恋殉死

@kumatokimito

恋殉死

「恋に落ちると死ぬよ。」

 テレビやSNSでは毎日のように恋殉死のニュースが流れている。

  ***

「先輩、なぜかデッサンが狂っちゃいます!」

「ちょっと見せて、遥ちゃん。」

 一年先輩の小暮先輩に、私はずっとアプローチしている。ただし軽く。美術部に入部したその日に先輩に一目ぼれしたけれど、殉死したくないから近づきすぎてはいけない。

 恋に、「殉死」する。

 誰かを心から好きになってしまうと次第に衰弱していき、その恋が成就しないと死んでしまうのだ。この性質から恋の病ならぬ失恋の病とも呼ばれている。

 こんな世の中だから、みんな人を好きにならないよう気を付けている。でもそんなの私は嫌だ。普通に恋がしたい!誰かを好きになっても真剣にならなければ恋殉死はしないらしい。ライトな恋を先輩にしようと決心し、今に至る。

 明日から新学年。このまま先輩が卒業するまで、ずっと仲良くしていよう。

  ***

 橘アンは、今年の四月に私の後輩として美術部に入部してきた。

「翔君~、会いたかった!」

 アンちゃんは入部した日に小暮先輩に抱きついた。小暮先輩とは幼なじみで兄妹のように育ったらしい。

「学校でなれなれしくするなよ。」

 そう言いながら小暮先輩は嬉しそうだった。

 先輩はアンちゃんと二人で下校するようになった。私が一年間かけて積み上げてきた先輩との関係は、アンちゃんの登場により一瞬で崩れ去った。

 私はだんだん頭痛と不眠に悩まされるようになった。体調が日に日に悪くなっていく。もしかして失恋の病にかかってる?あんなに気をつけていたのに。

 私は恋を舐めていた。人を好きになる気持ちは自分で調整できるものではなかった。

 このまま恋殉死するのは嫌だ。私は思い切って先輩に告白することにした。

   ***

「遥ちゃんは恋殉死、怖くないの?」

 私に告白された先輩は、とても戸惑っているように見えた。

「怖いです。でもアンちゃんが入部して私、先輩のこと真剣に好きなんだって気づいて。」

 ずるいと思ったけど、言った。

「先輩に振られたら、私死んじゃいます。」

 先輩は少し考えてから私と付き合うことを決めてくれた。やった。私の恋は成就した。

***

 付き合い始めてからしばらくは夢心地だった。毎日一緒に下校して、失われていた先輩との時間が帰ってきた。

「先輩、寝ちゃいましたか?」

毎晩通話して、寝落ちするまで他愛もない話をする。夏休みには二人でディズニーランドに行く計画を立てたりもした。

 でも幸せな日々は突然終わりを告げる。先輩が学校に来なくなり、ラインの既読もつかなくなった。先輩が失恋の病で入院したことを知ったのは、それからすぐのことだ。

   ***

「先輩は、やっぱりアンちゃんが好きなの?」

 病室のベッドで眠ったままの先輩に向かって私はつぶやいた。先輩の家族によれば、容態はかなり悪いらしい。

 先輩は私を救うために付き合うことを決めてくれた。代わりに先輩のアンちゃんへの気持ちが成就せずこんな状態になってしまったのだとすれば、私はどうすればいいんだろう。

「私は先輩が好き。」

先輩に生きていてほしい。たとえ自分が死んでも、先輩には幸せになってほしい。そう思えるのはきっとこれが本当の恋だからだ。

 私は先輩の家族に「起きたら渡して下さい」と手紙を預けて病院をあとにした。

その夜、私の体調は急変した。再び失恋の病に陥ったみたいだ。

先輩は私の手紙を読んだだろうか。手紙には、私は他の人を好きになったので別れてください、と書いた。どうかどうか、先輩が幸せになりますように。

  ***

「どうしよう、めっちゃタイプ。」

 私は入院先で運命の出会いを果たした。

嵐君は同じ日に入院し、隣の病室になった男の子。同い年で、住んでいる場所も近かったから、すぐに意気投合し惹かれ合った。

嵐君が退院する時に再会の約束をすると、その後私の病は驚くほどあっけなく治った。

「ディズニー楽しかったね、嵐君。」

「うん。来年も再来年も行こうぜ!」

 私は今嵐君と付き合ってる。すぐに彼氏ができた私に先輩はちょっと引いていたけど、仕方がない。恋は自分で調整できないのだ。

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