無冠王の逆境譚〜神の如き力を失っても、俺は人類を救う〜

黒田 輪

希望の光

再起

崩壊

 喧騒が聞こえる。

 悲鳴が木霊する。

 建物が崩壊する。


 最初に聞こえてきたのは、そういう音達だった。

 意識を失ったのか、眠りについたのか、はっきりと思い出せない。どうなっているのだろうか。


 妙な頭痛がジクジクと響く中、意識が勝手に鮮明となっていくようだ。


 曇天の空に、黒い波動が入り乱れた奇妙な光景が最初に目に入る。

 周辺を探ろうと、体を動かそうとするが動かない。

 声も、目も、人が意識して動かせるものが、すべてうごかない。

 だが、思考はできる。

 不可解な状況に混乱する中、初めて自分が虚空に浮いているのに気づく。

 思考が止まりそうになるのをどうにか留めて、体を動かそうと試みるも、ぴくりとも反応しない。

 視線は空に今もなお固定されていて、誰かに見せられているようなそんな気分を味わう。

 不意に視界が掠れて、不快なノイズが自らの視界を遮断し、ピタッと止み突然晴れる。


 大小様々な建物が立ち並ぶ光景を最初に捉える。

 視線が固定しているため細かくは見れないが、視界の中央に上から下へ流れる大河と大きなお城が建つ孤島があるのは伺える。

 その城に繋がる様に島の両端には大橋がかかっている。

 お城と大橋、その外周に存在する城下町を包むように、長大な城壁が取り囲んでいる。

 …どこかで見た光景だ。

 城下町の建物には火の手が上がり、闇が入り乱れ騒然としている。

 一番最初に聞こえた喧騒は、どうやらここから聞こえている。


「うぁあああああああああああ!!!来るな…!来るなぁあああ!!」

「こいつ…!いったいなんなんだ!帝城から溢れてきたぞ!」

「うぇええええん!!!お母さん…お母さぁぁぁん!!」

「この!くらえ!……なっ!こいつ魔法が効か…ぎぃやああああああああ!!」

「誰か!誰かいないのか!重傷なんだ!だれか助けて——」

「くそ!掠っただけなのに!みるみるうちにひろがっ…って…い……ごぼ◾️◾️◾️!!!」


 阿鼻叫喚だった。

 闇を纏った何かが人々を襲い、殺している。

 人が闇を纏った何かに攻撃しても意に返さず、躊躇なく殺している。

 また、かすり傷でもそこから黒い痕が広がり獣のような雄叫びをあげ、他の人を襲っている。

 血が辺りを飛び散り、肉塊になるまでなぶり殺されているのもいる。

 か弱そうな人を寄ってたかって、不快なガサついた声のような音をあげながら、反応を楽しんでいるのも見える。


 地獄のような光景だ。

 目を背けたいが、見せつけるように視線が固定されている。

 圧倒的な暴力、理不尽が人々に降り注ぐのをただただ見ている。拷問のような時間が続く。

 

 ザザッと

 また不快なノイズが流れて視界と音が遠ざかり、止む。


 とてつもなくでかい扉が出迎える。

 後方からさっきと似たような喧騒が耳を打つので、場所が切り替わったのだろう。

 ここは…先ほど見えた大きな城の前か?


 状況を整理する間もなく、視界が勝手に動いていき大扉をすり抜ける。

 大扉をすり抜けた先には、大回廊が広がっていた。

 壁面には豪奢な装飾がなされているが、今は破れ、砕け、その堂々たる様が見る影もない。


 大回廊の奥から破砕音や、金属が衝突しあうような音が、かすかに耳を捉え始める。

 さらに視界が進むと様々な色の光が照らされてくる。


 闇のもやが人の形を模った何かに、四人の老若男女が攻撃している。その四人の少し後方に離れた場所には二人の男女がいる。

 侵入者——闇の怪物を退けようとしているのだろう。

 四体一で有利かと感じたが、数秒ののちにその思考は消える。

 闇の怪物が攻撃を難なくいなし、闇の波動を巧みに操って互角の戦いの繰り広げている。

 そんな最中、光が回廊を強く照らす。


『結界の定着が完了しました!私も参戦します!』

『ダメよ、◾️◾️◾️。皇帝陛下保護するのが優先。一緒にここから離脱するの。退路は私たちで開くから』

『ですが!◾️◾️◾️◾️◾️!そのあとはどうするのですか!?』

 

 突然の声に少々ビビる。

 会話しているそぶりはないのに、脳内に会話が響いているようだ。共に女性の声で。

 会話の内容から察するに、後方で控える女性——ぴくりとも動かない黒髪の男性の側にいる白い長髪の女性と、攻撃しながらその二人に顔を向けている鎌を持った金髪の女性同士の会話だろう。

 一部、妙な雑音が間に挟まっていたが…名前だろうか?

