第9話 追撃


 ベルゲルミルから姫様が乗る機体が脱出した。


 そのことが確認された瞬間、敵味方問わず全機が一斉に行動を開始した。


 敵側の機体は、こちらへの攻撃を中止し、姫様の機体を拿捕するために。


 私達はそれを阻止するために。


 姫様の機体が向かった方向に向けて機体を発進、加速させた。


 戦闘が始まる。


 こちらは第七鎧兵器部隊の五機。対して敵は二十五機。その内一機は特殊型鎧兵器に乗った帝国最強の鎧兵器操縦者のシグルドだ。


 戦力的にはこちらが不利だ。


 まあ、いざとなれば私の起動権とみんなにあげた御守りでどうにかなるはずだ。


 ただ、"グラム"という特殊型の鎧兵器に乗ったシグルドだけは侮れない。


 "帝国最強"という称号は、それだけ恐ろしく脅威的なものだ。


『"グラム"の形態変化を確認。空域を離脱するつもりのようです』


「追うよ!」


 シグルドの乗る"グラム"の姿が変化した。

 人型の形態から戦闘機のような飛行形態になり、赤い魔力の輝きに包まれた瞬間一気に加速した。


『フリッカ!お前はあの赤い鎧兵器を追いかけろ!あの赤い機体が追っているのは、おそらく脱出した姫様の機体だ!』


 隊長からの指示が入る。

 私はすぐさま返答を返した。


「わかりました隊長。フリッカ・アース、これより姫様の保護に向かいます」


 部隊から離れ、単独行動へと移る。

 凄まじい速さで姫様を追う"グラム"を追撃するためだ。

 

「スラスター全開!」


『現時点における最高出力でいきます』

 

