復讐のニーカックン

そうざ

Revenge Related to the Back of the Knee

 真紅のベールが剥ぎ落とされると、巨大な彫像が太々ふてぶてしい虚栄を愚民共に見せ付けた。たちまち沸き上がる歓声に、貴賓席の独裁者が立ち上がって応える。

 そんな広場の賑わいを、俺は数百メートル離れた廃屋の屋上から冷ややかに見詰めている。


              ◇


 他愛のない悪戯が取り返しの付かない結果を招く事がある。

 スラム街を牛耳るギャングは、ほんの気紛れから炊き出しをする事があった。それは住民にとって貴重な残飯ごちそうだったが、絶対服従を強いる賄賂でもあった。

 孤児だった俺は、長い行列の最後尾で空腹と不安と小さな器とを抱えていた。

 今度こそ食いっ逸れたくない――前回は直前で鍋が空になり、道端に散らばったパン屑を必死に掻き集める羽目になった。鳩の目線が間近にあった。

 一歩、また一歩と列が微動し、遂に俺の順番が来た。

 ギャングの手下が俺の器にスープを装うと、そこで鍋は空になった。背後で待つ人々が嘆息を上げる中、俺はその場で器の中を見詰めていた。

 どんな具材が使われていようが、不味かろうが、そんな事は二の次だった。何かを食べられるという事実だけで、俺はこの上ない喜びに包まれていた。その癖、いざとなると生唾を飲むのに忙しく、直ぐに口を付けてしまうのが勿体ない気もした。

 俺はそろりそろりと泥道を移動しながら、少しずつ啜れば明後日までは食い繋げるかな、その間は物乞いも盗みもやらなくて済むな、とほくそ笑んだ。

 そして突然、僅かな衝撃で膝の力が抜けた。

 途端に視界が大きく歪んだ。

 次の瞬間、顔の半分が泥濘ぬかるみの中にあった。

 甲高い笑い声を浴びせられながら身を起こすと、幾つかの見知った顔が俺を囲んでいた。いつの間にか掌から消えた器は、遠くの水溜りにまで吹っ飛び、中身は泥水と同化していた。

 一際ひときわはしゃいでいたのは、だった。何をされたのかが判った。『Kneeニー-Kakkunカックン』を仕掛けられたのだ。

 それは、物も金もないスラム街の子供達にとって娯楽の一つだった。普段ならば、やられた側も一緒に一笑して終わるような、他愛のない悪戯だ。

 だが、この時は違った。

 俺は、気も狂わんばかりにあいつに掴み掛かった。だが、そもそも体格に差があり過ぎた。共に貧しい環境で生まれ育ちながら、あいつは早々とギャングに目を掛けられ、栄養状態が良かったのだ。

 当然、取り巻きの子供達も組する。ギャングはそれを悠々と観覧する。大人達は見て見ぬ振りをする。俺は残飯を失い、前歯を失い、尊厳を失った。

 あいつがギャングの資金を元手に政界に進出し、その大きな後ろ盾で独裁者まで上り詰めるという成功譚は、この頃にはもう約束されていたのかも知れない。


              ◇


 運び込んだ木箱からロケットランチャーを取り出し、照準器を覗くと、あいつの薄くなった後頭部がはっきりと見えた。

 風のない穏やかな日和、遮蔽物のない広場、歓喜する愚民共の面前、権利で固めた彫像の除幕式――何ももがおあつらえ向きの舞台設定だ。チャンスは今日を措いて他にない。

 射角、方位角を再調整する。

 俺を拾ってくれたのも裏社会の連中だったが、あいつを救い上げたギャングとは一線を画す反政府組織だった。これは運命が用意した粋な悪戯なのだろう。

 組織切っての狙撃手がこの計画に名乗りを上げた本当の理由を知る者は居ない。それで良い。悪戯にはそれ相応の仕返しが付き物という事だ。

 引き金を引くその刹那、世界から全ての物音が消えた。

 間髪を入れず激しい射出音がくうを切り、砲弾と共に俺の遺恨を広場へと運び去った。


 広場が混乱の坩堝るつぼと化すのに時間は要しなかった。

 轟音の後も場を支配する白煙。やがてその間隙かんげきから、突っ伏した彫像と、両膝から下の部分だけの台座が姿を見せた。

 俺の狙いに狂いはなかった。

 が、完璧とは言いがたい。

 彫像が傍らの貴賓席を下敷きにするとは想定外だった。

 他愛のない悪戯テロが取り返しの付かない結果を招く事がある。俺もあいつもうの昔に学んだ事だ。

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復讐のニーカックン そうざ @so-za

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