 それに顔に不自然なもやがかかっており、表情がわからない。


『お嬢!そんなの気にすんな!こんなやつ俺の槍でずたずたよ!早くそこでくたばっている雷バカを介抱してやってくれ!』

『然り。まずはそこで呑気に寝ている我が主を起こすのが優先。

 だが、◾️◾️◾️◾️◾️。お前、力が伴ってない槍捌きで何をいうかと思えば…、余裕があるなら、敵に致命傷の一つでも負わせたらどうだ突貫紳士』

『あ?いつもの大剣の冴えがないお前に言われたくないわ!◾️◾️◾️◾️!守りも杜撰になってて、天下無双とはなんだったかなー?聖騎士くーん?』

『貴様…』

『あなたたち!こんな時まで喧嘩しない!敵ごと凍らすわよ!?』

『おお!?…姐さん!それは勘弁だ…いってくるぜ!』

『すまぬ…◾️◾️◾️◾️◾️』


 さらに、槍を持った青年と大剣と盾を持った男性の会話が脳内に響き、金髪の女性に嗜められている。こちらも顔にもやがかかっている。

 敵に猛攻を加えながら器用なことをいている…

 続け様に、しわがれた老人の声が響く。


『ほほほ。皆元気ですの。

 お嬢、彼らの思いを無駄にしてはなりませんぞ。

 この未曾有の危機は皇帝陛下のお力が必要です。それにあなたも含めて、国の中心がここで消えるのは私達の本意ではない。

 どうか、ここは身をひいてはいただけませんかな?』


 念話がしばし途絶え、再度響き渡る。


老翁おじ様……あなたが、そこまでいうなら…絶対に無事で合流してくださいね』

『もちろんですじゃ。無事をお祈りいたします』

『そちらもご武運を』


 老人の陽気な、けれど白髪の女性を気遣う声音が響く。

 それ以降頭に響く声は途絶え、退路を開くために四人の攻撃に苛烈さが増していった。

 白髪の女性は、意識を失っている男性を背負い足に光と風を集める。

 相手に反応させないために。


「今!」


 白髪の女性の裂帛の呼気と共に地を砕き、一直線に大きなアーチ状のガラス窓に突貫する。

 盛大にガラスが割れる音を撒き散らし、そのまま大河に身を投げて逃走を図ろうと邁進する。


『どこにいく。そいつは逃さないぞ』


 ところどころが聞き取りにくい声を発した闇の化け物は、赤と黒の大きな刃を瞬時に生成して、両断せんと白髪の女性に迫る。


「このやろう…!間に合え!——駆けろ!風よ!炎よ!猛ろ!」

「眼中にないとは不服だ。——ただ一点。刺し貫け」

「やらせない!——堅牢なる氷壁よ!」

「その災厄を断ち切る、無に帰せ」


 敵の攻撃に瞬時に対応し、大きな刃の腹を叩くように、白髪の女性の前に氷の壁を、相手の刃に槍を大剣をぶつけ、白髪の女性を守らんとする。

 妨害された混沌の刃は、爆散しその余波が今大河に飛び込もうとしていた彼女の横を襲う。

 大地が抉れ、波が荒立つ。


「無事…よね?」

「そう、願いたいですな」

「大丈夫だろ。お嬢も◾️◾️◾️もそんなやわじゃない」

「信じるしかあるまい…さて、くるぞ」


 濃密な大気のうねりを前に四人は、各々の武器を固く握りしめる。


『やってくれたな…、全く。逃すわけには、いかなかったのだがな。……ここは策を切り替えるしかあるまいな』


 手をかざすように四人に向けて高速で魔法陣を展開すると、崩れるように地にふせる。


「な…んだ?体がうごかねぇ…!」

「これは…!力が入らない…!」

「魔力が急にからに…!何もできない…!」

「……吸われてますな、まずいですぞ」


 体が言うことを聞かずに四苦八苦してる中、空中から悠然と舞い降りた闇の化け物が四人へと近づく。

 どうにか立ちあがろうと力をこめるが、入れた側から力が吸われてプルプルと震える。

 

『無駄な足掻きはやめろ。これ以上手間をかけたくないからな。大人しくしてるがいい』


 ひれ伏している四人の前までいき、両手を四人の前で再度かざして闇の幕で覆われる。

 うめく声が、響いていくのを静かに見守るようにして行使し続ける。


『…さて、禊が三つ、いや四つか。

 それを制圧するのと、ここの奥の端末の権限を奪うのもやらなければならないな。

 あいつを逃していなければ、こんな面倒なことになっていないが、まあしょうがない』


 闇の波動が染み込むように、四人の体を蝕んでいくのを悔しさを滲み出しながら、凝視する。…なぜかはわからないが。

 と同時に先のノイズとは違う、視界の歪みが襲ってくる。

 音も段々と遠ざかってゆく。


『それに、奴の力も何もかもはぎ取ったが、奪取には至らずか……忌々しい限りだ。

 ことごとくが後手になるとは、腐っても皇帝か。次は最大級の絶望をお前に馳走してやるぞ』


 化け物が何か言っているのか聞き取れない。

 …それよりも、彼らをどうにか助けれないのか。

 噛み締めれない歯を食いしばるが、抗えない何かに視界が、意識が徐々に途切れていく。


 わけのわからぬまま、しかし、そのうちに燻る無力感と共に闇に落ちる。

 何か大切な事であったのでなはいか、そんな思考も諸共に。

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