 流石は姫様のレベル七の出力。

 『星系の炉心』の起動一歩手前ということもあり高速移動もお手のものだ。


『索敵範囲を超えました。ここからは本気を出せますよ』


 ぐんぐんと加速を続け、あっという間に味方機の索敵範囲外に到達する。


 これで、バレずに『星系の炉心アースガルズドライブ』を起動できる。


 もうその内誤魔化し効かなくなりそうだけど、できるだけ心の準備を整える時間を稼ぎたい。


「うん、起動権を変更。『星系の炉心』起動。全機能解放。重力制御機構、光剣武装、誘導追尾弾、端末型攻撃武装の封印を解除」


『お望みのままに。内惑星戦闘形態から星間戦闘形態へと移行します』


 機体を青い魔力の輝きが包み込む。光輪を展開し、本来の戦闘力を発揮できる状態になった。


 姫様から貰った起動権を放棄するのは名残惜しいけど、相手が強すぎるから仕方がない。


 相手はあのシグルド・ムスペルヘイム。

 ムスペル帝国第二皇子であり、帝国最強の騎士とも呼ばれている鎧兵器の操縦者としては最強クラスの怪物だ。


 そのシグルド皇子が本来の性能のおよそ七割の力が引き出されている特殊型の鎧兵器に乗って襲ってくる。


 ……どう考えてもクソゲーだ。


 だから、こちらも血統チートで対抗しないと勝ち目がない。


『しかし、いいのですか?このままリンダ・ミズガルの機体を守る為に戦った場合、最悪秘密がバレる恐れがありますよ』


「それは……まあ、バレた時に考えるよ。今は、助けることを考えよう」


 戦場で迷うのは命取りになる。

 考えるのは一旦後回しだ。


『後方から敵鎧兵器接近。数およそ八』


 流石に隊長達だけで精鋭二十四機の相手は手が足りなかったみたいだ。


『砲撃が来ます』


 どうやら、追って来た機体はこちらを足止めするつもりらしい。


 まあ、させないけどね。


誘導追尾弾ゲイボルグで殲滅」


『お望みのままに。誘導追尾弾ゲイボルグ発射します』


 誘導追尾弾ゲイボルグ

 小型化された高精度の極超音速ミサイル。

 通常の鎧兵器でこの武装を使用するにはを必要とする。


 つまり、異世界の戦争でもまだ殆ど使用されていない兵器ということだ。


 収納されている亜空間から、何十発もの誘導追尾弾が一斉に発射される。


 早く、小さく、数が多く、概念レベルで確実に当たる対応手段がまだ確立されていない兵器。


 この攻撃に対応するには相当な操縦技術が必要だろう。


 誘導追尾弾が追って来た敵鎧兵器に極超音速で矢のように迫る。


 敵は魔力砲で撃ち落とそうとするが、誘導追尾弾を迎撃するには反応が遅過ぎた。


 たちまち四機の敵鎧兵器を貫き爆散させた。


 だが、残りの四機は相当な手練のようで——


「誘導追尾弾に対応するか……やるね」


 巧みな操縦で誘導追尾弾をどうにか回避してみせた。


 とはいえ、撃ち落とさない限り、誘導追尾弾はどこまでも敵を追い続ける。


 それでも、残った四機の鎧兵器は、迫り来る誘導追尾弾から逃げながら魔力砲を連射し、数発の誘導追尾弾を撃ち落とすことに成功していた。


 流石は精鋭。敵ながら天晴れだ。


「でも、同時にこれを防ぐのは無理だよね!端末型攻撃武装ブリューナク!」


 なので、攻撃を増やす。


 誘導追尾弾の対処に追われているところを、容赦なく端末型攻撃武装の全方位オールレンジ攻撃で仕留める。


 誘導追尾弾を撃ち落とすことに手一杯の敵に、容赦なく、死角からの鮮烈な魔力砲の雨を降り注がせた。


『敵鎧兵器の撃墜を確認。お見事です』


 これで、残すはシグルドの"グラム"だけだ。

 正直強い敵とは戦いたくないけど、姫様のために頑張ろう!


『何故、そこまでのリスクを負ってあの王女を助けようとなさるのですか?』


 "スルト"が疑問を投げかけて来た。

 確かに、自己保身第一の私がここまで危険を冒して頑張ることに不思議に思うだろう。


 でも、私だって頑張りたいと思う時はある。


「だって、姫様めっちゃ可愛いかったから。あんな可愛いお姫様に帝国の魔の手が及ぶなんて絶対に許せないでしょ」


『……』


 姫様があんなイカれた帝国に奪われるなんて世界の損失だ。絶対に許せない。


「……それに、私には"スルト"がいてくれるけど、お姫様にはピンチの時に力になってくれる頼れる存在がいないんだ。だから、私がお姫様がピンチの時に少し力になってあげたいなと思ってね」


 あとは、姫様の境遇に少し同情したからだ。


 姫様は、高い起動権によってその身を狙われている。


 その辛さを私はよく知っている。だって私も同じだから。なんなら、秘密がバレたら姫様より酷い目に遭いそうだ。


 ただ、私には"スルト"という最悪どうにかなる保険がある。


 究極的な意味で、私はまだ安全なのだ。


 でも、姫様は違う。


 狙ってくる敵の力に対して、軍事力が並の国であるミズガル王国の戦力ではあまりにも心許ない。


 実際、今回の戦争でそれが証明されてしまった。


 姫様には、敵から自分の身を守れる力がないのだ。


 それは、襲われてしまえば、何も出来ず全てを奪われてしまうということ。


 私が姫様の立場ならとっくに発狂していただろう。


 だから、私はできる範囲では力になってあげたい。


『かしこまりました。全てはフリッカ様のお望みのままに。いざという時は私がどうにか致しましょう』


「無茶言ってごめんね"スルト"。でも、私はもう後悔だけはしたくないから」


 それに、姫様を見ていると昔の大切だった人のことを思い出すんだ。


 金色の長い髪が良く似合う、とっても可愛い女の子。

 

 顔つきも、瞳の色も姫様とは違うけど、何故だか思い出してしまう。


 あの日、私が守れなかったイルザと姫様を私はどうしても重ねてしまう。


『まもなく敵鎧兵器"グラム"に追いつきます』

 

「いくよ"スルト"……ここで、帝国最強を倒すよ!」


 これから、私はかなりの危険を冒す。

 最悪、負けるかもしれない相手に、秘密がバレる可能性のある力を使って戦いを挑む。


 でも、その危険を冒す価値はあると思う。


「今度こそ、私は守るために戦ってみせる!」


 そうすれば、あの日できなかったことができるから……。

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