冬日和

島本 葉

生乾き

 夫と息子を送り出して細々としたことを片付けていたら、リビングに差し込んでいた日差しが少し暗く陰っていた。今日は冬の日差しにしては明るく暖かい。やっぱり南向きを選んでよかったな。洗濯物も、なんとか乾くかも知れないし。


 そんな風に思っていたのに、蛍光灯をつけていなかったリビングは一気にトーンを落としていた。タイミング悪く、スピーカーから流れる曲も少し物悲しい。ベランダを見ると、ハンガーに吊った衣類は寒そうにゆらゆらと揺れていた。

 

 ベランダに出ると、電車の音が大きく響いた。次いで近くの公園で遊ぶ子供の声。防音の効いているマンションのリビングと違って、外の世界だと感じた。

 

 想像よりも風が冷たい。先程まで太陽が出ていたとはいえ、やはり冬の気候だった。洗濯物を確認すると、この数時間の晴れ間だけではまだまだ生乾きだった。


 特に乾きが悪いのは、夫のものだった。単純に布の面積が大きいのだ。少しでも乾きをよくするために、ある程度乾いたものは裏返していく。

 ──いや、表返す、か。

 私は洗濯は表の汚れが酷くない時は裏返して洗うようにしていた。だから、今ハンガーに掛かっている衣類はほとんどが裏向けだ。

 結婚した当初は夫に「裏返して脱いで」とお願いしたものだ。今は気づいたときだけは裏返っているが、もう言うのはやめた。興味が無いので、いくら言っても頭から抜けていくのかも知れない。

 

 息子のシャツも乾きが悪かった。やっぱり綿100だと乾きにくい。この日差しで、夕方までに乾くだろうか?


 雲が切れてまた晴れ間が戻ってくれるだろうか。


 ふと顔をあげると、また電車が通った。ベランダから少し先に見えている駅のホームに入っていくところだった。電車が止まって、降りてくる人、乗り込む人が小さく動いている。どこから来て、どこへ行くのだろうか。


 普段私が過ごしているのは、自宅と周辺の買い物。子供の学校とあとは二駅先のショッピングモール。

 せいぜい五、六キロくらいの範囲だった。

 仕事を辞めてからは、特に行動範囲が狭くなった気がする。

 

 あの電車が向かうのは、ショッピングモールとは反対方面。私の知らない街だ。

 

 走り出した電車は次第に小さくなっていく。

 私は、手に持ったままだった息子のシャツをひっくり返した。


 了 

 

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冬日和 島本 葉 @shimapon

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