は、アイドルなんだ!


 十何年も、そう、夢を諦めてからも、機械のアイドルに教え込むために繰り返してきた歌とダンスを、麗香は今、自分自身のものとして大観衆に披露した。


 一瞬の間を開けて、ワッ、と波の様な衝撃波が、客席から返って来る。これこそが、彼女が十数年、待ち望んだものだった。

 ステージの袖で、様子を伺っていた遼平も、思わず両手を握りしめた。

 頼む、最期までバレないでくれ!


 照明に照らされ、観客の大歓声を浴びながら。麗香は魂を解放して歌い、踊った。

 客席の興奮も、潮が満ちて行く様に、どんどんと加速していく。

 ステージ上の麗香と、袖で見守る遼平は、同時に思った。

 行ける!


 だがその瞬間。ステージ上で麗香は足を滑らし、体勢を崩して、大きくよろめいてしまった。

 経験豊富な麗香でも、リハーサル無しの一発本番は難しかったのだ。

 そのまま尻もちをつく麗香を見て、観客からも驚きと失望が混じった声が上がる。


 遼平は天を仰いだ。さすがに、このミスはカバーできない。もう終わりだ。

 やはり人間がステージに上がるなんて、無理だったんだ。

 社長の……そして僕の夢も、ここまでだ。最高の歌姫を創り上げると言う夢も。

 遼平が、そう思った時。


 客席から凄まじい歓声が上がり、恐る恐る視線をステージに戻した遼平は、自分の目を疑った。

 麗香はまるで糸に釣られているかの様に身体を起き上がらせて、体勢を元に戻した。

 そのまま機械的な正確さと滑らかさで。両腕を始めとする全身を、直線的に、小刻みに動かしていく。

 

 ロボット・ダンスだ。

 一九七〇年代にストリート・ダンスの中から生まれたパフォーマンス。パントマイムの動きを応用し、カクッ、カクッと、時に機械的に、時に滑らかに体を動かし、正確にプログラムされた機械の動きの様に見せて、観客を魅了するテクニック。


 なんて人だ、と遼平は思った。

 足を滑らせて転倒したミスを、このロボット・ダンスに移行する前振りに見せて誤魔化したんだ。

 人間そっくりの動きをするロボットに、まさかロボット・ダンスでなりすますなんて! 

 麗香がステージ上で軽やかに滑るムーンウォークを披露した後、軽快なギターの響きとともに音楽が加速し、ダンスの動きが早くなる。

 客席から、何か、いぶかしがる様な、どよめきが上がりはじる。。


 麗香の汗が飛沫となって飛び散り、まばゆい照明がそれに反射して輝き、光のプリズムを作っているのだ。

 生身の人間がステージ・アクトを行わなくなって十数年。

 飛散る汗が生み出す光のイリュージョンを初めて見た観客は、それを新しい舞台装置だと思い、大歓声を上げたのだった。

 

 AIドールに出来ない事を、アラフォーの麗香がやってのけたのだ。


 歌い、踊る麗香がニヤッと笑ったのを、遼平は確かに見た。

 そして思った。こんな大勢の観客を騙し通すどころか、自分の土俵に引きずり込んで魅了してしまうなんて。


 この人は、本物のアイドルだ。


「はい、下半身のギアに異状がありまして。閉会式と特典会には不参加でお願いします。えっ、そうですか。社長も喜びます。はい」


 パフォーマンス終了後。ステージの下手で麗香を車椅子に乗せ。逃げる様に控室に戻って来た遼平は、主催者からの内線電話を切ると、疲労困憊の麗香に言った。


「大好評ですよ! 次も是非、出て下さいって」

「良かった……。これでなんとか、我が事務所も生き延びたわね」

「ロボット・ダンスでロボットになりすますなんて。さすがですね、社長。それに、あの汗のプリズム」


 横たわるレイのボディを撫でながら、遼平は言葉を続けた。


「今日のパフォーマンスが好評だったなら、レイにも汗をかく機能を付けないと、いけないですね」

「それなら、次も私が出た方が早くない?」

「冗談は止めて下さい!」


 そう言いながら遼平がクーラーボックスから取り出して、投げたドリンクのペットボトルをパシッ、と受け止めると、麗香は笑って言った。


「冗談じゃないわ。アイドルを、ロボットから人間の手に取り戻すのよ」

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アラフォー美人女社長が、人造少女に対抗して、ヤケクソ気味にアイドルデビューする話 大橋東紀 @TOHKI9865

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