第7話 陰謀Ⅲ


「シグムンド様……敵旗艦ベルゲルミルの制圧、順調とのことです」


「姫の確保を急がせろ」


 正規軍、貴族軍による包囲網が完成し、じわじわと戦力を削られていくミズガル王国軍の映像を見ながらシグムンドは報告に来た軍人へと命令した。


「は!」


 軍人はシグムンドへと敬礼し、強襲に向かった隠密艦プラズニルへと通信を送った。


「まあ、シグルドがいる限り問題は起きないだろうがな」


 最も、シグムンドは既に勝利と目標の達成は果たしたも同然だと考えていた。


 姫の身柄の確保には、弟である第二皇子シグルド——"帝国最強の鎧兵器操縦者"を派遣している。


 シグムンドにとっての"最強"の手札を切っていたからだ。


 そもそもだ。今回の作戦は入念に準備を施して行わている。


 ムスペル帝国軍は、ミズガル王国のと協力し、二人の姫を戦場に送らせ、で確実に勝利し姫を奪える戦力を揃えていたのだ。


 いや、万全を期すためとはいえ、少々過剰戦力だったかもしれない。


 結果として、ムスペル帝国軍はミズガル王国軍の投入した戦力の五倍以上の戦力を今回の作戦で投入することになった。


「それにしても、姫君達も哀れだな。よもや身内に裏切られるとはな……」


 シグムンドは、間も無く決着がつく戦場の映像から目を離し、ムスペル帝国に協力したミズガル王国の要人のことを頭に浮かべる。


 国を裏切ったその男は、ムスペル帝国側に非常に協力的だった。


 確かにムスペル帝国のために役立ってくれた。


 だが、あっさりと妹である姫達を差し出した内通者の男のことを、シグムンドはあまり良く思っていなかった。


「約束通り姫は貰うぞ。ミズガル王国第一王子、ハーゲン・ミズガル」













 敵の投入した鎧兵器の数が計五百機を超えた。


 ……戦線も完全に崩壊しそうだ。

 

 帝国貴族軍は見た目だけは強そうな軍隊だ。


 しかし、実際は貴族としてのプライドや手柄を焦ってロクに連携もとらない軍隊だ。


 優秀な鎧兵器操縦者も正規軍に取られるので、主力を担っているのも数を揃えた無人鎧兵器ヴァルキューレ


 他は鎧兵器の性能だけの烏合の衆だからそれほど大した脅威ではない……


 はずだった。


 今回戦場に出て来た貴族軍は信じられないほどに連携がとれていた。


 それも、私の初陣の頃。帝国十三家門のフルングニル伯爵が率いていた時よりもだ。


 ここまで統率が取れているということは、プライドの高い貴族や騎士達がプライドを捻じ曲げてでも従わざるをえない存在が来ているということ——十三家門の伯爵家が来ている可能性がある。


「ねえ"スルト" まさか帝国の他の伯爵家も来てる?」


『かなり後方ですが四隻の超弩級戦艦が確認出来ました。刻まれた紋章から、フルングニル伯爵家以外にも、帝国十三家門の内のフレスベルク伯爵家、フィアラル伯爵家、ガラール伯爵家の四家が来ていると思われます』


 四家門。

 つまり、私が殺したフルングニル伯爵と同格の権力を持つ存在が四人来ているということ。

 

