おとぎばなし

ひのかげ

1

 幼いころ、わたしはお盆になるとよく祖父母の家へ遊びに行っていた。祖母はしっかり者でちゃきちゃきしていたが、祖父はどちらかというと寡黙な人で、定年退職してからは趣味で絵を描いていた。


 祖父のもう一つの趣味は、子ども向けの話を考えることだった。『シンデレラ』や『桃太郎』といった有名な話ではない、祖父オリジナルの物語だったので、わたしはしょっちゅう「きかせて」とねだっていた。祖父は想像力豊かで、たくさんの物語を作っては聴かせてくれた。中でもあの話は、最初から最後までその内容をはっきりと思い出せる。




 イルカの「キュー」は仲間たちと泳ぐのが大好き。広い海の中を自由に行ったり来たりしていました。でもだんだんと飽きてきてしまいました。


 ある日、キューは仲間と一緒に大きな島の近くまで泳いでいきました。海岸に寄っていくと、黒い点々のような何かがたくさんうごめいています。


「あれなんだろう」


 キューは物知りのテーに訊きました。


「人間じゃないかなあ」


テーは少し考えたあとで答えました。


「ニンゲンってなに?」


「僕もよくわからないけど、夏になるとよく海で泳いでるんだ。でも、ヘタクソばっかり。あっという間に抜かせちゃう。ヒレを見せながら泳いだら、逃げていくよ。まるでサメか何かだと間違えてるみたいにさ。きっと、ばかなんだよ」


 キューはニンゲンに興味を持ちはじめました。


 テーはばかだと言っていましたが、本当はどうなのでしょう。少なくともキューには、ニンゲンはばかではないように見えました。あれだけ楽しそうにバシャバシャ泳いでいるんですもの。キューにしてみれば確かにニンゲンの泳ぎは下手でしたが、誰もが笑っているのを見ていると、「もしかしたら、友達になれるかもしれない」とも思えてくるのでした。


「どうやったらニンゲンと友達になれるかなあ」


 キューは仲間のグーに聞きました。同じ質問をテーにしてみましたが、相手にされなかったからです。グーはちらちら岸のほうを見やりながら、


「さあ」


とつぶやくだけでした。


 キューはいろいろ試してみることにしました。


 まずキューはニンゲンに気づいてもらおうとしました。自分から近づくと驚かれて逃げられてしまうかもしれなかったからです。岸から少し離れたところで、群れのみんなでゆっくり泳ぎました。背びれだけ見せると、確かにニンゲンたちは蜘蛛の子を散らすようにばらばらになって、海から上がってしまいました。そこで、キューたちは背中全体が見えるように、思い切り体を丸めて泳ぎました。逃げていったはずのニンゲンたちはみんなキューたちに釘付け。キューたちに向かってなにかわあわあ言っていましたが、遠くてキューには聞こえませんでした。ですがキューは手応えを感じました。


 次にキューは同じように泳ぎながら、徐々にニンゲンたちに近づいていきました。群れの仲間の何頭かがキューを止めましたが、恥ずかしがりのグーもニンゲンと仲良くしたいと言って、キューについて行きました。


 ニンゲンたちはキューたちを見るなり何か叫びました。キューたちはびっくりして逃げようとしましたが、ニンゲンたちはニコニコ笑っています。そのうち、泳ぎの上手なニンゲンがグーのすぐそばまで来ました。どうしよう、とグーが戸惑っていると、ニンゲンは細長い腕をグーの前に伸ばして、その頭を撫でました。


「友達になれたんだ!」


 キューはキュー! と高く鳴きました。ニンゲンたちは少し体をびくんとさせましたが、まだ笑っています。グーは頬を赤らめました。ニンゲンたちには海が青くてわかりませんでした。


「友達になったんだから、遊びたいな」


グーはニンゲンの手に触れたせいか、何かが吹っ切れたように興奮しました。キューもそれが移ったようにワクワクしました。


「あそぼあそぼ! ねえ、あそぼ!」


 キューたちはニンゲンの腕や肩、脚、体などをくわえてはぐるぐる回したり、水面に打ち付けたりして遊びました。楽しくじゃれているつもりでしたが、ニンゲンはだんだんぐったりしてきました。


「ねえ、どうしたのさ」


 キューは目の前にニンゲンを浮かべて、ながめたり、つついたりしてみました。ニンゲンの顔は楽しそうではありません。むしろ苦しそうでした。その場に浮かんでいるのがやっと、というようでした。ニンゲンたちはキューたちがくわえたところから赤い水が出ているのを見るなり、何かわめきながら必死に泳いで逃げていきました。キューたちは追いかけましたが、浅瀬に近づくにつれ泳ぎづらくなってきたので、静かにそこを離れました。その間もニンゲンたちはキューたちから逃げ続けました。キューたちと遊んでいたニンゲンだけでなく、岸で水をかけ合っていたニンゲンたちも海に背を向けました。

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