第6話 陰謀II

 

「報告します!シグルド殿下率いる隠密強襲部隊の突入準備が完了しました。また、フィアラル家、フルングニル家、フレスベルク家、ガラール家の四家門の配下の貴族軍も既にこちらへと向かっています」


 戦況を冷静に見守っていた皇太子シグムンドに報告が届く。


 その報告を聞いて、シグムンドは顔に満足げな笑みを浮かべた。


「よし、そのままを継続しろ」


「は!」


 作戦が順調に推移している。そのおかげか、シグムンドにも少し余裕が見え始めていた。


 報告をした部下の軍人が去った後、シグムンドは、ふと、近くにおいていたチェス盤に目を向けた。


 シグムンドは鼻歌を歌いながら次々と駒を動かしていく。


「……ふふ、こんなものか」


 やがて、チェス盤の白のクイーンが黒の駒によってじわじわと包囲されるように取り囲まれていく。

 その様子を見て、シグムンドはほくそ笑みながら独り言を漏らした。


「挟撃、その後包囲し殲滅だ」














 ムスペル帝国正規軍。


 それは、ムスペル帝国皇帝ヴォルスング・ムスペルヘイム直属の軍隊。


 世界最強の軍隊の呼び名が高く、数多の精鋭と古代文明の遺産の力によって帝国に勝利をもたらし続けてきた帝国の矛そのものだ。


 そんな帝国正規軍はムスペル帝国の中でも最上位の起動権を持つ皇族達によって率いられている。


 ムスペル帝国の皇族は、長い年月をかけて古代人の血を引く者を血族に加え続け血を濃くし続けてきた。


 その成果あってか、皇族達の起動権は非常に高い。


 特に、皇帝ヴォルスングとその息子、皇太子であるシグムンド・ムスペルヘイムに至っては、レベル七——古代文明の遺産のおよそ七割の力を引き出せる起動権を持っている。


 この起動権は、姫殿下達の起動権と殆ど同等と言っていい。


 力、質、古代兵器の起動権。

 全てにおいて最高水準を誇る軍隊。

 それが、ムスペル帝国正規軍だ。


「そんな正規軍様がなんでミズガル方面に来てるの?確か、北方のニヴル連邦と西方のヴァン神国、アールヴ共和国、スヴァルト連合王国の反ムスペル帝国連合軍とやりあってたはずでしょ」


『停戦したか、あるいは壊滅的な打撃を与えることに成功したのでしょう』


 反ムスペル帝国連合軍は、どの国も富国強兵を頑張っているからミズガル王国よりも遥かに強大な軍隊を持っている国々の連合軍だ。


 そんな国々の連合軍でも負けた……?