 内一人は、たぶんフルングニル伯爵家を新たに継いだ、私が殺したフルングニル伯爵の子供だろう。


 貴族には派閥がある。


 十三家門のどの家の傘下の家か、皇族の中で誰と結びつきが強いか。そういった理由でいくつかの貴族グループに分かれている。


 派閥が違う貴族同士は仲が悪いという話もよくある話だ。


 しかし、もし派閥のトップ同士がまとめてやって来て、派閥に属する貴族達に「協力しろ」と命令したらどうなるだろうか。


 答えは渋々従う。いや、従うしかない。


 帝国貴族は公爵家と十二の伯爵家による十三家門とそれ以外の貴族とでは隔絶した力の差が存在している。


 十三家門の家の命令に逆らえば、たちまち逆らった者は家ごと粛正されてしまうのだ。


 ゆえに、普段はポンコツの統率力皆無の貴族軍は、十三家門の家の者が来た時は、普段からは信じられない程統率された軍隊になる。


 そして、十三家門の貴族達は皇族に絶対的な忠誠を捧げている。当然、皇族の前で無様な真似をせぬようにと貴族達に徹底して周知させているはずだ。


 これではまるで隙がない。


 おまけに、十三家門の家はそれぞれフルングニル伯爵の"ティルヴィング"のような特殊型の鎧兵器を所持している。


 個としての脅威も桁違いだ。


『貴族軍が部隊を広げ、正規軍と共に包囲網を形成しています』


 帝国軍の艦艇、鎧兵器から絶え間なく放たれる砲火の閃光の雨がミズガル王国軍に降り注いだ。


 さらには、一際巨大で特徴的な姿が目立つ十三家門の伯爵達が乗る特殊型の鎧兵器と思われる機体の姿も確認された。


『ベルゲルミルを除く全艦艇が壊滅。鎧兵器残存数も残り三十機を切りました』


 統率されたムスペル帝国軍の圧倒的な火力を前に、ミズガル王国軍の艦艇や鎧兵器はなすすべなく、次々と破壊されていく。

 

 勝敗は完全に決してしまった。

 私達の負けだ。


 そう思った時だった。


 レギン隊長からの通信が入った。


『生きているかお前達!我等第七隊は、これより敵の包囲を突破し、旗艦ベルゲルミルの救援に向かう!なんとしても姫をお守りするのだ!』


 それは、無茶な命令だった。


 三十機にも満たない残存戦力で、五百機以上の敵鎧兵器によって完成された包囲網を突破して、救援に向かえというもの。


 不可能だ。

 できるはずが無い。


「"スルト"、包囲網を現有戦力で突破して、姫様を救出できる可能性は?」


『絶無です』


 "スルト"の無機質な声が操縦席に響く。

 当たり前だ、いくらなんでも戦力差がありすぎる。


 奇跡でも起きない限り、包囲網の突破なんて不可能だ。





 でも、奇跡を起こせば包囲網は突破できる。




「なら、私がリスクを犯して、"王権ユグドラシルコード"を行使した場合は?」


 私には奇跡を起こす力がある。


 その力を使えば、包囲網は突破できるはずだ。


無人鎧兵器ヴァルキューレを無力化した場合、包囲網には大きな穴が開きます。また、『星系の炉心アースガルズドライブ』の起動によって星間戦闘形態に移行した場合、救援目標の達成は充分に可能でしょう』





『ただし、フリッカ様の秘密が露見する危険性を伴います』






 あの日と同じだ。

 私が力を使えば助けることができる。

 私が力を使わなければ救えたはずの人が死んでしまう。


 なら、迷う必要なんてない。


「よし、じゃあ、またさせよっか」


 目の前には、私の秘密を知ったら、全戦力を投入して世界の果てまで追って来そうな国の大軍がいる。


 それでも、今回は、あの日と違う選択をしよう。


 イルザ、シュルド見ていてね。


 あの日できなかったことを、今度こそ、やってみせるから……


「敵無人鎧兵器に接続して」


『かしこまりました。"スルト"本体を介して敵無人鎧兵器に接続します。しかし、現在有人機への干渉はフリッカ様が"スルト"本体に乗っていないため味方機の……』


「あー、それなら大丈夫だよ」






「第七隊のみんなには、私がを配っておいたから」





 "スルト"は、今は有人機には干渉できない。

 いつか、私が覚悟を決めて"スルト"本体に乗る日が来るまで、その制限が解除されることはない。


 でも、代わりに第七隊のみんなには、私が頑張って作ったすっごい加護を込めた安全祈願の御守りを渡してある。


 仲間が絶対に死なないように。もしも、危機に瀕した時、私の渡した御守りは、必ず輝きと共にみんなにを与えてくれるはずだ。


「さあ、ここからが本番だ。フリッカ・アグナル・アースガルズの名において無人鎧兵器百八十機に命じる」


 今回は目撃者を全員消せないから、無人機全機は支配下におかない。


 という誤魔化しが効くように、二十機ぐらいはあえてそのままにしておこうかな。


 それでも充分敵に損害を与えられるはずだ。


 さあ、奇跡よ起きろ。


 無人鎧兵器ヴァルキューレ達よ私の命令に従え。


 もしかしたら、この決断が原因で平穏な暮らしを送ることは出来なくなるのかもしれない。


 なんかそんな予感がする。


 でも、この決断に後悔はない。


 だって、私はもう戦い続けるって決めたから。


「暴走しろ」




 かくして、包囲網を形成していたムスペル帝国軍の五百機以上の鎧兵器の内、突如百八十機の無人鎧兵器が一斉に暴走。


 完全なものと思われた、皇太子シグムンドの策が——ムスペル帝国軍の包囲網が崩壊した。



————————————————————

ちなみに、無人鎧兵器はフルングニル伯爵の暴走事件以外では、これまで一度も暴走したことがないという信頼度が高いとっても素晴らしい兵器です()


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る