たわわな異世界ネクロマンサーは歌舞伎町に夢を見る ~部屋に転がり込んだ美少女はゾンビマスター~
緑豆空
プロローグ 世田谷の火事
三軒茶屋のラーメン屋で煮干し系のラーメンをすすった俺は足早に駅に急ぐ。夜の零時半、世田谷線の最終がギリ間に合う時間だった。乗り過ごしたとしても家までタクシーで千円もかからない距離だが、会社の残業の為にタクシーを使うのはもったいない。あと、数百円で行けるならそれに越したことはないし。
改札をくぐり足早に電車の最後尾に乗ると、すぐに発車のアナウンスが鳴り電車のドアが閉まった。俺は曇った窓に頭をつけて外を見るが、何も変わらぬいつもの風景が流れて行った。
なんか酒臭い。俺の近くには、いい感じに飲んで来たであろうチャラい若者達がデカい声で話合っていた。
いいご身分だな。学生か?
俺はストレスでも溜まっているらしい。学生だろうがサラリーマンだろうが、酒ぐらい飲んだって良い。だがなぜかムカムカする…なんでかな?
もちろん彼らと目を合わせる事はない。変に絡まれたりするのも面倒だし、もし絡まれても喧嘩なんてまっぴらごめんだ。生まれてこのかた喧嘩なんてした事がない。ただ疲労困憊のこの体で、人が吐く酒の匂いを嗅ぎ続けるのは気が滅入る。むしろ話し声がデカすぎるのがイラつく。
電車のアナウンスが鳴った。
「まもなく、松陰神社前です。世田谷区役所最寄り駅です。出口は中ほど二カ所のドアです」
俺は酔っ払いから離れ入り口の側に立つ。電車の扉が開いたので、俺はさっさと電車を降りた。さっきの声のデカい若者達が同じ駅じゃなかった事にホッとする。数人が足早に駅を出て行った。
この時間になると、このあたりの飲食店は飲み屋しかやっていない。あとはコンビニの灯りが点いているだけだ。
「ふう』
息が白い。
今夜は少し寒かった。暖冬と言われていても風が吹けば肌寒い、まあ十二月としては暖かい方だと思う。肩をすぼめて家路を急ぐと、道路左側の建物のガラスの中が点滅している。なぜか俺はその光が気になった。
店か? 新しく出来たのかな?
夜なのでその店は開いていないが、店内が明るく点滅しているようだ。今朝、通勤の時は目に入らなかったが、急いでいたので目に入らなかっただけかもしれない。
俺はクリーニング屋の路地を右に入って行く。近くの銭湯も深夜零時で終わるので、今日はユニットバスで体を洗うしかない。
アパートの階段を登ってすぐのところが俺の部屋だった。二階通路の奥には、これでもかって言うくらいの物が置いてある。隣の住人の物らしいが、大家は何も言わないらしかった。
「ふう」
俺はため息をつく。隣りの部屋の電気が見えたと言う事は、今日は隣の住人がいるって事だからだ。部屋の鍵を開けて中に入ると案の定、隣りから変な歌が聞こえて来る。このアパートの部屋はワンルームで六畳間に一人暮らし、だが隣のワンルームには十人の外国人が住んでいるらしい。そいつらがいると話し声や歌がうるさいのだ。
とりあえず鞄をベッドの上に放り投げ、台所に行って冷蔵庫からビールをとりプシュと缶を開けてゴクゴク飲んだ。
「ぷはあ! うまっ!」
キンキンに冷えたビールは上手い。
俺がこの部屋に引っ越したのは三カ月前、転職に伴って都内に来たのがきっかけだ。
前職では夢も希望もないルーティンワークを続けていたが、自分の人生を変えたいと思い転職したのだ。頑張ってそこそこ有名な会社に入ったのだが、転職したばかりで金が無かったため不動産屋に相談して決めたのがここだった。
だが、その時の俺の保守的な気持ちを恨む。ちょっと無理してでも、もう少しましな所にするべきだった。しかも入居してしばらくしてから、クローゼットの中に変なシミを見つけた。
…事故物件じゃないよね?
時おり変な音が聞こえるような気もするし、気のせいのような気もする。だがそれをあまり気にしないようにしていた。
いまさら引っ越しとかしても金がかかるし、そもそも面倒くさい。隣りから聞こえる外国人のうるさい歌にも慣れて来たし、今はとにかく引っ越す気はない。むしろ夜は外国人が騒がしいため、怖さを感じる事が無い。そして俺は、スマートフォンを持ってベッドに横たわった。
そう言えば…さっき光ってたあの店。気になるな、なんの店だろう?
少しウトウトうかけた時だった。
ウー! カンカンカンカン! と消防のサイレンが聞こた。それほど遠くではない。
火事か? 周辺? うちみたいなボロ木造に火が燃え移ったら死ぬぞ…
不安になった俺は鍵を手にして、アパートの部屋を飛び出る。アパートの階段を降りて、音のする方を見ると道の向こうが赤く点滅している。恐らくランプが回っているのだろう。
「マジか」
他にも、ぞろぞろと人が出て来た。どうやら消防車の音に誘われて出て来たらしいが、俺も一緒に進んでいく。丁字路から左を見れば消防車が水を噴射していた。警察官もいて、人が近くに寄らないようにしているようだ。
「あの店じゃん…」
さっき俺が会社の帰りに気になった、あの明かりが点滅していた建物が燃えていたのだった。それを呆然と見つめる女性がおり、警察官がいろいろと聞いているところだった。
ほどなく火が消える。
どうやらボヤ程度で済んだようで、次第に野次馬も居なくなった。俺もそのままボロアパートに戻るのだった。
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