 私は最悪の事態に現実逃避をして、分かりきったことを"スルト"に尋ねた。


「じゃ、じゃあ、わざわざ正規軍がミズガル王国に来た理由は?ミズガル王国ぐらいなら普通貴族軍で充分だから正規軍は出てこない……」


『ご想像の通りかと。ミズガル王国にはこれといった物的資源はありません。ですが、ムスペル帝国にとってが一つあります』


 スルトの無機質な声で語られたのは、私が一番聞きたくない言葉だった。


『古代アースガルズ文明の遺産の起動権を持つ。即ちミズガル王家の姫君達です』


「……」


 たった二人の人間の身柄。

 その為だけにムスペル帝国はミズガル王国に対して全面戦争を仕掛け、挙句、複数の列強国の連合軍をも退けた最強の軍隊まで投入した。


 世界最強の帝国が、本気で姫殿下達を狙っている。


 高位の起動権を持つ二人の人間を手に入れる為に一国の軍事力を凌駕する戦力を一つの戦線に投入した。


 姫殿下よりヤバい起動権を持っている私にとっても人事ではない最悪な事態だ。


 イカれてる。私の起動権がバレたら、マジで帝国全軍を派遣して来そうだ……


『ちなみにフリッカ様が正体を教えたら、狙いは間違いなくフリッカ様に変わります』


「絶対教えないから!」


 起動権を持つ人間の為だけに戦争を起こす国に目をつけられるなんて冗談じゃない。絶対にバレてたまるか。


 とはいえ、まずは姫様だ。


 一刻も早く姫様達を戦場から逃がさないと……


 その時だった。突然、旗艦ベルゲルミルから緊急の通信が入った。


『大変です!後方の旗艦ベルゲルミルが襲撃されました!至急援護を……』


 通信から聞こえる声は、とても切迫していて焦りに満ちた声だった


「……!今すぐ映像出して!」


『かしこまりました』


 切羽詰まった通信を聞いて、旗艦ベルゲルミルの様子を映した映像を表示する。


「嘘!?本当に襲撃されてる!」


 その映像には、超弩級戦艦であるベルゲルミルより一回り小さいムスペル帝国軍のものと思われる軍艦から発進した二十機ほどの鎧兵器達に襲撃されているベルゲルミルの姿が映し出された。


「一体なにが……」


 ベルゲルミルのすぐ側に現れたムスペル帝国軍のものと思われる艦は、私でも初めて見る形状の艦だった。


 いや、前世で見た最新鋭のステルス爆撃機が似たような形をしていたような気もする……

 

 とにかくだ。謎の艦は、誰にも気づかれることなく、突如ミズガル王国軍の背後から旗艦ベルゲルミルを急襲できた艦だということ。


 きっと、ステルス艦の類だろう。


『情報照合……確認出来ました。星間隠密航行艦ブラズニルです。おそらく、ムスペル帝国軍所属のものかと』


 やっぱりだ。明らかにステルス性能が高そうな名前だ。

 狙いは、旗艦の強襲、

 そして、姫様の身柄だ。


 急がないと!すぐに、救出に……


『警告。敵鎧兵器部隊から高エネルギー反応多数。ムスペル帝国軍が総攻撃を開始しました』


 それは、最悪のタイミングだった。


 時を同じくして前方のムスペル帝国軍が総攻撃を開始したのだ。


 ムスペル帝国軍の軍艦、鎧兵器から夥しい量の赤く輝く魔力砲が、こちらに向けて放たれた。


 倍以上の戦力の敵による総攻撃。

 そんなものをくらったら、流石に後方を気にしていられる余裕などない。


防御壁シールドにエネルギーを集中!"スルト"本体の未来予測イメージを共有して!」


『炉心のエネルギーを防御壁に集中、接続した"スルト"本体の観測情報に基づく未来予測イメージを共有します』


 敵の魔力砲の雨をとにかく凌ぐ。

 

 避けて、避けて、ひたすら避けて、回避不可能なものは集中的に展開した防御壁で受ける。


 それにしても、姫に勝利を捧げる日のはずが、本当に最悪の日になった。


 敵の手際が良すぎる。

 まるで、入念に練られた作戦を緻密に遂行されている感じだ。


 私達ミズガル王国軍に対して、予定調和の如く最悪の出来事が積み重なっていく。


 こちらを確実に潰せる戦力による待ち伏せ。


 隠密艦による姫様の乗る旗艦のピンポイント強襲。


 完全にこちらの行動が読まれている上に、的確に本当に嫌なことばかりやってくる。


 このままだと、姫様を奪わてしまう。

 起動権が国で最も高い姫様達を奪われたらミズガル王国はおしまいだ。


 クソ!


 しかし、状況はさらに最悪なものになった。

 

『報告。左右両面に新たな敵影を確認しました。帝国貴族軍です』


 こちらを圧倒している敵に、さらに増援が到着したのだ。


「……数は?」


有人鎧兵器エインヘリヤル八十、無人鎧兵器ヴァルキューレ二百です』


 ……これは、あれだ。

 完全な詰みだ。






————————————————————

敵戦力に追加で有人鎧兵器八十機と……もうダメみたいですね……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る